第6話 知る時
「知る時が来たのですね。」
玉水は少し複雑そうな表情で呟いた。
例え、望んでいなくても知るべき時が来た。この子は大丈夫だろうか。少しの不安はある。
「大丈夫だよ。」
紗沙はしっかりと言った。
何があっても大丈夫。その瞳はそう言っていた。
「ええ。私はあなたがこの王国の現実を知るには、まだ早いと、もう少し先のことだと、そう思っていたのです。だから、今まで、この王国へは一度も来なかったのですよ。」
玉水は穏やかに微笑んだ。
ゆっくりと自分の想いを伝える。初めて明かす心の内だ。
この子が知るにはまだ早いと思っていたから、この王国へは一度も来なかった。意図的に避けていることを悟られないように気をつけていた。
これまで2人で色々な場所を巡ってきた。他の王国や異国へは行ったが、この王国は来ていない。
できることなら今回も連れてきたくなかった。
避けたかったのが本音だ。
自分はこの王国へ来たことがあるから、この王国の現状も知っていた。何があるのか知っていた。今のこの状況も予想できていた。どういう理由かも知っている。
だから、できることなら見せたくなかった。
残酷な真実を伝えることを自分のために先延ばしにしていたのかもしれない。
「そうか。」
紗沙は頷いた。
玉水が、この王国を避けていることは知っていた。理由は分からなかったが、聞かなかった。いつか教えてくれると信じていた。
「けれど、あなたはここまで来ました。」
玉水は複雑そうに微笑んだ。
どんな理由であれ、この王国へ足を踏み入れた。運命に導かれるようにやって来た。もう引き返すことはできない。見なかったことにはできない。
この子も自分も立ち止まることなく進むしかない。
「うん。」
紗沙はしっかりと頷いた。
強い瞳でまっすぐに玉水を見つめる。小さな手で涙を拭いた。涙が枯れるくらいに泣いたから大丈夫。どんなことも乗り越えていく。強い意志が見えた。
「この方たちはおそらく…。」
「奴隷だよ。」
玉水の声を遮るように後ろから男性の声がした。
「え…。」
「誰…。」
玉水と紗沙はほとんど同時に呟いて声の方向に振り返った。
その声に2人は言葉にならないほど驚いた。一瞬で玉水は立ち上がり紗沙を自分の左後ろの護れる位置に立たせた。
1つのテントの横に1人の青年が立っていた。他には誰もいない。
いつからいたのか。どれくらい見ていたのか分からない。声がするまで気付かなかったが暫くいたようだった。
銀色の白色に近い髪。とても深い青色の瞳。藍色に近い瞳の色だ。陽によく焼けた黒い肌に髪の色が映える。長身の青年だ。
年は玉水より少し下だろう。ゆっくり2人の方へ歩いてきた。
「あなたは…。」
玉水は静かに問いかける。
多くのことが頭の中を巡っていく。
ほんの一瞬で最悪のことも考えた。
心の中には動揺があるが平静を装う。冷静でいる為に自分を保つ。
自分の動揺を悟られてはいけない。どんなことをしても隠す。
まだ誰なのかもわからない。味方とも限らない。
2人がこの状況に動揺しているのは明らかだった。
目の前のことに少なからず動揺して心を乱し、周りのことに気付くことができなかった。普段なら、気づいたはずだ。
人の気配に敏感でいるよう訓練もしていた。
だが、玉水が気付かなかった。そのことに紗沙は驚いた。こんなことは初めてだった。まっすぐに大きな背中を見つめる。
「俺は瑚羽(こう)。」
青年は静かな声で言った。
「わたしは玉水です。」
玉水は静かに言った。
まっすぐに青年を見つめて落ち着いてきた。敵ではないと思えた。
瞳を見れば悪い人間ではないと直感だが確信していた。
この王国で初めて出会った、生きている人間だ。
「わたしは紗沙。」
紗沙は玉水の後ろから少し顔を出した。
玉水と青年の様子を伺っていた。どうなっていくのか考える。
「彼らは奴隷だよ。」
瑚羽は静かな声で言った。
木の上の4人を静かな瞳で見つめる。悲しそうな表情だが、どこか冷めているように紗沙にはそう見えた。
「そうですか。」
玉水は静かにため息をついた。
この王国に来る前から、ある程度のことは想定していた。だが、変わっていてほしいと願っていた。
「ドレイ?」
紗沙は初めて聞く言葉に首を傾げた。
その言葉が何を意味するのか分からなかった。
紗沙は玉水の後ろから出てきて寄り添うように隣に立つ。
しっかりと手をつないでいた。
瑚羽を敵ではないと確信して出てきた。玉水も出ることを止めなかった。
「ええ。」
玉水の表情は複雑そうだ。
この子にどう伝えていくか考える。正しく伝わるように言葉を選んでいく。
「どういう人のこと?」
紗沙は玉水を見上げた。
「生まれてから死ぬ時まで一生を権力者の下で働かされる。奴隷はそういう人間のことだよ。」
瑚羽が淡々とした口調で言った。
その人生を権力者に縛られて生きる人間のことだ。
「え…。」
「自分の意志を持つことは許されない。」
瑚羽は静かな声で言った。
4人の家族を見つめる。自分の意志を持つことは許されない。彼らのように…。そう聞こえた。
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