序章8-1
翌日、いつものように目を覚ました湊は、まだぼんやりとした頭のまま、窓のカーテンを開けて心地の良い朝日を浴びる。
「あぁ、いい朝だ。まさに、最高の休日……よし! 二度寝しよう」
堕落しきった思考が促すまま、再度布団へと潜り込む決意をしたところで、窓の外にふと目をやる。すると、昨日と同じくアパートの裏手にある庭に、誰かが居ることに気が付いた。
(何やってんだ……?)
そこには、刀は構えているものの、目を閉じたまま微動だにしない灰奈の姿があった。明らかにおかしい様子の彼女が気に掛かってしまい、二度寝どころではなくなってしまった湊は、仕方なく声を掛ける為に、玄関を出て階段を下り、目的の場所へと向かう。そして、すぐ近くにまで来たというのに、こちらには気付かず、一向に動く様子の無い灰奈が心配になった。
「おーい。灰奈さん」
「ひゃっ! ……何よ!」
湊が声を掛け掛けると、普段の姿からは想像も出来ない、灰奈の間の抜けた悲鳴が上がった。かと思いきや、次の瞬間にはいつもの厳しい声に戻り、刀の切っ先が向けられる。
「いやいや、何はこっちの台詞だよまったく……それで、ほんとに何してたんだ?」
「別に……ただ、考え事をしていただけよ」
もはや、その不愛想な態度にも慣れてしまった湊が動じることなく問いかけると、灰奈は少しだけしおらしい様子で答えた。
「考え事? それは……一応、聞いてみてもいいか?」
実のところ、灰奈の言う考え事というものに、湊は一つ心当たりがあった。昨夜の別れ際には、追求しなかった事。何となく気付いてはいたが、恐らくは湊自身がこれからどうするのか、御霊使として生きていくのか、という事。それを聞かれるのではと、湊は察していた。
「アンタに言っても仕方ないけど……私は、もうすぐ向こうの学院に戻るから、昨日の事も含めて聡子ちゃんにどうやってお礼とお別れを言おうか、それを悩んでただけよ」
「……へ?」
照れくさそうにしながら告げられた灰奈の言葉に、湊は思いきり肩透かしを食らった。そして、自惚れて覚悟までしていた自分が情けなくなり、大きく溜息をついた。
「ちょっと、馬鹿にしてるの!? そりゃあ、アンタにとってはどうでもいい事かもしれないけど、私にとっては大きな問題なの!」
「……いや、普通に電話しろよ」
「だから、それが出来たらとっくにしてるわよ!」
もはや、先程までの嘆息などどうでもよくなってしまう程の小さな悩みであったが、灰奈は至って真剣であるようであった。その様を見た湊は、すっかり呆れてしまった。
「連絡先知ってんだから、電話が出来ない理由なんか無いだろ」
「……もしかしたら、まだ寝てるかもしれないし、それに向こうの都合もあるだろうから、今がその時じゃないかもしれないじゃない!」
「いや、意味分からんし、そもそもそんな事気にするような奴じゃねぇよ、聡子は」
だが同時に、意外にも普通の悩みを抱える灰奈に、湊は安心感を覚えていた。結局のところ、御霊使の見習いだとは言っても、自分達と同じようにまだまだ子供であるという事が、何故だか少しおかしかったのである。
「ま、頑張れよ」
からかうようにして、最後にそう言い残した湊は、自分の部屋へと戻っていった。
「……言われるまでも無いわよ」
そして、強がる灰奈は再び精神統一をして、自らの悩みと向き合い始めたのであった。
数時間後、二度寝をしようにも完全に目が覚めてしまっていた湊は、昼食を終えた後、何をするでもなく、ただぼんやりと窓の外の青空を眺めていた。何度も経験している筈の平穏な日々。けれども、何かが足りない。そのような、空虚な感覚が残ったままであった。
(やっぱり、このままで良いわけが無いよな……)
意を決した湊は、立ち上がり自室を後にして隣人の部屋へと向かう。そして、ドアを軽くノックして灰奈が出てくるのを待った。
「はい! ――って、なんだ。アンタか」
勢い良く開かれた扉が開かれたかと思うと、湊の顔を見た瞬間に、灰奈は明らかにがっかりした表情をした。
「それはあんまりだろ……ひょっとして、誰か待ってた?」
「いえ、別に。待ってたってわけじゃないけど……ただ、もしかしたらって」
はっきりとした答えをしない灰奈に、湊はまさかと思い、質問をぶつける。
「もしかして……まだ、聡子に連絡してないな?」
「……えぇ」
「……灰奈、お前ヘタレ過ぎるだろ」
