シオンの影①
王国の中心部。この国で一番にぎやかなところで、街の中心部には立派な王城が建っている。
二人は、そこに来ていた。
「……人酔いしそうな多さだな」
今まで訪れた街でも飛び抜けて人口が多く、シオンも少し怯えている。
「ちょっと怖いな……」
「いきなりここはまずかったか?」
「……大丈夫。フロスティアがいるだけでも、少し安心」
「ならいいが」
昼間の城下町は、沢山の人々でにぎわっていて、けたたましいと思える程にあちらこちらで人々の笑い声や話し声が聞こえてくる。
「図書館にでも行ってみるか」
「としょかん……?」
「本が沢山あるところだ。そこなら静かだし、落ち着くだろ。あの建物だな」
フロスティアが指すところは、城のとなりにある大きな神殿のような立派な建物だった。
近くまで行くと、その図書館の規模を思い知らされる。
緊張しながらも中に入ると、人間の身長をゆうに越している本棚がずらりと並んでいた。それが、どこまでも続いており、さらには二階にも同じように本棚が並んでいる。
「す、すごい……」
「ここは経済学の本だな。奥に行けば子供向けの童話もあるだろ。二階は……」
「ゆっくり、全部見ていってもいい?」
「……相当の量だぞ? 止めはしないが」
「……でも、難しい本は分からないから、けいざいがくとかは流しながら見るかも」
フロスティアの言っていた通り、経済学の本はシオンにとっては難解すぎた。
「……やっぱり、案内してもらっていい?」
「……まあ、だいたい予想はついてた」
「人間はこんな難しいことまで勉強するの?」
「その道を極めようとする者ならな。お前に合う本は……童話とか、作り話の方がとっつきやすいだろうな」
童話や寓話。子供向けの、教訓をつけさせるために作られた話だ。
シオンは、生きてきた中で片手で数えられる程度の本しか読んだことがなかった。そのため、見たこともない本に興味と感心を抱いていた。
「……フロスティア」
「なんだ」
「魔女は……悪者なの?」
その言葉を聞いて、フロスティアは少しうなった。
寓話とは、その多くで物語の主人公を惑わせる悪役が登場する。そしてそのモチーフとは、狼だの、怪物だの、わかりやすく『悪者』であるという普遍的なイメージを抱かせるものが多い。魔女も、そのモチーフの一つだった。
魔法使いという立場のシオンとしては、そのような寓話は心に引っかかる部分があった。
「……多くの人間は、魔法使いという存在に会わない。そこに描かれている魔女も、そういう人間が作り出した捏造の存在だろうよ」
「……でも、ほとんどの人間は魔女はこういうものなんだって、思いこんでるんでしょう? ちょっと、寂しいな……」
シオンはなにも言わずに、本を閉じて棚に戻した。
フロスティアはなにもかける言葉がなく、とりあえず話題をそらすことにした。
「……そうだ、二階には神話とか伝説の話が多くある棚があるぞ。そこなんかはどうだ?」
「神話……?」
「妖精が出てくる話もある。そっちの方がお前には親近感が持てるだろ」
フロスティアの言う通り、シオンは二階へ移動した。
神話や伝説が多くある棚は、二階の最奥にあった。
神話や伝説も、ある種の作り話であるとも言える。大昔、人々が言い伝えてきた古の物語。神々がこの世界を作った話。英雄の話。
「沢山あるね。……でも、どれも本が分厚くて難しそうだね……」
「神話は色んな話があるからな。それをまとめようと思うと膨大な話になるのも仕方ない」
「でも……ちょっと面白そうな話がいっぱいあるね。気になったもの、読んでみてもいい?」
「まあな。でも、昼になったら打ち切るぞ」
シオンは機嫌を直して本を眺めていた。
自分に合った、読みやすくて、なおかつ興味の惹かれる話__
「あっ____え?」
シオンは、ある文字列に目が止まった。
梯子を使って古ぼけた一冊の本を取ってみると、そこに書かれていたものは……。
「『破滅の危機と天使』ねえ。そういやあったな。そんな出来事」
フロスティアは文字を読み上げて昔を思い出すように言った。
「破滅の、危機……」
シオンも確かに、聞き覚えのある言葉であった。
なぜなら彼女も、その頃には生きており、それを目の当たりにしたからだ。
ページをめくると、その時の出来事が、記されていた。
『治癒を司る天使と、破滅を司る天使の争い』
『傷ついた大地と民衆の心が世界の終わりを危惧していた』
『治癒を司る天使は破滅の天使を打ち破り』
『世界は癒され、世界は平和を取り戻した』
そう、書かれていた。
確かに、その内容は正しかった。そんな出来事が、起こっていた。
……だが。
「……平和……?」
確かにあの時、言葉には出来ない平和な世界が戻ってきたのだと直感で分かった。
だが、その危機によって失われたものは、癒しの力では戻ってこない__
「私は……」
「その本は、もう棚に戻せ」
フロスティアは、シオンの言葉を聞かずとも、その先にどんな感情を持ち合わせているのか理解していた。
シオンは先ほどの位置に、本を戻した。
シオンに合う本は、やはり子供向けの寓話だったらしく、色々な本を集めて席につき、一冊一冊読んでいた。
魔女が出てこない本。魔女はどの寓話においても悪役だ。
シオンがメインに読んでいた本は、王国の周辺にある、魔女の文化がない小国からやってきた本だった。そこでも悪役らしい者は登場するが、それはシオンの知らない怪物や、悪巧みをする普通の人間だった。
「この本だったら、私でも読みやすいな」
「東の国の本か。今度連れて行ってやってもいいぞ」
「本当? ……でも、まずはこの国をまわりたい。私にはまずそれからだと思う」
その時の出来事だった。
外から、とんでもない地響きと共に人々の悲鳴があがったのだ。
シオンはそれを聞いて、すぐに図書館から出た。
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