ひとたちの生き方②


 彗星の如く空を飛び去る青い光。その正体は竜の姿をした精霊の姿。

 竜精の口元には、およそ十七ほどに見える少女。

 前から押しつける風は、傷口にしみる。

 腕からは、赤い血がたびたび滴っていた。シオンは痛そうに腕をおさえながら街に着くのを待っていた。


「もうすぐだ……!」


 フロスティアはゆっくりと高度を下げていくと、突然、前方から石やら弓矢が飛び交ってきた。


「っ……!」


 街のベルがけたたましく鳴る。

 街の住民は、フロスティアめがけて攻撃をしかけてきたのだ。フロスティアは見た目は竜と何ら変わらない。街を襲いにやってきたと勘違いされたらしい。

 怪我をしているシオンがいる状況下、これ以上飛ぶのは無理だと判断した。フロスティアはすぐに地上に降りて、シオンを口から離すとすぐにシオンがずっと抱き抱えていたぬいぐるみの中に宿る。


「あの姿で街に近づくのは危険だ。歩けるか?」

「うん……っ」


 表面上平気そうにしていても、地面には腕から流れる血がぽたぽたと垂れている。シオンも痛みに表情をゆがませた。

 前方に見える街は、先ほどの鐘によって騒然としている。


「痛……っ」


 傷が開き、痛みに耐えかねて思わずうずくまる。もう、歩けない。


「……大丈夫?」


 誰かの声が聞こえて、顔をあげる。そこには、シオンと同じくらいの年齢の少女が立っていた。


 街は未だぴりぴりとしていて穏やかではないが、フロスティアはそれ以降街の人の目に当たらず大事にならずに済んだ。

 腕と額にぐるぐると包帯が巻かれる。命に関わるほどの重体になることなく、止血が済んであとは傷の回復を待つのみとなった。


「できましたっ」

「ありがとう、ございます……」


 シオンを助けた少女は、街の医院の娘だった。少女はシオンを見つけた時に真っ先に応急処置をとって医院まで連れて行ったのだ。


「自然治癒だと、怪我の治りは一ヶ月以上かかってしまいますから、少しでも早く治さないとね。それにしてもびっくりしたよ! あの近くを歩いていたら、血を垂らした貴方がいたんだもの。さっき警鐘が鳴ってたから……竜に襲われたのかしら」

