第7話 許されない
「そんなの…。」
紗沙は言葉に詰まった。
とても信じられない。何をどう考えればいいのか分からない。
分かることは一つ。そんなことは絶対にあってはならない許されないことだ。
「本当です。人生のすべてを奪われ、自由に生きることを許されない人々のことです。」
玉水は静かな声で言った。
とても複雑そうな表情で紗沙を見つめる。
慎重に言葉を選んでいく。この子に分かる言葉で伝える必要がある。
「人生のすべて…。」
紗沙は静かに考える。
人生のすべてを奪われることの意味が分からない。想像できない。
働くということは仕事ではないのか。仕事ではないならどう生きるのか。
疑問ばかりだ。
「そうです。人生のすべてが奪われるのです。生きていけるギリギリの食糧と着るもの以外は何も与えられません。」
玉水は答えた。
満腹になることのないギリギリの食糧と着るものが与えられる。賃金も財産も持つことはない。
幼い少女の疑問が手に取るように分かる。自分はその疑問に答えなくてはいけない。
「自分の意志も自由もない。」
瑚羽は静かな声で言った。
悲しそうな表情で4人を見つめる。彼らの人生には自由も己の意思もない。だが、自由になれた。
悲しい結果だが最期の願いが叶ったと信じる。
「意思と自由…。それは一生?」
紗沙は静かに問いかける。
これまでの自分の人生は自由だった。やりたいと思うことを何でも、止められることなくやらせてもらえた。自由に生きてきた。
だから想像もできない。
この王国の未来を想う。明るい未来があるとはとても思えない。
己の生命を絶つことで自由になれたのか。解放されたのか。
彼らは最期に何を願い望んだのか。もう知ることはない。
「ええ。彼らは一生、自由になることはありません。自分の意志で自由に生きることもできないのですよ。人間として扱われることのない人々のことをそう呼びます。許されないことですが、現実です。」
玉水は静かに言った。
そして、ゆっくりとしゃがんで紗沙と同じ目線になる。大切なことを伝えていく。
この子の前では『奴隷』という言葉は使わない。この子に使ってほしくない言葉だから使わない。
幼い子供は、大人の真似をすることで成長していく。いつでも傍にいる大人が良いことも悪いことも手本となる。
だから自分の責任は重いと分かっている。この子の手本となるために常に正しくありたいと願っている。
「そうか。」
紗沙は静かに頷いた。
「良く知っているね。」
瑚羽は感心したように玉水を見つめる。
肌の色が白いからこの王国の人間ではないと分かるが、彼が奴隷の存在を詳しく知っていることに驚いた。なぜ知っているのか考える。
「ええ。まぁ。」
玉水は静かに苦笑した。
確かにこの王国の多くのことを詳しく知っている。理由も知っているし、現状も分かっている。
だが、褒められることではない。ただ知っている。それだけだ。彼らのために、この王国のために何もしていない。
「何でそういう人たちがいるんだ?」
紗沙は静かに問いかける。
まっすぐに玉水を見つめる瞳には強い意志が宿る。その心に揺らぐことのない信念を持つ一人の人間だ。
自分一人では答えに辿り着けないから信じる者に答えを求める。
「大切なことですね。」
玉水は優しく微笑む。
とても賢く色々なことに敏感で聡い子だ。どんなウソも見抜くからごまかしは通用しない。
自分がそう育ててきた。いつでも真実を求めるように。知ることをあきらめないように。どんな時も諦めることなく心に希望を持ち強くなるよう教え言い聞かせてきた。
自分のすべての愛情を注ぎ大切に育ててきた。この子はいつでも応えてくれた。本当にまっすぐに育ってくれた。
「うん。」
紗沙はしっかりと頷いた。
「そうか。」
瑚羽も静かに頷いた。
不思議な空気を2人に感じていた。幼い少女は初めて会った気がしない。
この子の独特の空気がとても懐かしい気がした。ずっと昔から知っていると心の奥でそう感じる。
「彼らの祖先は、その昔、現王国と対等となる力を持っていたとされています。権力者であったり、または強い力を持つ民族であったとも言われています。」
玉水は説明していく。
幼い少女に分かりやすいように伝えていく。その昔の権力者や強い力を持つ民族と言われている。だが、永い歴史の中で変わり果てた。
