シオンの影②
「ワイバーン……!?」
ワイバーン。竜の一種で、腕と一体になっている翼は、他の竜には持たない力強さを持っている。
ワイバーンは街の建物を尻尾で破壊しながら、街の奥に一歩ずつ進んでいた。それを見て驚き、慌てふためく住民。
「なんでこんな街の中に……?」
「わからんな。あのワイバーン、相当興奮状態になっているぞ。被害に遭う前に、王都を出た方が身のためだ」
「興奮状態なんて……どうして……?」
兵士達がワイバーンの前に立ちはだかり、遠くからは弓の攻撃が繰り広げられている。
ワイバーンの目は血走った目をしており、正気ではない。
シオンはそのワイバーンを見て、恐怖よりも、助けたいという気持ちが募っていた。しかし、自分の力ではどうすることもできない。魔法使いであっても、シオンは初歩の魔法しか使えない、未熟者なのだ。
『__シオン』
「__え?」
シオンに、声がかかった。それは、山賊達にさらわれたときと同じシオンにしか聞こえない声である。
『あのワイバーンを止めたいの?』
「……うん。なんだか、苦しそう」
「シオン、誰と話している?」
シオンの言葉に、フロスティアは戸惑った。フロスティアからすれば、シオンが突然独り言を言い始めたように見えるからだった。
『私の力であれば、根本の解決は出来なくとも、大人しくさせることはできる』
「__じゃあ、お願い」
シオンは目を閉じた。
再び、交代。意識はもう一人の方へ__
「シオン?」
「……『Halcyon』」
それは、フロスティアが初めて見る『魔法』だった。
美しく、それでいて優しい光がワイバーンと民衆を包んだ。その眩しい光に、全てが包まれた。
「……?」
光が消える頃。
フロスティアは目の前の光景に驚愕した。
あれほどまでに血走っていた目のワイバーンは、すっかり正気を取り戻し攻撃をやめ大人しくなっていた。兵士達も攻撃を止め、きょとんと目の前に佇むワイバーンを見ていた。
ワイバーンは一鳴きすると、街から飛び去っていった。先程のことが、嘘のように。
「これは一体……」
「なにが起こっていたんだ……?」
兵士達も状況に混乱していた。
「……シオン、お前、なにをしたんだ?」
「…………え?」
「え、はこっちの台詞だ。こんな魔法、見たことがないぞ」
「魔法……?」
フロスティアは、違和感を覚えた。
先程魔法を使ったシオンと、その前後のシオン。明らかに雰囲気が違う。人が変わったかのようだった。
「覚えていないのか?」
「覚えていないって……ああ、そっか……。私……」
「シオン?」
「……あのね、フロスティア。……私少し疲れちゃった。どこか……深い森の中で休憩したいよ」
シオンの言葉に、若干の疑問を持ちながらも、フロスティアはひとまず王都を離れることにした。
怪我を癒すために入った森も、山賊達の一件がありまともな休憩をとれていなかった。疲れがたまっていることだろう。
街を出て、フロスティアはまたいつもの竜の姿に戻り、シオンを背中に乗せて飛び上がった。
シオンはフロスティアの背中の上で、すやすやと眠ってしまっていた。
フロスティアはよく器用に眠れると思いながらも、先程のシオンのことがずっと頭に残って離れなかった。
あの人が変わったようなシオンは何者なのか?
この広い世界で生きる者の中には、一人の人間の中に複数の人格を持ち合わせた者がいるという。シオンも、そういう者の一人なのだろうか。ならば、あの魔法は一体何なのか。考えれば考えるほどに謎が深まり、フロスティアの脳内をぐるぐると回った。
たどりついた場所は、山奥にある湖のほとり。周りはどこを見ても深い山々がそびえ立っている。それだけ深い森なのだ。人間の入る余地はない。そこは、フロスティアが見つけた妖精の住む森でもあったからだ。
妖精の住む森に人間は近寄らない。魔物のような害をなす敵もいない。ただ聞こえるのは動物達の鳴き声。そっと頬をなでる風が、更に木々を巡り草木を揺らしていく。
「……ん」
フロスティアが湖畔に足をおろしたところで、シオンははっと目を覚ました。
「目が覚めたか?」
「……」
シオンはなにも答えずにフロスティアの背中を降り、湖の前まで歩み寄った。
「……『シオン』は、眠っているわ」
「何?」
その言葉遣いと雰囲気は、先程魔法を使ったシオンと同じだった。
「貴方と『私』は、まだ面と向かって話したことはないでしょう?」
その時、一瞬にして目の前の景色が変わった。
湖ではない。周りは暗いもやがかかったような鬱蒼とした世界だった。それは、まるで『彼女』の内面的な心、精神を映した精神世界のようだった。
「お前は……シオン、じゃないな」
「そう。『シオン』は貴方に私のこと、言っていないみたいだけど」
目の前に立つ少女は、容姿こそシオンにそっくりだった。
ただ、着ている服は緑から赤色へ。自信のない弱々しい瞳はどこか余裕を持ったマゼンタ色の瞳。そしてその背中には、精霊の持つような、美しい緑色の羽。
「それじゃあ、自己紹介ね。私は『ハル』。破滅の危機で、孤独になった魔法使い……シオンの心を埋めるために生まれたハルシオンの片割れ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます