疎まれる子供③


 大音声だった。

 その声は、確かに聞き覚えのある声だった。

 シオンが振り向くと、そこには、フェデリコと、その横に倒れ込む男性の姿があった。

 男性は胸元を押さえ苦しそうに、フェデリコを恐怖に満ちた表情で見ていた。一方でフェデリコも、その目には涙をためていて、スカーフを両手で大事そうに握って後ずさりしていた。


「なんだなんだ!?」

「どうした!」


 役場にいた大人達が、その悲鳴に反応して続々と役場から出てきた。


「フェデリコ、お前……!」

「お前らなんか、嫌いだぁ__!」


 フェデリコが先程のように、大人達に向かって叫ぶと、誰も何もフェデリコに触れていないのにも関わらず、衝撃波が起きたように大人達が吹き飛ばされた。


「え……!?」

 それを見ていたシオンが、驚きのあまり硬直する。

 フェデリコは何でもない、ただの人間のはずだ。当然、特別な力__魔法なんて使えるはずがない。そのはずなのに、どうして相手に触れずして、大人達を吹き飛ばせるのか。


「うう……」

「人形憑きが……」


 フェデリコは倒れる大人達を横切り、村の外れへ走って行ってしまった。


「大変……!」


 シオンはようやく、事態を把握したように走り出し、大人達へ駆け寄る。


「大丈夫ですか!」

「……君は、誰だ……?」

「旅の者です。それよりも、怪我が……」


 大人達の胸元には、まるで大きな刃で横に斬られたように、大きな切り傷が残されていた。致命傷に繋がるほどの出血ではないが、あんな不思議な力を目の当たりにし、精神的パニックになっているかもしれない。


「私達は大丈夫だ……それよりも、あの子を追わないと……」

「フェデリコ……」


 まだ、彼の姿は小さく見えている。見失わないうちに、追いかけなければきっと、後悔する。

 シオンの中で何かがそう告げていた。シオンは考える間もなく、足が動いていた。

 森をかき分け、進んだ先に、フェデリコはいた。断崖絶壁を前に、立ち尽くしていた。


「……フェデリコ……」

「分かってるです」


 フェデリコは、妙に落ち着いた口調で、振り返らずに淡々とシオンに話しかけた。


「ちょっとだけ、お姉さんを疑ってたです。嘘ついて、この村を出て行くかと、思って、ついて行ったら」

「……聞いてたのね」

「このスカーフは、僕の、生まれた時からある、ブランケットです。何年もつけて、もうぼろぼろです。付けていたら気味悪がられるのも、当然です」

「そんな……」

「だけど、これしかない、です。僕には、これしかないです。僕のお母さんも、お父さんも、僕が小さいときに、魔物に襲われて、死んじゃったですから」

「え……」


 フェデリコは、一人暮らしではない。元から、いないのだ。一人暮らしに似合わない大きな一軒家だって、元は親子三人で住むためのものだった。

 人間の、魔物に襲われ死ぬという事故は、どこに行ったってある。しかし、こんな、幼子を残して。


「これが、お母さんと、お父さんの代わり、です。これがないと、駄目なんです。僕は、生きられません」

「……」

「……でも、村の人達が、駄目だって、言うなら」


 フェデリコが、少しだけ振り向いて、


「ばいばい、です」と、言って、崖から、足を踏み出した。


 その瞬間だけ、スローで世界が動いているように感じた。

 死を間際にすると、それまでの記憶が走馬燈のように駆けめぐる。それはシオンだって同じ事。ほんの数時間程度のものなのに、なぜここまで、事細かに覚えているのか。

 あとを追いかけて、崖から飛び出した。

 手を精一杯伸ばして、彼の腕をつかむために。

 助けなきゃ、なんて綺麗事も頭の中にはない。ただ、彼の手をつかもうと一心に。

 

 手が届いた。


「きゃっ」

「わあっ」

「……無茶をしすぎだ、大馬鹿者が」


 二人を大きな背中で拾って、空を羽ばたいていく。雲の間から光が漏れて、ぱあっと照らされた竜の輝きは神々しいものだった。



「隣町まで送ってほしい……?」


 村から少し離れた森の中。フェデリコは肩にショルダーバッグをかけてシオンの元にやってきた。

 フェデリコはもう、村に残る気はないらしい。


「ここにいても、つらいのです。お隣さんの街で、新しく暮らすです」

「……いいのか?」


 すでに竜精の姿になっているフロスティアが、フェデリコに問う。


「……いいです。友達も、きっと、前みたいに遊んでくれないです。ここじゃ仕事もさせてもらえないと思うです。……だから」

「将来を見据えての判断ということか」

「そうです。……大きくなって、一人前になったら、また、お姉さんに会いたいです」


 フェデリコが寂しそうに呟いた。

 懐かしく、人と楽しく過ごした。家族のようだった。そんなシオンとの別れが名残惜しい。

 しかし、それでも別れなければいけない。シオンの旅の目的と、彼の目的は違うから。


「……私も、一人前になって、大きくなったフェデリコに会いに行くよ」


 一人前でないのは、シオンも同じ。

 一人前になるために、沢山の人に出会い、別れなければいけない。


 フロスティアの背中に乗り、村を出た。

 空高くから眺める風景は、それまで見たことのなかった広大な世界。井戸の中の蛙が大海をみたような、感動と同時に不安も生まれた。

 それでも行かねばならない。行かなければ、今ある弱い自分を変えられないから。


「……これで本当に、お母さんとお父さんに、ばいばい、です」


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