「権力者…。」
紗沙は首を傾げた。
玉水の言葉のすべてに意味があると知っているから頭に叩き込んでいく。脳裏に焼き付け情報をまとめていく。いつかすべての点が繋がる。
「定かではありません。」
玉水は言った。
「力があったのに…なんで。」
紗沙は首を傾げた。
なぜ、その力を失ったのか。遠い過去に何があったのか考える。
「人間は、自らが大きな力を持ってしまうとその力で誰よりも上に立ち、すべてを支配しようとするのですよ。」
玉水は複雑そうな表情で言った。
それが答えだ。すべての根本であり原因だ。人間の心の底にある欲をこの子はまだ幼く理解できないだろう。
本音を言えば、人間の醜い面を見てほしくないと願う。できるなら良い面を見てほしい。それは無理なことだと分かっている。
「力を持つ人間ほどね。」
瑚羽は静かに言った。
権力を持った人間は心が大きく変わってしまう。すべての人々を自分の想いのままに動かし、自分の下に従わせようとする。
まるで自分の手足のように動かそうとする。
その権力が大きいほど欲に呑まれどこまでも堕ちていく。醜い姿になっていく己の姿に気付かない。
他人を平然と裏切り陥れる。欲しいモノを手にするために他人を利用する。
それが権力者であり、人間だ。いつの時代であっても本質は変わらない。
「なんで…。」
紗沙は首を傾げた。
「大きな力を持つ存在というのは、上にいたい者にとっての大きな脅威となるのですよ。」
玉水は静かな声で言った。
幼い少女の疑問に1つずつ答えることは自分の役目だと分かっている。
人間の心には欲がある。それ自体は何も悪いことではない。誰もがもっているものだ。
間違わなければいいのだ。
権力や力を持った者は間違う。欲に呑まれ心を支配される。
その人生で己の欲がすべてとなる。すべてを自分の支配下で従わせようとする。
人間をまるで駒のように使うようになる。
その己の力を誰のためでもなく己のために誇示していく。
人間の欲は醜い闇だ。すべての者の心に眠っていると言える。誰もが持っている弱さでもある。
幼い少女は人間の欲深さを知らない。まだ知る必要のないことだ。年齢を重ね心の成長と共に知っていくことだ。
だが、この子は特別な運命の下に生まれた。小さな身体に大きな運命を背負う。
選ばれてこの世に生を享けた。なぜこの子か。理由があるのか分からないが、本人も分かっている。
賢く強い子だ。自分の運命を受け入れている。
この子は多くのことに巻き込まれていく。望まなくてもいつでも中心に立つことになる。
玉水もまた運命を背負った。この子が生まれた日に背負った。
共に生きると誓った日に同じ運命を自ら背負うことを望んだ。すべてを共に背負うと心に誓った。
どんな時も隣に立ち、決して一人にはしないと誓った。
この子には、まっすぐな瞳で物事を見られる心を持っていてほしい。
他人を信じられる人間。分け隔てることなくすべての人を愛せる人間であってほしい。他人のために無条件で動ける人間であってほしい。
願うことは多いが、誰よりも幸せであってほしいと何より願う。
「邪魔になる。」
紗沙は静かな声で言った。
玉水の言葉の一つ一つが情報としてまとめると繋がっていく。この王国の過去が見えてくる。
何があったのか飲み込めてきた。
「そうです。相手の力があまりにも強く、そして大きくなってしまうと、自分の力が及ばなくなります。」
玉水は言った。
本当に賢い子だ。理解力も並外れていて、大人と対等に話せる。
多くのことを知り、理解して自分の知識として受け入れていく能力を幼いながら持っている。
相手の力が強くなると自分の力が及ばなくなる。強い相手というのは邪魔な存在でしかなくなる。だから従わせようとする。
「なんでかなぁ。そんなの悲しいだけだ。強い力は大切な人たちを護るためにもっているものだろう。」
紗沙は悲しそうに言った。
なぜ自分の力を誇示するのか。そこに何の意味があるのか分からない。自分には重要ではない。
力とは何か考える。大切な人。愛する人を護るための力だと物心ついた時からそう教えられてきた。自分もそう信じる。
護るために強くなる。自分はそう在りたい。
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