表裏一体①

表裏一体


 人の住むところからだいぶ離れた山奥に、清水が流れる川があった。

 精霊は、人間の踏み入らない豊かな自然の中でひっそりと暮らしている。このような綺麗な自然が残されているところには、多くの精霊が住み着いている。このことを、二人は幼い頃から熟知していた。


「ここなら、しばらく休憩できるだろう」

「ありがとう」


 川の近くにフロスティアが降り立つ。シオンは小川の前まで走り寄って、流れている清水を手にすくった。


「すごく綺麗な水……」


 その水はきらきらと、不思議な光を放っていた。

 太陽の光を反射するだけでは決して生まれない、水が自ら発している独自の光。


「精霊の水だな」

「精霊の?」

「ここら一帯は、皆精霊達の住処みたいだな。精霊の住む森の水は治癒力がある」


 それを聞いて、シオンは怪我をした方の腕を出した。包帯が丁寧に巻かれており、それを慎重にはがす。

 出血こそ収まっているものの、傷跡は生々しく残っている。

 怪我をした腕を、川の水につける。冷たい水が傷にしみる。しかしそれも段々と冷たい水の気持ちよさに薄れていき、精神的にも治癒される。


「すごい……」


 数分後。腕の傷は、見る影もなかった。

 驚異的な治癒力を前に、シオンは驚きを隠せなかった。


「生き物は皆一様に治癒力を持ってる。精霊……自然の力は、それを目覚めさせるだけに過ぎない。……お前は、人間以上の生命力と治癒力を持ってる」

「そうなんだ……。でも、少し納得する……かも」

「そうだな。……お前の場合、人一倍生きようとする力を多く持ってる」


 シオンは靴を脱いで、小川に足を入れた。


「きゃはあっ」


 冷たい水が足にかかり、ぱしゃぱしゃと音を立てて水がはねる。水遊びに夢中になって、はしゃぎ回る姿はまるで幼い子供のようだった。

 ほんの一息の休憩。不慣れな環境で生きていくには、時に安らぎを求めなければ、生き物は壊れてしまう。シオンが自分を探すための、ほんの少しの休み時間だ。

 フロスティアは川沿いに座り込み、シオンの様子を静かに眺めていた。

 傷が癒え、心も安らぐ一時。シオンは自身の不安も、人間に対する不安も全て忘れて子供のように水遊びをした。


 そこで一瞬だけ見えた美しい羽。精霊が持つような神聖な力を持つ羽が、シオンの背中にある__ように見えた。


「……?」


 シオンは水遊びに夢中で気づかない。フロスティアが確かに目にしたものは、シオンの背中に現れた羽。

 シオンは魔法使い。精霊ではない。では、彼女の羽の由来は一体何のものなのか?



 そう考えていると、突如、彼女達の安らぎの時を壊す者が近づいてきていた。


「……なに……?」


 足音と、男性の低く太い声が響きわたる。シオンは水遊びをやめ、声のする方に目を向ける。


「……山賊だな。木陰にでも隠れていろ」

「でも、精霊達の森なのに……」

「精霊が異変に気づいて自分達で追い払うだろうよ。早くしないと見つかるぞ」


 シオンはフロスティアに言われるまま、近くの木陰に身を潜めた。フロスティアは、シオンが抱き抱えるぬいぐるみの中に入り込んで身を潜める。


「おおっ、すげえ綺麗な川があるじゃねえか!」

「うっひょお、丁度喉乾いてたんだよ~。なあ、ここで一杯やらねえか?」

「いいねえ! 景色も良いし最高に美味いもんになるぞ!!」


 みすぼらしい格好をした男三人組は、誰がどこからみても山賊というに相応しいものだった。動物の毛皮で作ったコートを羽織り、腰には牙で作ったナイフ。手入れのされていないぼさぼさの髪に濃い髭。

 男の一人が取り出した袋の中からは、彼らには到底似合わないであろう立派な装丁のワインと動物の肉。どこかのキャラバンを襲って奪ったのだろう。

 山賊達は肉を焼くために近くにあった木の枝を強引に手折る。


「あっ……」

「声出すな。見つかるぞ」


 シオンは思わず小さな声を出してしまうが、幸い山賊達には気づかれなかったようだ。

 折った枝を集めて、火打ち石で火を起こす。灰色の煙が上っていく。


「俺達の成果にかんぱ~いっ!」


 山賊達は小分けしたワインを飲み、直火で焼いた肉にかぶりつく。そのときに出たゴミは全て川に流して捨てていく。

 彼らの行動は常人には理解しがたい程醜いもので、飲み殻や、動物の骨が綺麗な川に一つ一つ流されていくのを見て、思わずシオンは身を乗り出してしまった。

 かさかさ、と草が揺れる音がしてしまい、山賊達の視線は全てこちらに注がれた。


「誰だっ!!」

「あっ……」


 まずい、と思った時にはもうすでに遅い。


「馬鹿、なにやって……」と小さな声でフロスティアが言うが、山賊の一人が近づいてくるのを前に、黙り込む。


「おうおう、可愛い嬢ちゃんじゃねえか」

「まじかよ! 今日俺らツイてるなあ!」

「まあ落ち着けよ。俺にだって段取りってもんがあるんだ。へへっ、嬢ちゃん俺らとちょっと良いとこ行こうなあ?」

「離してください……! やめて……」


 男に強引に腕を引っ張られて、手からぬいぐるみが離れてしまった。


「あんまり俺達怒らせると……嬢ちゃん首飛ぶかもよ?」

「ひっ……」

「そういうこった。大人しくついてくりゃ命は安全だぜえ」


 シオンは恐怖と、自分の愚かさでいっぱいになった。全身が恐怖で震え、涙が今にもこぼれそうになっていた。

 その時のことだった。

 山賊達めがけて木の枝が矢のように降り注いで来たのだ。小川は意志を持っているかのようにうねり、川辺の石は勝手に動き山賊達に攻撃し始めた。


「なんだっ!?」

『ここから……でていけ……』


 森全体でこだまするように聞こえたその声は、シオンには精霊の声だとすぐに分かった。

 しかし、その正体がわからないままでいた山賊達は混乱し、すぐに退散した。……思い出したように、シオンの腕を引っ張って。


「いた、痛い! 強く引っ張らないでっ!」


 精霊の力を持ってしてでも連れて行かれたシオン。

 フロスティアはぬいぐるみから出て元の姿に戻ると。


「……奴らの行き先分かるか?」

『__山の麓にある彼らの拠点でしょう』

「分かった」


 シオンを助けに、飛び出した。

 救出後に、彼女に渡せるように、ぬいぐるみを持って。

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