旅のはじまり②
街に入ってから数時間が過ぎ、街全体の雰囲気も活気を増してきた。
シオンも街の雰囲気に慣れてきたのか、落ち着いた足取りで街を散策していた。腕もとにしっかりと、先ほど買ったばかりのぬいぐるみを抱きしめて。
「綺麗な街だね」
「そうか? これくらいの規模なら、どこも似たようなもんだぞ」
「そっか……でも、私ははじめてだから……すごくいいところだと思うよ」
坂をのぼり、広場に出た。
街を出たすぐ先は森と山が広がっている。隣町は森を抜けた先にかすかに見える。
「……こんなに広かったんだ」
小さな自分の故郷を抜けて、一歩踏み出してみた先は、広大な人々の暮らしだった。遠くに見える街にも、山を越えたその先にも、人間達それぞれの生き方を見られるのだ。
「少しは自信がついたか?」
フロスティアが聞くと、シオンは少しだけうつむいた。
「どう、かな……まだ、分からないよ。私はどう生きればいいのか」
「そうか」
長い間、一人でいた。
親はとうの昔に亡くしてしまった。
フロスティアに出会う前は、森に住む精霊達に助けてもらっていた。
それが嫌になった。
誰かの役に立ちたい。けれど、自分は誰かのためにしてあげられるほどの力を何も持っていない。
それじゃあ、私は何のために生きているの?
「じゃあ、また新しい街を目指して行けばいいだろ」
「そう、だね」
小さかった頃、平然と出来ていたことがすっかり出来なくなってしまった気がする。早くそんな自分から抜け出したくて、つい焦ってしまう。
誰かに頼ることしか出来ない今、フロスティアの言葉を頼りに旅をすることしか出来ない。
『自分の存在意義を探す旅』。シオンの旅の目的。もしそれを見つけられる日が来れば、シオンは今よりもずっと、自分に自信を見いだせるのかもしれない。
「__また被害が出たらしいよ」
その時、広場にいた見回り役の兵士達の話し声が聞こえてきた。
「ここ最近だとこれで五件目、この辺りは割と穏やかだったのに、珍しいよね」
「最近また人員増やすらしいよ。この案件、全部魔物による被害らしい」
「なんか不穏だな。隣町でも増えてるって聞くぞ。何かの予兆なんじゃないか?」
「魔物っていうところが怪しいよな。近くの森に魔女か何か潜んでるんじゃないか?」
その会話を聞いて、シオンは思わずその場を去った。
広場を離れた路地までたどり着いて、足を止めた。
「別にお前のことを言ってるわけじゃないのに」
「……分かってる、よ」
分かってる、はずなんだけど。
人の少ない場所で少し落ち着きを取り戻した。
人が多いのは、少し苦手だ。
「万が一は、俺がなんとかするから」
「……ありがとう」
路地を抜けて、商店街に出た。
そういえば、まだ食事を取っていなかった。
近くに喫茶店を見つけ、そこの扉を開けようとした瞬間である。
ドアノブに手をかける直前で、ドアが突然開かれシオンと同じぐらいの少女が飛び出してきたのだ。
「きゃっ」
そのまま二人はドミノ倒しのように崩れ、地面に伏してしまった。
何事かと、少女が飛び出してきた方向に視線を向けると、店の中からゴミだの灰皿だのを投げつけられ、
「出てけ、狼女!!」という、罵声と共に店のドアは強くしめられた。
シオンはその状況を少し理解できなかったが、まずは目の前のこと。自分の目の前で顔を伏せている少女を気にかけた。
「あ、あの、大丈夫……?」
勇気を振り絞って小さな声で聞くと、少女はそっと顔をあげて、シオンの瞳を見つめ返した。その少女の目尻に、うっすらと涙がたまっているのがみえた。
「ありがとう……」
「今の奴なんなんだ? 相当ひどいこと言い放ったけど」
「……気にしないで。さっきはごめんね、怪我はなかった?」
「私は大丈夫、って、私より貴方は……」
「私は大丈夫。怪我がないならよかった。……じゃあ、さようなら」
そう言うと、少女は軽く頭を下げると、すぐに向きを変えて路地裏の方へ去ってしまった。少女の言動は心なしか、周りの視線を気にして焦っているように感じた。
「……」
「あの様子じゃ、前々からああいう風に扱われて来ているみたいだな」
「そんな……助けてあげなきゃ……」
「そうしたいのは山々だ、だけどな、実際難しいんだよ。差別ってものは簡単にはなくせない。ましてや、俺達みたいな旅人が、つべこべ言えるものじゃない」
「そんな……」
「……手助けしたいって思うなら、さっきの女の子よりも、店の奴の方が良い。俺達にも、被害が及んでるんだから文句の一つは言えるだろ」
シオンは、先ほど少女が去っていった方を気にしながらも、店の中に入ることにした。少女に向かって投げつけた、ゴミや灰皿を手にして。
カランコロン、ドアを開けて入ってみると、中は普通の喫茶店だった。テーブル席が数席と、カウンター席。まだ午前中であるせいか人は少ない。ベルの音に反応した喫茶店のマスターらしい男性が、一瞬鋭い目つきでこちらを睨みつけてきた。しかし、相手が先ほど飛び出していった少女ではないとわかると、ころっと表情を変え「いらっしゃい」と声をかけた。
「お好きな席に座ってな。この時間帯は人も少ない」
シオンは先ほどのマスターの目つきにひるんでいたが、ここで怖じ気付いてどうする、と何度も心の中で説得しながら、腕の中にあるぬいぐるみをぎゅっと抱きしめなんとかカウンター席に座ることができた。
マスターに、聞かなければ。
「あの、これ……」
「ん? ああ、すまない。わざわざ拾ってくれたのか。ありがとう」
シオンは手に持っていたゴミや灰皿をマスターの方に差し出すと、マスターは軽く笑ってそれを受け取った。
「お嬢さんは街の外から来たのかい?」
「えっと、はい」
「良く来たなあ。隣町からここまではそれなりの距離あっただろう。一足早いが、お昼でも食べていかないかい? ゴミを拾ってくれた礼もある、半額にするよ」
「金は取るんだな」
「そりゃあ一応、商売だからねえ……って、ぬいぐるみが喋った?」
フロスティアはややげんなりしながらも、シオンの腕から飛び出してカウンター席に乗る。
「そんなことはどうだっていいよ。俺達がこの店に入る前、こいつと同じくらいの女の子が飛び出していったんだけど、なんなんだ、あれは?」
マスターは呆気にとられていたが、気を取り直し、フロスティアの言葉の意味を理解する。
「……ああ、あれね。あいつは、人狼だよ」
「じん、ろう……?」
マスターは険しい顔でコーヒー豆を挽きながら、続けて言った。
「ああ。人間に化けて悪さをする。種類によっては人喰いだって話も聞く。そんなおっかねえ奴、店におけるわけないだろう? お嬢さんも気を付けたほうがいいぜ」
「人狼? あの子は半獣人じゃないのか?」
「何?」
マスターの反応に、やはりか、とフロスティアは呆れた。
「人狼と半獣人ってどう違うの?」
「人狼っていうのは、元々狼だった奴が、年齢を重ねているうちに魔力を受けて化ける力を身に付けたものだ。半獣人は人間と動物のハーフ、もしくはそういう種族の子孫として生まれた奴だ。さっき飛び出していった女の子には、その人狼の魔力が感じられなかった。よく人間は勘違いするけどな、そういう明確な違いがあるもんなんだよ」
「半獣人は、人狼みたいに悪さをしたりしないの?」
「しないし、しても彼らに利益はない」
フロスティアとシオンがそんな話をしている時、注文の料理を作っていたマスターが手を止め、窓の方をみた。窓から見える外には、人だかりができていた。一体、何がそんなに面白くて人が集まっているのか。
いいや、違う。
外にいる人たちは、なにやら上を見て不安そうな表情をしていた。騒がしい外、祭りの雰囲気というよりは事件か事故か。
すると、ドアがバンと開かれとんでもない形相で息を切らしながら、男性がやってきた。
「おやっさん! 何か梯子のようなもの持ってねえかい!? できれば高くのぼれるものがいい!」
「何かあったのか?」
「向かいの住宅の四階から、子供が……!」
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