呆れ返った湊は、一先ず何も無い殺風景な灰奈の部屋に上がらせてもらい、本題を話す前にこの問題を解決することにした。
「それで、何でまだ電話してないんだ?」
「……だから、もしかしたら今はお昼を食べてるかもしれないじゃない」
「ハァー……」
もはや溜息をつく事しか出来ない湊は、頭を抱えて少し考え込むと、やれやれといった様子で灰奈の携帯電話を手に取った。
「ちょっと、何すんのよ!」
そして、止めようとする灰奈を無視して、ほとんど埋まっていない連絡先の一覧から聡子の番号に電話を掛けた。
「聡子が出たら代わるから、準備しとけよ」
コール音が鳴り始め、その音が数回鳴った後、横で悶えていた灰奈もようやく覚悟が決まったのか、真剣な顔で携帯を見つめていた。
『おかけになった電話は、電源が入っていないか、電波の届かない所にある為かかりません』
しかし、その電話が繋がる事は無く、灰奈はがっかりしたのか安心したのか、よく分からない表情をしていた。
「ほら、やっぱり今は忙しいのよ、きっと」
灰奈は、そう結論付けると、諦めるように携帯を閉じた。
「……いや、そんな筈は」
一方の湊は、何かが引っかかっているようで、腑に落ちない顔をしていた。それから、何かを確かめるように、今度は自分の携帯で聡子に電話を掛けた。
「…………」
だが、その電話は先程と同じアナウンスが流れてくるだけであった。
「さっきから、何を気にしてるのよ」
その一連の行動に、疑問を持った灰奈が尋ねた。
「聡子に電話が繋がらない。そんなの、ちょっと妙だなって……」
「どういう事よ? 電話に出れないことなんて、誰にだってあるはずよ」
「違う。電話に出ないんじゃなくて、繋がらないんだ」
湊の感じていた妙な違和感は、次第にその大きさを増していき、焦燥感へと変わりつつあった。そして、居ても立っても居られなくなった湊は、
「よし。ちょっと、聡子の家まで行ってくる。何も無いなら、それでいい……」
その疑問の答えを確かめる為にも、直接会いに行く事を決めた。
「待って。それなら、私も一緒に行くわ」
「……まだ、何かあるって決まったわけじゃないんだぞ?」
「えぇ。別に、何も無くても……やっぱり、ちゃんと会って話がしたいから」
すぐにでも外へと向かおうとしていた湊を呼び止めた灰奈は、彼の言う何かには実感が無かったが、それでも一緒に行く事を申し出た。二つ返事でそれを了承した湊は、準備をするべく、一旦自室へと戻っていった。
「お出掛けですか、お兄様?」
「え? あぁ……夕飯までには帰ってくるよ」
湊は、軽く着替えを済ませている途中、家事を一通り終えた自称妹に声を掛けられた。
「そうですか、分かりました! あ、そういえばここの所、カラスさん達が危ないらしいですよ。近所の方が言ってましたが、何でもヒナがどうしたかこうしたか巣立ちの時期なんじゃないかということらしくてですね、とにかく気を付けて下さいね」
「わ、分かったから。ごめん、ちょっと急いでるから、もう行くよ」
「はわわ! すみません! でもですね、あのカラスさん達は、普段あの学校の裏の山にいるらしいので、大丈夫かなとは思うのですが、最近は何と言いますか——」
「じゃあ、行ってくるから!」
世間話をするおばちゃんのように、いつまで経っても終わる気配の無いその話を遮り、湊は表に待たせている灰奈の元へと足早に向かった。
「悪い、灰奈! もう準備は出来たから、行こう」
そして、微妙に不機嫌そうな灰奈を連れて、湊は聡子の自宅へと歩き出した。
「……申し訳ありません――湊様」
湊が去った後の部屋。海穏として湊の妹を名乗る少女は、いつものようなあざとい様子ではなく、冷めたい表情で、そっと呟いた。
「口惜しいですが、今の私にはこんな形でしか、湊様をお手伝いすることが出来ません……ですが、どうかご無事でいて下さい」
そして、祈るように言葉を紡ぎ、今は亡き主を思い浮かべては、誰に知られる事もなく、唯々湊の無事を願うのであった。
湊の家を出発してから歩くこと約四十分。その道中、会話をすることは無く、張り詰めた空気が流れたまま、二人はようやく聡子の家へと辿り着いた。そして、呼吸を整えてからチャイムを鳴らし、聡子本人が出てくれるのを祈りながら応答を待つ。しかし、ドアを開けて出てきたのは、聡子の母親であった。
「あの、えっと……自分は、聡子さんのクラスメイトで、聡子は今家にいますか……?」
