疎まれる子供②
「……あ、じゃあ、村……少し散歩してきてもいい?」
「いいですよー。ここ何もないですがー」
外にでると、まだ雨が止んで間もない時の湿っぽい空気が残っていた。肌に触れるのが少し不愉快だが、こればかりは仕方ない。雲が完全に晴れて空気が変わるのを待つばかりである。
何もない……もとい、活気に欠ける村だ。雨はとうに降り止み、雲の隙間からは溢れんばかりの光が地上を照らしているというのに。
「静かだな」
「なんでこんなに静かなんだろう……」
シオンは何となく、自分の昔住んでいた村を思い出す。
そこでは、幼い子供達が無邪気にはしゃぎ回り、畑の方では作物の手入れをする老夫婦の姿も見える。村のシンボルとも言えるような、されど名前だけでほとんど機能していない小さな教会のベルの音がが時を知らせる。
そんな、郷愁に浸る思いで過去の情景を思い浮かべていると、前方から聞こえてくる足音に気づかなかった。
ドンッ、と。
互いによそ見していたためか、正面衝突してしまう。
「きゃっ」
「うわっ!」
幸い、二人とも転ぶほど強くぶつからなかった。
シオンにぶつかったのは、フェデリコとそう年が離れていないであろう少年だった。少年の後ろにも連れなのだろう二、三人ほどの子供が走って追いかけていた。
「あ、すんません」
「いえ……こちらこそ」
「何やってんだよー、レディに正面からぶつかるなんて失礼だろ?」
少年達はけらけらと笑いながらぶつかった少年に言う。
少年の一人が、シオンの方を見た。
「あれ、見かけない人だ。旅人さん?」
「え? あ、はい」
「へえ、ここ最近は魔物が多くて、キャラバンも全然来ないって言うのに」
「さっきの雨で、フェデリコ君の家に雨宿りさせてもらってたの」
「フェデリコ? あいつは相当の変わり者だぜ。疲れなかったのか?」
「疲れなかったって、どういうこと?」
「あいつ、スカーフをよくいじってるんだよ。小さい時から肌身離さず持ってるし、あれを取ろうとするともの凄い怒ってくるんだよ」
「まあ、旅人さんは気にしてないみたいだし、俺達がどうこう言う立場じゃないんじゃないの」
「そうだな。じゃ、旅人さんも魔物に気をつけなよ」
そう言い残すと、少年達はまたふざけあいながら去っていった。
少年達が言う、フェデリコの癖__フェデリコ自身も、スカーフがなければ落ち着けないと言っていた。
スカーフへの、それほどの執着心は一体どこから来るのだろう。
シオンは、村で一番大きな建物に入った。役場だろうか。
ある一室から、人の話し声が聞こえてきた。子供の声ではない、大人達の声だった。
聞き耳を立てるつもりはなかった。シオンからすれば、自分の知らない村の話し合いに耳を傾けるなんて野暮だし、今はひとまず、この村にはちゃんと住民がいるということが分かってほっとしていた。
すぐに立ち去ろうとしたシオンの耳に、こんな会話が入り込んだ。
「……フェデリコは、どう致しましょう?」
「あれは誰がどうみようと、人形憑きだ」
「ならば、村から追い出しますか? このままでは他の子供達にも影響が……」
ぴたりと足をとめた。
一室の前で、息を潜めて。その存在に気づかれぬよう、扉越しに大人達の会話を盗み聞いていた。
「いいや、そんなことをして魔物の餌食になってしまったら、人間の味を覚えた魔物がここを襲いに来るかもしれん。浄化だ。浄化の儀式を行え」
「祈祷師を呼びましょうか、それとも……」
「この魔物の量で呼べるわけがないだろう。外れの湖だ。そこで行え」
その一言で、大人達が揃って返事を返すと、席から立ち上がる音が聞こえた。
それを聞いて、シオンはあわてて役場から飛び出す。
「フェデリコに伝えるのか?」
「だって……」
だって、なんだろう?
わざわざ面倒事に巻き込まれる必要はない。シオン達は部外者。この村で起こっている問題に口出しをする義理はないのだ。
じゃあ、どうして?
シオンはただひたすら、フェデリコの家に向かって走っていた。無我夢中で、ただフェデリコにその事実を伝えるために。
自分でもよくわからない。なぜ、あれだけ苦手として関わりを避けてきた人間に、そこまでするのか。
ドアを勢いよく開けて、フェデリコを探す。
「フェデリコー! いるのー!?」
反応はなかった。
キッチンをのぞくと、作りかけの昼食がそこに。
「もしかして……」
「遅かったか……?」
もう一度外に出て、フェデリコを探す。もし、もう大人達に連れられてしまっているのなら、急いで止めなければいけない。
「……この、おおうらぎりもの____!!」
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