序章2

 午後の授業には参加したものの、睡魔に圧倒され、内容など頭にまるで入ってこなかった。それは浩介も同じようで、授業中に頭を大きく揺らして先生に叱られていたのが最後の記憶である。気が付けば、あっという間に放課後を迎えていた。


「湊、今日バイトだったっけ?」

 帰り道のさなか、浩介が尋ねてきた。正確には、アルバイトというわけではない。訳あって両親と別居をして、妹と二人暮らしをしている湊は、近所に住んでいる伯父の助けで学校に通っている。その為、趣味で経営しているという喫茶店を手伝う事にしていた。遠慮はしたのだが、一応給料も貰っている。まさに、至れり尽くせりで、伯父には頭が上がらない。


「そうだよ。まぁ、特にお客さんが来ることもないだろうけどね」

「仕方ないなぁ……じゃあ、私たちがお客さんになってあげるね!」

 何が仕方ないのか分からなかったが、したり顔の聡子に対して文句を言う気にはなれなかった。それに、聡子達が来るのなら暇はせずに済みそうだと、湊は内心思っていた。


「来てもいいけど、ちゃんとお金は払えよ?」

「マスター、ツケ払いで頼むよ」

 浩介がイイ声で要求してくる。

「渋めの声で言ってもダメだ。そもそも、あの店のマスターは伯父さんだからな」

「ちぇっ、湊のけちんぼ……」

 こうは言うものの、何だかんだとちゃんと代金を支払うのは浩介の良いところである。


「あっ! 二人ともあれ見てよ!」

 聡子が突然、何かを指さして声を上げる。その方向には、秋の色彩を見せ始めるイロハモミジの木があった。風に揺れる葉と枝たち。その隙間から差し込んだ光の明滅に、思わず目が眩んでしまいそうになった。

「もう秋だよ! この前みたく、今度の休みの日にピクニック行こうよ!」

「あぁ、そんなこともあったな! 確か……湊と会ってすぐの時だっけ?」

「そうそう。あの時の湊くんってば、全然笑わない怖い人かと思ってたよ」

 茶化すように聡子が言う。浩介もそれに同調して、当時の話が繰り広げられた。

 思い返してみると、わずか半年前は浩介と聡子の二人も、今のように仲が良かったわけではないのが不思議である。よくあることではあるが、幼馴染だという二人は、中学生になった頃から会話らしい会話はしていなかったらしい。


「む、昔の話はいいだろ! こっちの方に引っ越してきたばっかりで忙しかったんだから」

 自分を余所に盛り上がる二人の話に恥ずかしくなってきたので、二人の会話に割り込んで止めに入る。このように、湊という共通のおもちゃが今の高いシンクロ率を生み出しているようだ。

「もうー。恥ずかしがりやなんだから、湊っちは」

 やれやれ。と、いった様子で浩介が返してくる。

「まぁいいや。――それで、湊の方は予定大丈夫そうかい?」

「多分、大丈夫。一応、伯父さんに聞いてみるよ」

「やった! じゃあ、紅葉狩り兼芋煮会パーティー、絶対やろうね!」

 明らかに後者が目的の提案に思えたが、聡子は余程楽しみなのか、はしゃいで走り出してしまった。おまけに、浩介も湊を置いて走り出してしまった。


「ほんとに、元気だなアイツら……」

 前を走る二人を尻目に、湊は先程のモミジの木に目をやる。

(まさか、この二人とこんなに仲良くなるとは思ってもなかったな)

 ふと、そんなことを考えながら感傷に浸ってしまう。

 

 性格も、考え方も――生きてきた世界も違うのに。


 元々、友達の少ない湊が二人と仲良くなれたことはほぼ奇跡だろう。普段は軽口を叩いてはいるが、感謝はしていた。

(……まぁ、直接は言ってやらないけど)

 一人でほくそ笑んでいると、ようやく湊が付いてきていないことに気が付いた二人が、振り返りながら湊に何かを叫んでいた。

「————だからね!」

「え? ごめん! 聞こえなかった!」

 聡子の言葉を聞き逃した湊が聞き返す。

「約束! だからね!」

 今度こそ、聡子がはにかみながらそう言ったのが聞き取れた。


 約束……あぁ、約束だ……。


「みーなーとー! お前が来ないとお店が開かないんだけど!」

 湊から反応が返ってこないことに心配したのか、浩介が叫ぶ。

「悪い! すぐ行く!」

 湊は先に行った二人に手で合図をしながら、側の木々を一瞥してから走りだした。

 そして、湊のバイト先である喫茶店に着いたのはそのすぐ後の事であった。

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