「……ごめんなさい。あの子、昨日から帰って来てなくて——」
湊の嫌な予感は、皮肉にも見事に的中していた。聡子の母の話では、もしかしたら他の友達の家に泊まっているのではないかと、色々な人に連絡をしてみたがどこにも居ない。これは流石におかしいと思い、駐在所にも連絡をしてみたが、どこかで事故があったという情報は無く、失踪として捜索をされているとの事であった。そして、二人は自分達も探してみますと告げ、その場を後にした。
「……やっぱり、浩介の奴も電話が繋がらない」
話し合いを兼ねて、一度場所を変えた二人は、聡子の家の近くにある公園を訪れていた。もしやと思い湊は、浩介にも電話をしてみたが、案の定その電話は繋がらず、焦りと嫌な予感が増すばかりであった。
「とりあえず、二人とも連絡が取れなくなった。それはつまり、間違いなく何かが起きたって事なんだ」
「それで、その何かを私たちで探るって?」
「あぁ。多分、二人に最後に会ったのは、オレ達だと思うから……」
「じゃあ、アテがあるの?」
灰奈の言葉に、湊はただ黙って首を振るしかなかった。しかし、溜息をついてじっと待つことも出来ない二人は、どんなに小さくても手掛かりになるような物が無いかどうか、昨日の帰り道に聡子が通ったであろう道を辿る事にした。
「よし、この辺りを重点的に探してみよう」
そう言って湊の示した場所は、昨日二人と別れた所であった。聡子の家からここに来るまでの道には、特に異常は見当たらなかったので、もう一度、次は脇道などの細かい場所も調べるように動き始めた。
「ところで、この辺りの地域って別に治安が悪いわけじゃないのよね?」
「少なくとも、オレが知る限りではそんな事は無いよ」
「……そう」
田舎の小さな町という事もあり、その治安は悪いどころか平和そのものである。だからこそ、湊は余計に嫌な予感が募っていた。だが、灰奈にもそれが伝播しないように、あえて口にはしないままでいた。
「……ッ! 灰奈、これだ」
手掛かりを探し始めてしばらくが経ってから、念のためにと入った裏路地で、湊はある発見をした。
「まさか! そんなこと……!」
湊が示したモノに、灰奈は絶句した。それは、誘拐事件などの人為的な行為と考えていた彼女にとってしてみれば、当然の反応である。
「でも、あとはこれしか考えられないんだ」
そこには、一昨日の夜に湊が仕掛けた札が、破れて散らばっていた。
「じゃあ、二人が居なくなったのには、怪禍が関係してるって言うの、アンタは!」
想定外の事態に声を荒げる灰奈の言葉に対して、湊は静かに頷いた。
「……昨日、言ったはずよ。私たちが追ってた怪禍は、別の場所で既に決着がついたって」
「三日前に出くわした蜘蛛みたいに、他にも怪禍が現れたって可能性は?」
「あり得ないわ。この地域に、怪禍を呼び寄せるほどの力は無いもの。だから、見習いの私が派遣されたのだし、仮に現れたとしても、それこそあの時の蜘蛛みたいな雑魚くらいよ。それじゃあ、二人がまるっきり姿を消した事の説明が付かないわ」
湊は、見習いとはいえ自分よりも怪禍の知識が豊富な灰奈の考察を信じるのが正しいと分かっている。しかし、拭えない疑念は残ったままであった。
「……分かった。でも、この札に反応があったって事は、いずれにしても怪禍が現れたのは間違いないんだ。だから、一応他の場所も確認しておこう。それではっきりする筈だから」
そして、二人は仕掛けを施した場所を手分けして調べに行く事にした。確認が終わったら、湊の働く喫茶店に集合するように決めると、すぐにそれぞれの担当場所に向けて走り出していった。
「それで、そっちはどうだった?」
「駄目ね……何の発見も無かったわ」
しばらくして、喫茶店に集まった二人はお互いに調査結果の報告を行っていた。
「そうか……こっちも、結局あの札以外は、まったく反応が無かった」
しかし、成果は何も無く、湊は落胆して肩を落とす。このままでは、怪禍の仕業であるのか、それとも別の何かなのか、という判別さえ出来ない状況であった。そんな中で、灰奈は怪禍と戦う事を想定してか、私服から制服に着替え、刀を入れた竹刀袋も持って来ていた。何故なのかを湊が問うと、
「万が一に備えて、一応よ。それに、こっちの方が動きやすいから」
「じゃあ、やっぱり二人が居なくなったのには、怪禍が絡んでると?」
「いえ。それは無い……と、思う」
