疎まれる子供①

 シオン達が次に向かったところは、周りを森に囲まれた小さな村だった。そこが目的地であったわけではなく__ただ、通り雨にあってしまったのだ。

 降り方は激しく、木陰程度では体を冷やしてしまう。どこか、建物に入るのが最善であった。


「宿か何か、雨を凌げるところがあればいいが」

「うん……」


 突然の雨に、村人は皆家の中に入ってしまっていて、その静けさに人気すら感じなくなる。

 規模的にみればかなり小さな村だ。こんなところに旅人が泊まれるような宿を期待するのは絶望的。どこかの民家で雨宿りをさせてもらうしかないようだ。


「こ、困ったな……」

「勇気を出せシオン。このままだと風邪引いちまうぞ」


 ぬいぐるみの中に宿ったフロスティアがシオンの腕の中で言う。

 このままでは、ずぶ濡れで体を冷やしてしまうだろう。シオンでもそんなことは分かっていた。

 しかし、シオンはいつまで経っても家の前で立ち止まってはすぐに通り過ぎてしまう。喉元まででかかったのに、口に出せない言葉と、動きそうで、何かに縛られたように動かない腕。

 分かっている、分かっているはずなのに。

 結局、全ての家を通り過ぎて、街の木陰で雨宿りをしていた。


「……分かってるよぅ」


 シオンは涙声で話した。

 本当は家の扉をノックして、雨宿りをさせてください、と言わないといけないことぐらい。なのに、その直前に心の中でブレーキがかかって、行動に出すことができない。


「……」


 フロスティアは、かける言葉に迷っていた。

 自身が経験したことのない迷いに対して、導き、その迷路から抜け出す為の鍵を渡すことは出来ないのだ。

 そこに、救いの手を差し伸べるべく一人の天使が舞い降りたかのように。


「……大丈夫、ですか?」


 一人の少年に、声をかけられた。


 彼の住む家は、村の一番隅にある小さな家だった。

 暖炉に火をつけ、部屋を暖める。


「これ、紅茶、なんですけど、どうぞ」


 シオンよりも小柄で、ぎこちない動作をする少年がシオンに淹れたての紅茶を渡した。


「ありがとう……」

「お姉さんは、旅人なんですか?」

「え? あ、うん」


 少年の問いに、シオンもぎこちない話し方だった。


「やっぱりですかー」


 首に巻く色褪せたスカーフをいじりながら、柔らかく笑う。どこかのんびりしているというか、和やかな雰囲気を醸し出す少年だった。

 その少年の雰囲気に少し心が和らいだのか、シオンは落ち着いた様子で少年に話した。


「ここには一人で住んでいるの?」

「一人ですよー。でも寂しくはないですー、村の人達優しいです」

「そう……」


 シオンは窓から、外の様子を伺った。通り雨かと思っていたが、未だ空は暗い灰色の雲で覆われていて、しばらく雨が止みそうにない。


「……困ったな……」

「最近、よく雨降ります。魔物も多いみたいです」

「魔物も?」

「村の外とか、魔物が増えててとても不安です。だから皆、最近はよくひきこもってます」

「ああ、だからあんなに人気がなかったの……」

「お姉さん、雨長引きそうでしたら、僕の家、泊まってってもいいですよ」

「え? さすがにそれは……」

「まずい、ですか?」

「迷惑……じゃない?」

「全然気にしないですー。僕はお姉さんと話すと楽しいから、歓迎しますー」


 少年は笑顔で腕を上下に振りながら歓迎アピールをする。その言葉に裏を感じなかった。

 ぬいぐるみに宿ったままのフロスティアが、小声で聞く。


「……どうする? お前の好きでいいが」


 シオンは一拍置いて、決心して言った。


「……じゃあ、お言葉に甘えて」


 少年はフェデリコと名乗った。

 幼さの残る笑顔で楽しそうに鼻歌を歌いながら昼食の準備をしている。それだけ、人と接するのが好きなのだろう。


「フェデリコは何歳なの?」

「今年で十六ですー」

「十六!」


 シオンが思っていたよりも年上で、驚きの声をあげる。

 そうした他愛ない話によって、シオンはすっかりフェデリコと打ち解けた。

 案外、大したことのない人との関わり。それはフェデリコがそうした性格であるからかもしれないが、シオンが人間に対してのマイナス感情が強すぎる故、人との関わりのハードルを無意識にあげていたのかもしれない。

 話していると、彼はたびたび自分が身につけているスカーフをいじっていた。そのスカーフは胸元の鈴紐でまとめているようだった。


「そのスカーフはお気に入りなの?」


 ちょっとした興味で聞いてみた。


「あ、ごめんなさい。癖、なので……」

「えっ、どうして謝るの?」

「これをいじるのやめなさいーって、村の人達言うです。でも、僕これがないと、落ち着けないです」

「へえ……私は別に、気にならないけどなあ。お気に入りなんでしょう?」

「お気に入りですー。ずーっと愛用してます。手放せないですー」


 その証拠に、スカーフは長い年月、使い古された色褪せや汚れがあり、鈴は少し色が剥がれていた。

 フェデリコはそれをまるで我が家族のように大事に持っていた。

 フェデリコの家は一人暮らしには大きいと思える程部屋の数が多かった。シオンは使われていない個室に泊まることになった。


「……あら?」


 シオンが窓からふと空を見ると、シオンが気づかないうちにすっかり雨が止み、雲の切れ目から天使のはしごが見え隠れしていた。

 リビングに戻ってみると、フェデリコが同じように窓の外を見ながらしょげた表情で突っ立っていた。


「あの……」

「お姉さん、帰っちゃいます……?」

「えっ?」

「雨、止んじゃった、です。お姉さん泊まる必要、ないです……」

「ええっと……私、急ぎの旅じゃないし、その……よければ、今日はここでお世話になろうかな、なんて……」


 その落ち込む表情をどうにかしたくて、口走った言葉。

 シオンの言葉を聞いたフェデリコが、俯いていた顔をばっとあげて、きらきらとした瞳でシオンを見つめた。


「本当ですか!」

「せっかく、泊めさせてくれるって話だったから……」


 フェデリコも、楽しそうにしていたし。シオンはそう思った。

 それを聞いたフェデリコは再び明るい笑顔になり、愉快そうに昼食を作り始めた。

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