序章3
町の中心から少し離れた場所にある、こじんまりとした木造の建物。その外観を一目見ただけで、何の建物か分かる人は少ないだろう。そんな人のため、入り口の近くには申し訳程度の看板が出ている。
『D&T Caffe』
それがこの場所の名前である。西向きの入り口には、窓枠に小洒落たステンドグラスがはめ込まれており、それがまた古臭さを醸し出している。人が寄り付かないのもうなずける。喫茶店と呼ぶには少し小さいようにも思えるが、自分にはこれくらいがちょうどいいと、変わり者の経営者、つまり湊の伯父が決めたのだった。
「いらっしゃいませ! なんてな」
ちょっとしたドッキリのつもりで、裏口から入った湊がエプロン姿で入り口を開けながら二人を丁重に迎え入れる。
パシャッ。瞬間、シャッター音が鳴る。
「へ?」
「いやー。やっぱりエプロン姿似合うねー、湊くん」
携帯電話をこちらに向けながら聡子が、にやつきながら撮った写真を眺める。
一方、浩介に関しては……。
パパッパパパシャッ。
「連射で撮るんじゃねぇ!」
二人の携帯を取り上げ、写真を削除してから返す。湊は、残念そうな顔をする二人は無視して開店の準備を始めた。
店内はやはりお客が来る様子もなく、閑散としている。一応、テーブル席もあるのだが、どうせ人が来ないであろうし、少しでも店内を広くする為に撤去してしまった。なので、今はカウンター席のみであり、更に人気のなさを生み出していた。
「二人とも、コーヒーでいい?」
コーヒーを淹れるための器具を用意しながら、カウンター席に座る二人に注文を取る。伯父のこだわりもあり、このお店ではネルドリップで淹れるのが決まりになっている。初めのうちは、慣れない器具に苦戦していたが、今では一人でも淹れることが出来るようになるまでに成長した。
「マスター、最高においしいヤツを頼むよ。おっと、そこのお嬢さんにもね……」
浩介が指を鳴らしてキザったらしく注文をする。そんな浩介の為に湊は、自分用にと買っておいたインスタントコーヒーを淹れてやることにした。
「言われなくても最高のモノを用意してやる。それで、その渋めの声は何なんだよ」
「ふっ。いい男の詮索はするもんじゃないぜ、坊主」
肘をつき、両手で口元を隠しながら決め台詞を言う。
(さては浩介、ハードボイルド系の映画にでも感化されたな……)
コーヒーを淹れ終わるまで、浩介の茶番劇は続いた。
「はい。お待ちどうさま。聡子はミルクと砂糖使うよね?」
「ありがとう、湊くん」
「やはり、マスターの淹れる黒は格別だな……」
一口飲んだ浩介が感想を述べる。憐れなり浩介、お前のコーヒーはインスタントだ。
「うん! 湊くんの淹れてくれたコーヒー美味しいよ。前よりもね」
浩介の茶番に飽きた聡子は、無視しながら話を進めていた。
さて、どんな会話をしようかと一息ついたその時であった。
カランカラン。
いつもなら鳴るはずのない、入り口に取り付けられたドアベルの音が店内に響き渡った。
「お邪魔するわ」
不愛想な声とともに、湊達と同じくらいの年齢の、しかしこの辺りの地域では見た事の無い制服を着た少女が入店してきた。おまけに、手には竹刀袋まで携えている。
「い、いらっしゃいませ……」
思わぬ来客に、湊は動揺しながら対応をする。横では浩介達も固まっていた。
「……あなたが店員さん?」
少しだけしかめた表情と不愛想な態度は変えずに、その少女は尋ねた。
「松田という人は居るかしら?」
こちらの反応を待たず、畳みかけるように質問をしてくる。
「わ、わたくしめが松田でございますが……」
湊は少女の雰囲気に気圧されてしまい、慌てふためきながら答える。隣にいる二人が吹き出しそうになるのを堪えているのが横目で見えた。頼むから空気を読んでくれという願いは届かないようだ。
「……そう」
少女が湊の顔から体全体までを、ツリ気味の目、淡い紺色をした瞳でじっと見つめる。
(あれ? この子ちょっと可愛いな)
不埒にもそんなことを考えてしまう辺り、湊も男の子ということなのだろう。
「話と違うわ……まさか、あなたみたいな貧弱そうな人じゃないもの」
(前言撤回。コイツ可愛くない)
「ここに来れば会えると聞いていたのに……もしかして……」
湊が呆気に取られていると、少女は踵を返して独り言を呟きながら、早々にお店の外へと出て行ってしまった。
「ひひひっ。そこの貧弱な店員さん。コーヒーのお代わりを貰っていい?」
浩介が馬鹿にした調子で煽りを加える。
「泥水でもすすってろ、アホ」
「湊くん、顔がマジだよ……」
思わずムキになってしまった湊だったが、聡子の心配を余所に、浩介の方は気に留める様子もなかく、いつもの冗談として聞き流していた。
「それにしても、何だったんだろうな。さっきの女の子」
湊は、さぁね。と、浩介に返す。思い当たる節が無いわけではないが、二人を巻き込むわけにもいかないので知らないふりを通した。
「でも、可愛い子だったよね。黒髪でストレートのミディアムヘア。湊くん、意外とああいう子好きなんじゃない?」
「確かに、可愛いかったのかもしれないけど、それ以上に愛想は大事だと思う。それに、オレのタイプはもっと清楚でロングヘアの優しいお姉さ……って、何を言わせるんだ」
思わず早口で否定した湊の焦った声に対して、
「あぁ……湊はそういうのが好みなのね……。いや、良いと思うよ。お姉さま系に甘えたいってのも。ただ、湊の妹ちゃんはどう思うかな……」
それを真に受けた浩介が、憐れむように呟いた。
「おい、浩介! 引かないでくれ!」
結局いつもの調子に戻り、その後も他愛のない会話は外が暗くなるまで続いた。
「それじゃあ、二人とも気を付けて帰れよ」
「うん。湊くんも、片付け手伝えなくてごめんね」
「いや、大丈夫だよ。これも仕事だから」
そして二人を帰らせた後、お店の掃除と器具の手入れやらを早めに済ませてしまった。まだ閉店時間ではなかったが、問題ないだろう。
「よいしょ、っと」
一段落したところで、カウンターの内側に座り、あの古ぼけたラジオのスイッチを入れる。昼間と同様に『怪禍』という言葉を待ちながら、カウンターに伏せながら耳を澄ます。退屈な時間を紛らわすにはこれが一番だった。
「——それでは『怪禍』の根本的な原因は分かっていないということでしょうか?」
「そうですね。原因自体は……ませんが、近頃は…………的に『怪禍』を引き起こすという……行為のような……が多発し…………事件の容疑者……の関与も……」
「なるほど。だからこそ…………『御霊使』である……さんのような……」
ラジオの調子がやけに悪い。ノイズが多すぎるが、今はこのノイズが心地良く感じられた。
(もうすぐ夜だ。いよいよ、仕事を始めよう……)
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