先程とは異なり、灰奈は強く否定をせず、どこか自信が無さげな調子で答えた。その様子を疑問に思った湊は、続けて質問を投げかける。
「何か、気になってる事でもあるのか?」
「……あの二人は、普通の人達だから、怪禍が原因のはずが無いって思ってる。でも、もし本当に最悪の形で、怪禍が絡んでいるとしたら、それは私の責任よ……」
「何で、そうなるんだよ! 怪禍は災害みたいなものなんだろ? じゃあ、責任なんて無いはずだ」
不安を溜め込み過ぎてしまったのか、思い詰めた表情で弱音を吐く灰奈に、湊は思わず強い口調で反論をしてしまった。
「違うの……アンタは知らないだろうけど、怪禍にはある程度の格みたいなものがあるの。その中でも、自然現象的なモノとは違う、自我を持つ怪禍っていうのは特別で、とても危険な存在とされてる。それこそ、人の姿をして、言葉を話したりもするらしいの」
「自我を持つ……それが、どう関係してるって言うんだ?」
「昨日、怪禍が能動的に人を襲う事は稀だって言ったわよね。私が聞いた事のあるケースは、全部その自我を持つほどの、力を持った怪禍なの。ただ、それでも襲われたのは、全員御霊使だった……つまり、怪禍が人を襲う原因として考えられるのは、その存在を認識していて、逆に怪禍自体もそれに気付いている、ってこと。だから、怪禍を知らない普通の人が襲われるはずが無い。でも、私が——」
「分かった……それ以上は、言わなくていい」
説明の途中から、再び責任を背負い込もうとしてしまう灰奈の言葉を遮るように、湊が止めに入った。確かに、彼女の言う通りであるならば、二人がその条件に当てはまってしまったかもしれない。
「でも、そんなに大きな怪禍なら、もっと証拠が残るはず。だから、そうと決まったわけじゃないさ」
「……それでも、この地域の警護を命じられた私には、怪禍が相手なら相応の責任があるわ」
しかし、何も分からない現状では、考え得る限り最悪の状況を想定しても仕方がないであろう。そう思った湊は、励ますように言葉を掛けた。だが灰奈は、その生真面目な性格のせいか、未だに悩んだままであった。
(このままじゃ、まずいな。オレが、何とかするしかないのか……?)
不穏な空気が流れる状況に、湊は打開策が無いかを考えていたところで、ある疑問が浮かび上がった。
「灰奈。そういえば、この地域には怪禍を呼び寄せるほどの力が無いって言ってたけど、あれはどういう意味なんだ?」
「怪禍が出やすい地域っていうのは、ある程度決まった場所が関係してるの。それが、神地。つまり、大規模な祭壇のある祠や神社だったり、人々が特に思いや願いを捧げる場所であるってこと。でも、この辺りにはそんな場所も信仰の習慣も無いって聞いてる。だから、怪禍の発生が少ないのよ」
灰奈の説明を聞き、実際に一年間何も起きてなかったという事実を知る湊は納得してしまう。そして、余計に今起きている状況を解決する糸口を失い、八方塞がりのまま時間だけが過ぎていった。
「とりあえず、こんな物があったから、状況を整理してみよう」
解決策の見えないまま、外からはカラスの鳴き声が聞こえ、ついには辺りが暗くなり始めた頃。湊は、店の倉庫にあった少し古い町の地図を持ってきて、机の上に広げる。そして、札を配置した場所と聡子達が通ったであろう道に印をつけた。
「そうなると、やっぱりこの場所だけが頼りになるわね」
そう言って灰奈は、唯一怪禍が現れたかもしれない場所である、破れた札のあった路地を指差した。
「ここに怪禍が出現したとして、その後に何処へ消えたのか。問題はそこなんだ」
「えぇ。それじゃあ、湊の札は確実に怪禍に反応すると仮定して、異常が無かった場所を排除すると……一応、郊外まで逃走出来るルートが、二つほど存在するわね」
「あるいは、未だにこの町のどこかに潜んでいる可能性も?」
「そうね、無いとは言い切れないわ。ただ、そうなると札の探知を察して、尚且つそれを避けて移動した。そんなの、怪禍に知能でも無い限りは難しいはず。それに、知能があるのなら、どうしてこの町に留まり続けるのかも分からないわ」
残されたわずかな手掛かりと灰奈の知識を基に、不可能を排除していき、少しずつ状況の整理をしていくものの、決定的な確信を得るには至らなかった。
「……ん? 何だ、これ?」
地図をまとめている途中、湊はある場所に目を付ける。そこは、学校の裏手にある山であったが、気になるのは、そこに小さくバツ印が刻まれている事であった。
