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「あー喋ったぁ……」
散々語り尽くして早数時間。私は清々しい気持ちで両腕を伸ばした。気分はかなりスッキリしている。これも思い切り吐き出せたおかげだ。
テーブルに頬杖をしてサボテンを眺める。心なしかサボテンの身体も輝いているように見えた。
気のせいだろうけど。
話が一区切りついた所でタイミング良くお腹がすいてきた。
ベッド脇の時計を見ると、午後七時を過ぎた所か。そろそろ何か食べたいな。
冷蔵庫の中を開けるが、そこには水とお茶と薬味のネギしかない。
「昨日スーパーのレジに並んだ所で財布とスマホを忘れていることに気づいて、何も買わずに帰ったの忘れてた」
自炊する気力はないのでコンビニでも行ってこよう。
私は今度こそ忘れず財布とスマホをバッグに入れて、コートを羽織った。
玄関で靴を履いてドアを開ける。
フギャアと、なんとも言えない声と共に、灰色の猫が飛び上がった。
目が合う。
また猫はひどく驚いたように飛び上がり、部屋の前の茂みに隠れた。
驚いた。いや、猫がいたこともそうなんだけど。
その猫が入学式の日に助けた、いや襲われた子猫にそっくりだったのだ。流石に成長はしているが。
猫は、茂みの中から首だけを出してこちらを伺っている。首元にはピンク色の首輪があった。毛づやも良く健康そうである。
「もしかして、元気だよって伝えに来てくれたのかな? なーんてね」
まるでおとぎ話の世界みたい。
再び鳴った腹の虫に現実へ引き戻された。
「あ、ゴメンね猫ちゃん。私は買い物に行ってくるから。寒いから早くお家に帰った方が良いよ」
そう声をかけてコンビニへ向かおうとすると、猫が一声鳴いて、顔を茂みの中に引っ込めた。
言われた通り家に帰ったのかと思いきや、すぐに出てきて近寄ってきた。口に何かをくわえている。
猫の顔と同じくらいの小さな赤い紙袋で、取手部分に黄色いリボンが結えてある。プレゼントみたいだ。
猫はそれを私の足元に置くと、姿勢を正して座りニャアと鳴いた。
「まさか、私に?」
その澄んだ瞳と見つめ合っている内に、本当に私への贈り物では、という気がしてきた。
「え、いや、嘘!? 恩返し的な? そんな漫画みたいな話がある訳ないじゃん」
否定した言葉とは裏腹に、私はしゃがんで紙袋を手に取った。
手が少し震えている。
「お、落ち着け私。まあ何にせよ、中身は確認しないとね。誰かの落し物とか、その方がよっぽど可能性高いし」
深呼吸をついて、そっと紙袋の中身を覗き込む。中には透明な袋に入った焼菓子とカードが一枚。
カードにはこう書いてあった。
『ぱぱ たんじょうびおめでとう ままとつくったからたべてね』
もちろん私は『ぱぱ』ではない。
「元の場所に返して来なさい‼︎」
小さい子が一生懸命お父さんの為に作った、らしきプレゼントが何故ここに!?
「プレゼントがなくなるってどう考えても号泣案件じゃない!? 小さい子泣かせるのダメ、絶対‼︎ ちょっと、『何がダメなんだ』見たいな顔してしれっと座ってるけど、あなたのことですよ!?」
猫はむしろ感謝しろとでも言うような太々しい態度で座っている。
「とにかく、これは要らないから! 早く元の人の所へ戻してあげないと」
そこで猫はようやく自分の贈り物が喜ばれていないことに気がついたようだ。何やらうにゃうにゃ声を漏らして、もう一度茂みに飛び込む。
すぐに猫は戻ってきた。そして右の前足で、とてもぎこちない動作で、躊躇うようにそれを私に差し出す。
一目見て猫用と分かるペースト状のオヤツである。
「食べませんけど!?」
猫は嘘だろとでも言うように短くニャッと鳴いた。いくらお腹が空いていても猫ちゃんの餌に手は出さない。
しかし、猫はグイグイと、おやつを私に向かって押してくる。どうしても私に食べ物を渡したいような。
なんとなく、この好意は受け取らなければいけない気がした。
「じゃあ、こっちのお菓子は有難く受け取らせてもらおうかな」
私がおやつを受け取ると、猫はようやく満足げに鼻を鳴らした。
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