序章1

 都会の喧騒から外れたその田舎町の中心には、古びた外観が特徴の高校がある。在校生徒の人数は小数であるものの、その建物自体は大きく、屋上は町が一望できる隠れた絶景のスポットなのである。もっとも、普段は安全面の考慮から立ち入りを禁じられており、その存在を気に留めない者がほとんどであった。


 そんな寂れた場所に、本来ならあるはずのない人影が一つ。静寂な空気の一部に溶け込むように佇んでいた。どうやら、制服を着ていることから、この学校の生徒なのだろう。その少年——みなとは一息つくと、そのまま地面に横になってうとうとしだした。他の生徒が教室で授業を受けている最中に、である。つまるところ、湊という少年は誰も来ないのをいいことに、サボりの真っ最中なのであった。


 穏やかな陽射しが差し込む正午前。少し涼しさを帯びた風が土と葉の香りを運び、季節を感じさせる陽気になった。こういう日こそ、秋晴れと呼ぶにふさわしいのだろう。退屈になる授業をサボって昼寝をするにはちょうど良い。

 湊は昼寝のお供にと、現代っ子にはおよそ似つかわしくない年期の入ったラジオを取り出し、スイッチを入れる。こうして、たまに授業をサボりながらラジオを聴くことが数少ない楽しみなのであった。


 ——次のニュースです。

 ラジオからノイズ混じりの音声が流れる。天気予報などの興味がない情報は聞き流し、目的のニュースが出てくるのを待っていた。


 ——昨日午後六時頃、神良岐県縦岸市の安西駅付近で発生した『怪禍かいか』について……

怪禍かいか』という単語が聴こえた瞬間に、ラジオの音量を上げて続報に耳を傾ける。普通の人ならば取り立てて気にすることの無いものだが、湊にとっては待ちわびた情報なのであった。


 ——その場に居合わせた『御霊使ごりょうし』によって清め祓いが行われました。なお、この事故によるけが人はいなかったとのことです。

 ——警視庁の怪禍対策委員会ではこの事に対し、何者かによるテロ行為の疑いもあるとして、慎重に調べを進めています。

 もっと詳しい情報が欲しいところではあったが仕方がないと諦め、湊はラジオのスイッチを切った。


(都会の方は騒がしそうだな。それに比べてこっちは……)

 ぼんやりと空を眺めて手を伸ばす。何てことはない、雲一つない青空が広がっているだけであった。

(御覧の通り。平和そのものですよ、と)

 再び寝入ろうと目を閉じた瞬間、けたたましい足音が階段を駆け上がってきた。

(……いや、こっちはこっちで忙しい奴が居たっけな)


 昼休みを告げるチャイムの音と同時に、屋上の扉が開かれる。

「み・な・と・せーんぱい? お昼ご飯の時間ですよ♡」

 誰が来るのか。という予想は的中していたが、想像だにしていなかった甘ったるい声に思わず吹き出してしまう。

「それは不意打ちだろ、浩介!」

 湊はむせるほど笑って乱れた呼吸を整えながら、辛うじて言葉を返した。


 声の主は湊にとって唯一とも言える友人——畑中浩介はたなかこうすけであった。もちろん、男である。こうしてサボっていても、それを特に咎めず平然と絡みに来る。その適度な距離感が心地良く、学校生活のほとんどを共に過ごしていた。


「ひょっとして、ドギマギしちゃったかい?」

 浩介はそう言って、体をくねらせながら近寄ってくる。ご丁寧に表情まで妖艶な雰囲気を醸し出そうと、薄目で舌を出しながらそんな台詞を口にするものだから、余計に質が悪い。

「お前、今相当気持ち悪いぞ……」

 その迫真の演技に気圧され、つい本音が出てしまった。

「もぅ。湊はんは、いけずなお人やわぁ」

 それでもなお続けるあたり、メンタルが強いのか、はたまた只の馬鹿なのか。間違いなく後者であるのだが、その根性は評価すべきところである。


「そういえば、聡子はまだ来ないのか?」

 無理矢理にでも話題を変えなければ終わりそうになかったので、湊は浩介に尋ねた。

「アイツならもうすぐ来るんじゃないかな」

 切り替えが早い。恐らく、浩介自身もボケに収集が付かなくなっていたのだろう。そして、浩介がそう言い終えるや否や、けたたましい足音が階段を駆け上がってきた。


 あれ? デジャヴか?


 再び勢いよく屋上の扉が開かれる。

「マジカル美少女聡子ちゃん! 参上!」

 テッテレー! と、ご丁寧に自分でSEを添えながら、忙しい奴その二が現れた。自称美少女——安西聡子あんざいさとこである。元々は浩介の知り合いだったのだが、浩介と一緒に絡んできてしまい、湊は気が付けば三人でつるむようになっていた。もちろん、聡子も例に漏れずアホである。


「お前らは、もう少し落ち着いて来られないのか⁉」

「「え? なんで?」」

「綺麗にハモるな!」

 ボケ役が増えてしまい、思わず熱くなってしまう。疲れないと言えば嘘になるが、こんな風にふざけ合える友達は貴重でありがたいと、湊は心の中だけで思っていた。


「まぁまぁ。湊くんのそういう反応。私、嫌いじゃないぜ」

 ウインクをしながら聡子がそう言うと、

「俺も。むしろ好きだゾ♡」

 浩介も後からかぶせてくる。しかも、ご丁寧にウインクまで再現してである。

(息ぴったりだな、この夫婦漫才コンビは……)

 なんとなく腹が立ったので、湊は浩介をシバいた。

「ナボナッ‼」


 おかしな奇声を上げる浩介を余所に、聡子がお弁当の準備をしながら話を切り出す。

「それにしても、高校生になって半年経って、もう落ち着いちゃったよね。私たち」

「え、あぁ。そうだね」

 先程とは一転して、湊は少し適当に相槌を打ってしまう。

「卒業するまでこのままでいるんかな? 湊くんが居て、浩介の馬鹿が居るこの屋上でさ」

 未だに悶えている浩介を見て、聡子が笑いながらそんなことを呟いた。


(このままで、……か)

 楽しくないわけではない。高校の入学と同時にこの町に引っ越してきて二人と出会い、普通の生活を送るようになった。だから、この何気ない日常が続いてほしいとも思う。

(いっその事、すべてを捨ててしまえば楽になれるんだろうか……?)

 もはや、湊自身も何を捨てようとしているのかさえ分からなくなりそうなのに、ラジオを付けては、忘れてはならない。と、自分に言い聞かせて続けていた。


「湊くん、早くお弁当食べないと午後の授業に遅れちゃうよ?」

 自問自答のループに陥りそうであった湊は、聡子の言葉で現実へと引き戻された。

「そうだぞ。しっかり食べないと午後の授業に集中できないぜ」

 おまけに、あの浩介にも窘められてしまった。しかし、そう言いながら浩介が食べているのは彼の弁当ではなかった。


「他人の弁当、勝手に食べてんじゃねぇよ!」

 上の空だった湊を見て、浩介なりに気を遣ってくれたのかもしれないが、未だにメインのおかずを見つめている辺り、きっと気のせいだろう。


 浩介とのお弁当攻防戦を繰り広げていたところで、昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り響く。

(せっかくだ、午後の授業には出ることにしよう)

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