「いえっ、ええと……」


 そのとき、部屋の扉をノックする音が聞こえた。

 医院の娘が応答すると扉が開いた。そこには六、七程度の少年が立っており、袋が入った桶を持ってやってきた。


「ねーちゃん、氷袋持ってきたぞ」


 娘と少年は姉弟らしい。

 娘は少年から氷袋を受け取る。


「ありがと。しばらくここで安静にした方がいいかもね。また竜に襲われたら大変だもの」

「違うんですっ!」


 シオンは医院の娘の誤解に耐えかね、ついに大声をあげてしまった。

 娘と少年はそれに驚いて顔を見合わせた。


「あ……ごめんなさい」

「いえ……。違うってどういうこと?」

「その竜は……私のお友達で……」

「友達っ!?」


 シオンが言いかけて、少年が言葉を遮った。少年は目を輝かせてシオンに身を乗り出す。


「ドラゴンと友達なんて、かっけぇ! いいなーっ」

「えっと……」

「こらっ、大声出したら迷惑でしょ。ごめんなさいね」


 娘に止められながらも、少年はなお興味津々な様子でシオンを見つめていた。

 人との対話に不慣れなシオンは対応に今一つ困っていた。それを見て娘はまた先ほどのように穏やかな表情で会話を再開する。


「じゃあ、襲われていたわけじゃないのね」

「あ……はい。途中、別の魔物に襲われて……その、竜にここまで連れてきてもらったんです」

「まあ……。それじゃあ、あの警鐘もきっと皆勘違いして……」

「その竜はとっても優しいの……。人間は襲わないって……」

「分かったわ。うまく説得出来るか分からないけれど、街の兵士さんに説明するわ。ほら、あんたも!」

「ええー!?」


 娘は弟の腕を強引に引っ張り、部屋から出て行った。

 その様子を呆然と眺めていると、出窓でずっと静かにしていたぬいぐるみがぴょんとシオンの上に乗っかった。


「傷はなんとかなりそうだな」

「なんとか……」

「……だけどな、シオン」


「なんで、俺のことを正直に話したんだ?」

「えっ?」


 シオンはしばらく、フロスティアの言葉が理解出来ずにいた。


「傷は、今でこそ応急措置で手当してもらったものの、お前なら精霊の力を借りて治すこともできたろ」

「そうだけど、それがどうして正直に言ったら駄目な理由になるの……?」

「この街にずっといるわけでもない。ここの住人は俺が敵だと誤解していても、俺達には何の問題にもならない。……それでも、誤解されたままは嫌なのか?」

「……嫌だよ。私の友達を否定されるのは」


 シオンはぬいぐるみを抱きしめた。フロスティアはそれを嫌ともなにも言わず、ただのぬいぐるみであるかのように抵抗をしなかった。


「フロスティアが否定されたら、私は……友達がいなくなっちゃう気がするから」

「……わかったよ。だが誰にでも本当のことを話していいわけじゃない。最悪、お前が危ないんだぞ」

「……うん。ごめんなさい」

「ならいい。この街を出て、安全な森を探そう。そこで休憩だ」

「え? もう出て行くの?」

「長くいる意味もないだろ。万が一、騒ぎが大きくなるのも考えて、早めに出た方が賢明だぞ」

「……うん」


 ベッドから起き上がり、医院の主人に事情を話した。

 傷の心配をしているのか、シオンのことを何度も引き留めようとしたが、シオンはただ『大丈夫』と言って医院を出た。

 先ほどのことがあってか、街は未だ兵士たちの姿が多い。


「まず街を出ろ。そしたら背中に乗せてやる」


 そう言われ、シオンは少し小走りで街の出口へと向かった。

 そのとき、聞き覚えのある声が、シオンに向けられた。


「待ってー!」


 振り向くと、医院の娘とその弟だった。

 フロスティアは若干のため息をついた。出来れば会わないうちに街を去りたかったのだろう。


「貴方まだ怪我治ってないのに……まだ安静にしていなきゃ……」

「気遣ってくれて、ありがとう。……だけど、私はもう行かなくちゃいけないんです。お友達のためにも」

「お友達の誤解は解けたから、安心していれるのよ……?」

「……私の為でもあるんです。怪我は大丈夫。看病してくれて、ありがとうございました」

「……そこまで言うなら……無理には止めないわ。でも、無茶だけはしないでね?」


 娘はそっとシオンの手を取った。名残惜しそうに見つめるその表情を前に、シオンは心惜しいものがあった。


「さようなら。……どうか、貴方達に神のご加護があらんことを」

「今度友達紹介しろよー!!」


 手を振り、二人と別れた。


「フロスティア」


 街を出て、フロスティアは元の竜の姿に戻った。

 シオンはフロスティアの背中に乗り、ぬいぐるみを抱きしめて言った。


「人間は、よく分からないよ……」

「仕方ない。人間ってのは、いつも自己中心的だからな」

「……ほんの数時間の対話なのに、とても優しかったり、逆に、ずっと一緒にいたのに、急に手のひらを返したり……」

「人間は、俺らと違って寿命が短い。すぐに死んじまう。だから、どんな手を使ってでも長く生きようとする醜い生き物だ。それをふまえた上で、お前も上手に接していかないといけない」

「……分かってるよ。でも……少し、休憩していい?」

「もちろんそのつもりだ」


 __自分達さえよければ良いと思っている。貴方をそんな風に傷つけた人間を許したりはしない。

 シオンだけが聞こえる声が、そんな言葉を言い放った。


(……でも)


 同時に思った。

 __それでも、私は人間に関わりたいと思っている。

 あの出来事だけで、自分を育ててくれた両親を憎むことはできない。


 だから、旅を続ける。

 そうすれば、この矛盾した思いも晴れるかもしれないから。

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