人魚と歌鳥と人たちの港町①
海沿いにありながら、漁業が栄える港町という印象は、訪れた時の第一印象としては薄かった。
「……なんか、不思議な街だね」
街全体の雰囲気。
全体を見れば、煉瓦で出来た街並みが広がっている。広場の中央には、その街の象徴であろう立派な噴水があった。ここまでなら、どこにでもある普通の街並みだった。
「ところどころにある波みたいな飾りはなんだ」
「分からない……何かの模様みたいだけど……」
街の至る所に、真鍮で出来た波模様のような飾りやオブジェが沢山置かれていた。
港町だからだろうか。波、といえば海を思い浮かべる。
偶然見つけた喫茶店に入ってみると、中は海のモチーフで大量に彩られていた。壁から天井まで青色。壁には魚や、貝。人魚の絵も描かれている。
「思ったより、漁業が盛んなのね」
「そうですよ~。街から少し離れたところには波止場もありますし、漁船も沢山あります」
喫茶店の店員が、品書きを渡しながら笑顔で答える。
中をみると、メインは魚介類の料理。たまにはこういうのも、悪くないだろう。
「あ、旅人さん。一つご忠告」
注文を受けた店員はくるりと振り返る。
「な、なんですか……?」
「泊まりなら、今日の夜は外に出歩かない方が身のためですよ。この街では、新月の夜、セイレーンが人を海に誘い込むって言い伝えがありますからね」
「セイレーン……」
「水辺に住む妖鳥の一種さ。奴らは歌で人を惑わすんだ」
フロスティアがシオンにだけ聞こえるように、補足をつける。
「人魚のお守りでも買っていくといいかもね」
「どうして?」
「人魚はこの海の守り神みたいなものだから。人魚はセイレーンの邪悪な気も祓ってくれるのよ」
なるほど、壁に描かれた人魚も納得がいく。
しばらくして運ばれてきた料理を頬張ったシオンは、喫茶店を出て、街を散策していた。
確かによく見れば、人魚をモチーフにしたものも数多い。先程みた広場の噴水も、水瓶を持った人魚の形をしていた。
「こんな街もあるんだね」
「楽しそうだな」
「だって、人魚も人あらざるものでしょう? 私みたいな魔法使いと同じようなものだと思ったけど……人間に信仰されているなんて、こんなこともあるんだね」
「土地ごとに、信仰対象が違っていることもあるからな。そういう点では、神も魔物も同じものだ」
「そう……?」
「不思議な力で人々を導き助ける魔法使いは神とどう違う?」
「……種族?」
「それを言えば、人魚だって神じゃない。人間は、自分達を良い方向に引っ張ってくれるものを敬う。それの延長線が信仰なだけだ」
「それじゃあ、私が人間を助けてあげたら、その人達は私を敬ってくれるの?」
「少なくとも、悪くは見られないだろう。人に出来ない力で救えば、尚更」
「……私は、それがいつかは裏切られるのを知ってる。それは、どうすればいいの?」
「お前の場合は……あれは、あれほどの災害は神ですら避けられん」
フロスティアの話すあれとは、まごうことなき『破滅の危機』のことだろう。
シオンはそれを聞いて、少しため息を吐いた。
街を出歩くと、出店が出回っていた。ほとんどが外来のキャラバンだろう。
興味本心で品ぞろえを見てみると、そのほとんどは宝石を使った装飾品だった。
「綺麗だろう? 近場の鉱山で採れるんだ。人魚はこういう綺麗なものが好きだからな。人魚にこういった宝石類を渡して願い事を言うと、叶うって噂だぜ。旅のお守りとして一ついかがかな?」
売り子の男性が身を乗り出すようにして語る。
その様子を見て、シオンは男の言う噂よりも、シオンは一つ気になったことがあった。
「旅人って分かるんですね」
「そりゃあな、この街の奴らは皆人魚のお守りを常備してる。お嬢さんはつけてないから旅人。分かりやすいだろ?」
「そんなに……じゃあ、私も一つ買おうかな……」
「そうか! それじゃ、こっちのペンダント型のお守りをおすすめするぞ。身につけやすいし、女性なら見た目も映える。その中でも、このアクアマリンの宝石がおすすめだな」
人魚の形にかたどられた真鍮、人魚が両手で大事そうに持っている青い宝玉。
手に取ってじっくりとその宝石をみると、海のように深く、清らかな輝きを放っており、とても美しい宝石だった。
「……それじゃあ、これを」
「まいど!」
シオンは、旅をしていてここまで楽しいと思った時はなかった。
魔物と人間が共存する街__種族が違えど、ここまで人々に浸透し、尊敬されている。とても、過ごしやすい街だった。
ベンチに座り、シオンはフードをはずした。いつも、フードをかぶっていると、その空間に包まれて落ち着く。だが、今日は殻に閉じこもっていたい気分でもなかった。むしろ、開放的な気分。
先程買ったペンダントを首から下げる。きらきらと青く輝く宝石がとても綺麗だった。
「さっきのおっさんの話を聞くと、この街の模様が真鍮である理由も分かるな」
「……綺麗なものが好きだから?」
「それしかない。それに真鍮は合金だから手に入りやすい」
「そうなんだ……フロスティア、物知りね」
「ああ、まあな」
シオンに誉められて、まんざらでもなさそうにシオンの周りをうろちょろする。その姿はぬいぐるみなので、シオンから見ると愛くるしいのだが。
夜は、街の宿を借りた。
フロスティアは、今夜ばかりは外ではなく部屋の中で寝ることにしたらしく、ぬいぐるみの中に宿ったまま眠っていた。
夜中の十二時。新月の夜であるせいか、街はしんと静まりかえり、外はすっかり真っ暗だった。
「……」
そんな中、シオンは一人ベッドから起き上がり、靴を履いた。昼に買ったペンダントをフロスティアの前に置いて、宿をでる。
「……新月の噂が本当なら」
街を一人で歩く。向かった先は、海沿いの通り。海から流れる潮風に髪をなびかせて、その時を待っていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます