???

「え? 今の現実!?」


 夢かとも思ったが、手の中には未だ熱の冷めぬコーラが一本。流石に開封してみる気は起きない。怖い。


「いやいや、夢じゃないなら何よ!? もはや害のない怪奇現象じゃん!?」


 普段の体験が散々作り話めいていると言われている私だが、許容出来ない出来事はある。

 動揺を隠せず何度か靴を脱ぎ損ね、転がる様に部屋へ戻った。

 そこで机の上に転がる空き缶が目に入る。


 ああ、お酒による幻覚だな。私は都合良く現実逃避した。



「あんまりお酒強くないからなー。気をつけないと」

 チラリと横目でスマホを眺めると、もうすぐ九時半時である。少し早いがそろそろ寝ようかとコーラを机の上に置き、散らばった缶を手に取る。


 明日は買い物でも行こう。シャープペンの芯も全滅だし。

 そんなことを思いつつ部屋を片付けていると、再びインターホンが鳴った。


 二度あることは三度あるという言葉が浮かぶ。

 あとサボテンに話した主な愚痴と言えば。


「シャープペンの芯の話? でもアレは生き物も出てこないし室内だし、恩返しに来るような要素はない、はず」

 私はドアの前へ。

 雀の時と同じようにまずはドアチェーンをかけ、スコープを覗いた。


 ちゃんと、人が見える。黒く長い髪の毛をした女性が扉の前に立っていた。

 知り合いに思い当たる容姿の人物はいないが、人間がいた安心感でつい扉を開いてしまう。

「はい、どちら様で——」


 眩い光が溢れる。眩しさに目を伏せると、彼女は扉の前にことに気がつく。

 女性は、地面から数センチ浮いていた。

 文字通り後光と共に現れた彼女は、瞼を閉じ微笑みながらこう告げる。


『本日助けていただきました、鉛筆の精霊です』


「もう何でもアリかぁぁぁっ!?」

 生き物が出てこなければ良いという問題でもなかった。


「ちょっと待って! え? 私が? 今日助けた? 鉛筆の精霊? 疑問しかなくて、何処から突っ込んで良いか分かんないんだけど!?」


 神社の巫女さんっぽい服装はともかく、光る全身とちょっと浮いた身体は、精霊っぽいと言うか人間ではない事は一目瞭然だが。

 自称精霊は驚いた様に何度かパシパシと瞬きをする。風が起こせそうなくらい睫毛が長い。少し羨ましい。


『ええ。確かに貴女は私の運命を変えたのです。あの時のことをよく思い出して見てくださいませ』

 そう言われたので、素直に今日のシャープペン芯全滅事件を思い出す。

 

 その間に精霊は玄関に上がり込んでいた。

 寒いので良いのだけれど。

「いや、思い出してみたけど、どこに鉛筆の運命を変える要素があったの!? 私鉛筆の芯折っちゃっただけだよ?」

 自称鉛筆の精霊である女性は首を横に振り、違いますとキッパリ宣言する。


『あの後本来の未来であれば、持ち主が誤って私を落としてしまい、教授に踏まれてベキッと真っ二つにされる所だったのです』


「そういう予知レベルの話だったの!?」

 なるかもしれなかった未来のことで恩返しに来たのかこの子は。


「失礼だけど、ただの妄想では?」

 当然であろう指摘に、鉛筆の精霊は何故か得意げに胸を張った。

『妄想などとんでもない! 鉛筆には古より予知能力が備わっております。ほら、選択式の問題で鉛筆を転がす


「アレ、予知能力……?」

 いや、確かに選択問題で答えが分からなかったら、私もついコロコロッとしたこともあるけどね。


『もっとも、予知能力が使える鉛筆はほんの一握りで、他の鉛筆は持ち主の運次第ですけど』

「だよねー。本当に百発百中なら皆やってるし! ……ちなみにその一握りってどのくらいなの?」


『千年に一度出るか出ないかくらいですね』

「それ、ほぼゼロじゃない?」

 あまり詳しくはないが、そもそも鉛筆の歴史自体それより浅いのでは。


「待って。そうなると、あなたはあの鉛筆の精霊で予知能力が使える。つまり、数少ない予知能力を持つ鉛筆を、あの時の救世主どうきゅうせいは持っていたということ?」

『あ、いえ』

 少し気まずそうに、精霊が両手のひらを開いて向けた。


『的中率が低ければ結構使える子は多いんですよー。私の場合で言うと、五分五分くらい』

 向けられた手のひらは五分五分の意だったらしい。


「……それ予知能力って言う?」

『未来って、その時その時で変わりますよね』

 それを言ってしまうと、予知とは何かという根本的な問題にならないか。適当なこと言ってないかな、この精霊。


 まあまあと朗らかな笑みで精霊が言う。

『今回のお礼に、特別な子を貴女に託そうと思って連れて来たのです。貴女なら大切にして下さるだろうと』

「え?」

『この子です。どうです? とても美しいでしょう?』


 精霊は私に、一本の鉛筆を手渡してきた。

 うん。

 確かに、ウェブ検索で『鉛筆 画像』と検索をかけたら、真っ先に出てきそうな綺麗な鉛筆だけれども。


「あの——とても綺麗な鉛筆だけど、この子にも精霊が宿ってたりとか予知能力とかがあったり、とかは?」

 鉛筆の精霊は少し目を伏せ、慈悲深く微笑んだ。

『不器用な、子ですので』

「つまり何もないってことですね!!」

 結局のところ、普通の鉛筆を渡されただけだった。

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