「わざわざこんな印を付けるなんて。ここには、何かあるの?」
「いや、何も無い。普通の山のはずだ。それに、あまり人も立ち入らないから、大した物は——」
何も無い。と言おうとした所で、湊は不意に昼頃に聞いた話を思い出す。
「いや、違う! そうか……だからなんだ!」
「ちょっと、いきなりどうしたのよ!」
「可能性が見つかった! その確認をするから、灰奈は路地からその山まで探知を避けて行けるルートがあるか調べてくれ」
そして、何かに納得をした湊はおもむろに何処かに電話を掛け始めたが、灰奈は何が起きているのか分からず、言われるがまま地図を調べる。
「……はい、遅くにすみません。えっと、一年の松田湊です。あの、お聞きしたい事があるのですが——」
「それで、ちゃんと説明をしてもらっていいかしら?」
湊が電話を終えるとすぐに、灰奈は一連の行動の意味を問い詰めた。
「あぁ。学校の先生に聞いた話だけど、まず、あの山には昔小さな祠があったらしい。でも、維持が出来なくなって取り壊されてからは、地図にすら乗らないようになったみたいなんだ。それで今は、人の手が加わらない場所として、色んな野生の動物が暮らしてる。でも、最近そこにいたはずのカラスが、何故か町中で多く見られるようになった……ってことは、山に居られなくなった理由があるに違いない」
「その理由が、怪禍にあると?」
「……まだ、分からない事もあるし、そもそも二人がそこに居るのかどうかも、確信は出来ないけど、怪禍にまつわる何かは絶対にある! 後は、山までのルートが本当にあれば」
「なるほどね。なら、私もその可能性を信じる……一つだけ、その山に行けるルートが見つかったわ」
ようやく状況を飲み込めた灰奈の見つけた情報によって、湊の推測を埋める最後のピースが揃った。これで、ようやく動く事が出来ると思った湊は更衣室に行き、いつも使っている札を収納したホルダーを用意し、中身を念入りに確認して戦闘用の物を中心に入れ替えると、店内に戻ってきた。
「よし、それじゃあ行ってくるから。灰奈は、ここで待っててくれるか?」
「何を言ってるの!? 私も行くわ!」
湊の提案に、この状況でたった一人が、それも素人の彼がそんな無謀な事を言うのが信じられないと思った灰奈は、驚きを隠せなかった。
「……いや、リスクは分散させた方がいい。オレの役目は、怪禍を倒す事じゃない。あくまで、偵察のつもりだから。灰奈は、まず龍二さんに連絡をして、もし来てくれたら、この場所まで案内してほしいんだ」
「それじゃあ、もし二人がそこに居たらどうするつもりよ? 来るかも分からない増援を待ってる間、そんな危険な場所に置いておくっていうの?」
「その時は……意地でも二人だけは助けてみせる! どんな怪禍が居るのか分からないけど、二人を逃がす事だけなら、オレにも出来るはず。だから、灰奈は自分の任務を、怪禍を倒す事だけに集中してくれればいいよ」
湊は、自分なりに果たすべき役割を十分に考えた提案をしたつもりであった。だからこそ、灰奈には、この町に来た目的を確実に遂行してもらう為に、たとえ未知の危険な存在に対して、自身が何も出来なくても、せめて情報だけでも伝えられればと。そんな捨て駒になる事も厭わない覚悟があった。
「……それでも、私は行くわ。アンタ一人を、危険な目に遭わせはしない」
「それも、任務の一つで自分には責任があるから。って、ことか?」
「違う! 聡子ちゃんと浩介くん……それに、湊。あなた達が、私を友達と呼んでくれるなら、こんな所でじっとしてなんか居られないの!」
灰奈はそう言い、自らの持つ刀を強く握り締め、真っ直ぐな眼差しを向けた。真面目だが、不愛想で不器用な少女。だから、今も責任感に突き動かされているだけだ。そのような印象を持っていた湊は、彼女にも相応の理由と覚悟があるという事を始めて知った。だとするならば、その覚悟への答えは決まっている。
「分かった……よし! 行こう、灰奈!」
そして、二人は早々に喫茶店を飛び出し、目的地となる学校の裏にある山へと向かった。そこに、どんな強大な試練が待ち受けていようとも、覚悟を決めた者たちは決して止まる事は無いだろう。
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