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コンビニで買ってきたおでんと白米を食べ終え、ようやく一息つく。
「それにしても、本当にあの猫ちゃん。何だったんだろう?」
紙袋のお菓子は猫の飼い主の物だったらしく、猫を探しに来た母親と女の子にそのままお返しすることができた。
頬杖をついて机の上に置いたサボテンを眺める。
驚いたけど、ちょっとファンタジックで楽しかったな。
「あなたがウチに来たおかげかな? なんて」
思わず笑みが溢れてしまう。喉も渇いたし、何か飲み物を持って来ようと腰を上げる。
そこで、インターホンが鳴った。
夜の九時前、誰かが訪ねてくるには少々遅い時間。
怪訝に思い玄関の方を凝視していると、再びピンポーンと音が鳴る。間違いや気の所為ではなさそうだ。
このまま無視を決め込もうかと思ったが、誰がいるかの確認はしておきたい。
足音を殺してドアに近づき、チェーンをかけてからドアスコープを覗いた。
誰もいない。いつもの通路が見えるだけだ。
機械の不具合か怪奇現象か。
迷った末、チェーンをかけたままうっすらドアを開いた。
途端、モフッとした何かが視界に広がった。白くて所々茶色が混じって暖かそうである。
恐る恐る顔を上げればそこに、私の頭一つ分大きな雀の顔があった。
『不衣幸子さんですね』
低音でよく響くイケボで、雀らしき生物は言った。
『以前貴女に助けていただいた、雀です』
「人違いです」
私はドアを閉めた。
『い、いえあの! 夜分遅くご婦人のお宅にお邪魔するというのは、確かに誉められたことではないと理解しております! ですが、お話だけでも』
「いや、お話も何も人違いですって! こんなに大きな雀さんには会ったことがありません!」
咄嗟の判断でドアに鍵までかけた自分は偉いと思う。こんな冷静に行動できたのは日頃の不幸の賜物か。
『私は至って普通の雀です! ただ今回の恩返しにあたって、普段の姿では不都合があり『どうしようかな』と思っていたら、偶然大きくなれたんです』
「普通の雀さんはそんな裏技持ってません!」
外から声が聞こえてくる。お願いしますだの、是非ともお話をだの。誰かに見られたらどうしよう。
夢なら覚めろ、今すぐに。
「分かった! じゃあ、せめて普通のサイズに戻ってくれない!? そしたら話は聞くから」
『かたじけない! すぐに戻ります』
この雀、武士か。
一呼吸置いて戻りましたと言う声が聞こえたので、再びドアを開く。
足元に見慣れたサイズの雀がちょこんと羽を下ろしていた。
「ほ、本当に普通の雀さんがいたぁ」
『これでお話を聞いていただけるんですね?』
「声はそのままか」
愛らしい冬毛モコモコ雀からこんな声が出るのか。
とりあえず約束は約束なので、雀を玄関まで招き入れドアを閉める。
「えっと、私があなたの恩人って? 本当に身に覚えがないんだけど」
『何と、覚えていらっしゃらないのですか!? 人の世界で半年前というのでしょうか。雨が多く降る季節の夜、クルマに轢かれそうだった私を助けて下さったではありませんか』
雨が多いとは梅雨の時期のことだろう。やはり思い当たる節はない。
「やっぱり勘違いじゃない?」
『いいえ! 私ははっきりと覚えております。今も目を閉じれば、鮮明にその勇姿を思い浮かべることができます。その時の貴女は、シャシン、でしたか。それを売っている家の隣で妙な舞を踊っておられました』
ん、とその時初めて私は引っ掛かりを覚えた。
『当時私はまだ若造で、無謀にも餌を求め、巨大で素早い岩のようなクルマが走る場所へと迷い込んでしまったのです』
いや、でも私は普通に歩道の方にいたし。
『気がついた時には、大きなクルマが目の前に迫っていました。飛んで逃げようにも、それはあまりにも巨大。もうダメかと思ったその時、弧を描きながら何かが飛んできました! それが車の前足に当たり、僅かに前足の位置をずらします! その結果、私はクルマの腹の下に逃れることができ、命を救われたのです‼︎』
「……もしかして、飛来した何かって」
『その後、貴女の元へと戻った何かは、転がりながら鳶色のしゅわしゅわした液体を吐き出しておりました』
あの時証明写真を襲ったコーラだ。
「まさかの
『やはり貴女でしたか! その節は誠にありがとうございました‼︎』
雀が両羽を広げ、そのままバサッと地に伏せた。土下座のような格好だ。
「いや、助けようと思って助けた訳でもないし、言わばただの偶然だし……。まぁ、あなたを救えたのなら、あの日犠牲になった写真も報われるよ」
『なんと謙虚で美しい心をお持ちだ。あの日受けた恩には到底足りる物ではございませんが、是非ともこちらを受け取り下さい! 何分鳥類の身であれば、これが精一杯でございました』
雀の瞳が、少し瞳が潤んでいる様に見える。
いや、どう見ても普通の人間よりスペック高そうだけど。
「ちなみに、お礼って何?」
はい、と威勢よく頷いた雀は再び巨大な姿に戻ってしまった。
そして片羽を懐に突っ込み、
「あの日、私の命の代わりに犠牲になった物なので、お返しできればと思い、大切にお持ちいたしました」
こちらです、と両羽に乗せて差し出されたお礼は、缶コーラ一本だった。
『冷たいお飲み物はお身体を冷やしますので、しっかりと温めておきました』
それは、冬毛もこもこ雀さんのお心遣いでとても暖かった。
「ほ、ほっかほかだぁ……」
美味しいのだろうか、そもそも缶を開けて大丈夫なのか、暴発しないか。
そんなことを考えながらも、反射的にコーラを受け取る。
雀は満足げに一礼し扉を開けると、元のサイズに戻って冬の夜空へ消えていった。
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