人魚と歌鳥と人たちの港町②
「__、____」
(何か、聞こえる……)
それは人の話し声ではなく、何か、腹の奥から響かせる美しい__
「~~♪、~♪ ……やぁ、珍しい。こんな夜に人がいるなんて」
「セイレーン……」
現れたのは、体は一見人のようで、腕や足は鳥の姿。妖鳥の特徴的姿だ。美しい歌声で人を惑わす魔物、セイレーンであった。
両腕を大きく上下に動かして、鳥のように空を飛んでいた。人あらざる瞳でシオンをじっと見つめる。
「僕の歌を聴きに来たのかい? それはありがとう。だけど、君は人じゃないんだね。魔女か何かだろう?」
「……どうして分かるの?」
「君の目を見れば分かる。僕達セイレーンに似通った魔力のようなものを感じるよ」
「そう……」
「今晩は新月の夜だ。夜の生き物同士、仲良くしようじゃないか」
「……私、人間と共存していきたいの。だから貴方とは、語り合えない」
「僕達セイレーンだって、人と共存しているさ」
「え?」
セイレーンは愉快に歌いながら、空を舞う。
今、セイレーンを前にしてシオンは惑わされていた。
「人間達は知らないだろうけどね、セイレーンと人魚は盟友なんだよ」
「ど、どういうこと? 人魚はセイレーンを……」
「人魚達の願いを一つ僕らが買ってやったというわけだよ。人魚は人間が大好きだ。この街の歴史にも、人魚は大きく関わっている。良い面でも、悪い面でもね」
「……」
「そんな人魚が、人間からも愛されるように僕らセイレーンが悪者として名乗り出たのさ。人魚は僕らの邪悪な気を追い払うということにすれば、人間に敬われ、愛される。人間なんてちょろいもんだ」
「……貴方はそれでいいの?」
「友の頼みだもの。断れないさ。ま、今の生活も好きだよ。新月の夜には、僕らセイレーンが好きなように歌って舞うことが出来るんだからね」
「……」
絶妙な合理関係で成り立っていた。
人魚の願いを叶えるために、セイレーンが自らを悪者にする。そうすれば、セイレーンは今日のような日は好きなように出来る。
不思議だった。なぜ、ここまで人間と共存できるのか。
「何も人間の味方でいることが人間の共存ってことじゃないのさ。ねえ、魔女ちゃん?」
「……少なくとも、私は、人間が好きだから」
「そう。じゃあ僕から言うことは何もないや。あとは人魚にでも聞いてみなよ」
セイレーンはそう言い残すと、自身の翼でバサバサと羽ばたき、美しい歌声を海上に響きわたらせながら飛んでいってしまった。
その姿に目を奪われたように見つめ__足場に何があるのか把握できなかった。
「……ぁっ!」
気づいた時には遅く、滑らせた足はそのまま体を引っ張っていき、悲鳴をあげる暇もないまま海の中へ飛び込んでしまった。
波が打ち寄せては戻っていく音が耳元で聞こえた。咄嗟のことで準備がなっていなかったシオンは、ゴボゴボと海の中へ沈んでいった。
息が出来ない。苦しい。海面が遠くに見える。手を伸ばしても、どんどん遠くになっていく。
意識が遠のいていきそうになった、その時だった。
(__)
そっと抱き寄せられて、魚のようにすいすいと海の中を泳ぐ。
「……」
貝と硝子玉の髪飾りと美しい金髪が水中で波打つ。そして、その瞳は、とても優しい瞳をしていた。
(なるほど……)
彼らが人間が大好きなのも、頷ける。こんなに、優しい瞳をしていて__
「……けほっ、ごほっ」
飲み込んでしまった海水をせき込んで戻す。気がつくと、先程の海沿いの通りに倒れていた。
「……私は……」
ただ、全身がびしょ濡れなのをみると、確かに溺れていた。その後、誰かに助けてもらった。その時みたのは、紛れもなく。
「……帰らなきゃ」
夜の空気は冷え込んでおり、風邪を引いてしまう。シオンはそのまま、宿へと帰った。
翌朝。
名残惜しいが、今日この街を出発することにした。
シオンの旅は、自分の存在意義を探すこと。沢山の街を見て、沢山の人々に触れなければいけない。それが旅の目的であるから、仕方のないことだ。
「少し、寄り道してもいい?」
「ああ、別に構わないが」
シオンは、昨夜訪れた海沿いの通りに出た。太陽の光が海に反射してきらきらと輝いている。
シオンは懐から、昨日買ったばかりのペンダントを取り出し、海に向かって投げた。
ジャボン。
人魚をかたどったペンダントはあっという間に海の波にもまれて沈んで見えなくなっていった。
「……いいのか? 昨日あんなに楽しそうに持っていたものを」
「……お礼がしたかったから」
「?」
シオンの言葉の真意はフロスティアには分からなかったが、聞かないことにした。
街を出、またいつものようにフロスティアの背中に乗り、空へ飛び出した。
(もし、運良く見つけてくれたなら……)
大切に、持っていてくれますように。
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