序章4
突如として現れた異形のモノは人間に大きな絶望をもたらした
成す術を持たぬ者は終わらぬ絶望に打ちひしがれる
神が居るとするならば、必ずや救いをくださると。しかし、希望は何処に
神はここに御座す
今から四十年程前、隠岐諸島周辺。彼の地にて異形のモノが現れた。
銃弾さえも通じない異形のモノたちに対抗する手段を持たない人々は、日に日に追い詰められていく争いに辟易しながらも、ついに諦めることさえもしなかった。
そして、救世主が現れた。その者は、自らを御霊の使いと名乗り、
「神に授かりし才にて、必ずや禍を鎮めて見せましょう」と告げた。
争いが続くこと十年、御霊の使いは人々に戦う為の力である異能を授けながらその数を増やし、やがては異形のモノと拮抗しうるに至った。そして、異能を持ちその力を行使する者を、始まりの者になぞらえて『御霊使』と呼び、人々は希望を託した。ついに来るべき時、隠岐諸島での決戦。異能を持つ者の中にはまだ十歳に満たない子供もいた。降りしきる雨の中、地獄絵図と呼ぶにふさわしいその光景は、表立って語り継がれる事は無かった。否、語り継ぐべきではないのだろう。
斯くして、異形のモノは討たれた。隠岐戦線での多大なる戦果を讃えられた三人の御霊使は『御三家』としてその後本土にて、大きな権力を持つことになる。
それから、三十年もの間。異能が消え去ることは無く、御霊使同士だけでなく異能とは無関係な者同士の夫婦の子どもにさえも、稀に異能を持った子供が産まれる世になった。なおも増える御霊使を啓示とした人々は、再び異形のモノが出現する禍、すなわち『怪禍』に備えて、武器商会から御霊使を育成する学校に至るまで、あらゆる組織が作られ、『御霊使』となった者は戦い続ける。
その一方で、力を持ってしまうことの宿命か、人が人を支配する世界を望むテロリストのような者の存在も少なくはない……。
混沌とした時代の中、怪禍は訪れる。怪禍は突如として日常を非日常に変えてしまう。そう例えば、喫茶店でのんびりとしている時、後ろから異形のモノに襲われてしまうように、すぐそこに迫っている――。
「……嫌な夢を見たな。というか、店番中に居眠りはまずいよな。まぁ、誰も来やしないしちょっとくらいね」
ラジオを付けたまま寝てしまった湊が飛び起きると、辺りは暗くなっており、時刻は日を跨ごうとしているところであった。
「もうこんな時間か、そろそろ準備しなきゃな。確か、更衣室に……」
更衣室の一番奥にあるロッカーを開け、まじないを込めて書いた札を入れた、ベルト型シザーケースのようなホルダーを取り出し、腰に装着する。その用意の途中、忘れ物を思い出し店内の方に戻ると、
「よう! 湊、店番ご苦労さん」
そこには、軽くうねった髪の男が笑顔でカウンターの席に座っていた。
「伯父さ!? こっちに来るなんて珍しいですね」
「おいおい、そんな余所余所しく呼ばないでよ。おじさん、傷ついちゃうから」
飄々とした態度のこの人物こそ、湊が世話になっている伯父——
「そうですね……龍二さん。ところで、仕事の方は大丈夫なんですか?」
龍二の仕事とは、現代で異能を用いる存在——御霊使であった。湊が御霊使というものに興味を持っているのも、彼の影響が大きい。そんな龍二は、御霊使界隈では有名人であり、多忙な人物でもあった。普段は各地を転々としているはずの人が、ここに居ることに湊は驚きを隠せなかった。
「ちょっち、気になることがあってね……あと、お前さんの顔も見ておきたくてね」
そう言いながら、湊の頭を撫でまわす。まだまだ、子ども扱いなのだろう。湊も、一応の抵抗はしてみるが、無駄なことは分かりきっている。昔からこうだった。
「それで、今日も行くのか? いくら昔の経験があるからって、もうこっちの世界には深入りしない方がいい。それに、お前さんはアイツの……」
「龍二さん!」
何かを言いかけた龍二の言葉を遮るように湊が叫ぶ。
「あの人は……関係ありません。ただ、何か、こう、オレ……」
「あぁ、分かってる。だから、そんな顔するなって」
言葉にできないもどかしさに苛立ちを隠せず、悲しい顔をする湊を龍二が優しくたしなめる。
「夜も長くなりそうだ、コーヒーでも淹れてやるよ」
湊が落ち着けるよう、気を利かせてくれたのだろう。龍二はそう言ってカウンターの中に入ると、手入れの行き届いた抽出器具を取り出し感心した様子でコーヒーを淹れ始める。
「この店、お前さんに任せて良かったよ。手入れも完璧だ」
「あ、ありがとうございます……」
やっぱり龍二さんは手際が良いな。と、その仕事ぶりを見ていたところで、急に褒められ、つい素直に答えてしまう。
「ただ、居眠りは良くないと思うねぇ。給料、差っ引いとくからな」
口元を指差され、不意打ちを食らわされる。
(この人には敵わないな……)
すべてを見透かされているようで恐ろしい。しかし、同時に見守ってくれているという安心感もあり、湊は大きな信頼を置き、気が付けば龍二という存在に憧れてしまっていた。だからこそ、今は本当の苗字ではなく——松田湊として名を借りているのも少し誇らしく感じていた。そして、涎の跡を拭き、龍二の淹れてくれたコーヒーを飲む。
「そういえば。夕方くらい、龍二さんに来客がありましたよ」
「来客? そんな予定あったかな……」
先刻の少女の事を思い出して龍二に伝えるも、どうやら身に覚えのないことらしい。
「でも、松田という人を探しているって。それに、こんな喫茶店に来るなんて絶対に龍二さんの事じゃないですかね」
「確かになぁ、こんなしけた店に来るくらいだもんな」
こんなの部分を強調し、にやけ面で自虐気味に言い放った龍二が、良からぬことを考えていそうだったので、湊はコーヒーを早々に飲み干して、外に出る用意を整えることにした。
「オレ、そろそろ行きますね」
「おう。気ぃ付けて行けよ。あと、あんまり遅くなるなよ。妹ちゃんも心配するだろうからな」
「はい、いってきます!」
そして、湊は店を後にした。
「……お前とは関係ない、だってよ。そうは見えないけどな」
店内に残った龍二は、湊の置いていった古ぼけたラジオを軽く指で弾き、語り掛ける。
「俺は、湊の父親じゃねぇからさ。アイツの求める答えにはなれねぇよ。少なくとも今は……」
そう呟くと、カウンターの下の隠し戸を開けて、酒瓶を取り出す。
「『オールド・クロウ』お前とよく飲んだっけな」
グラスを二つ用意し、琥珀色の液体を注ぐと、一つをラジオの側に置いて小気味よく甲高い音を鳴らして一人で乾杯をする。
「任せろ、絶対に守ってやる。また失うのは、怖いだろうからな」
勢いよく酒を煽り、変わらないその味に思いを馳せながらラジオの音に耳を傾けるのであった。
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