今日より始めて

堵碕 真琴

偽終詞

「ハァ、ハァ……」

 焼けつくような空気が、呼吸をする度に体の中を燃やし、やがて呼吸は乱れ始め、苦しさが自分の足取りを重くする。


――ここまで来たんだ……立ち止まっては、居られない。


 焦らずに一呼吸を置き、胸を押さえて息を落ち着かせながらゆっくりと顔を上げて周りを見渡すと、辺り一面に広がる花々が淡い光を放っていた。その名もない花に導かれるまま、先へと歩みを進める。

 少しすると、まるでそこだけ時間が止まっているかのように佇む、一人の少女の姿が見えた。鼓動が高鳴り心が昂るのを感じ、一歩一歩が早くなる。昔日の幻影を追いかけ続け、ひたすら歩いてきたこの長い旅路の果てが近づいていた。



「……久しぶり、だね。椿」

「……うん。ずっと待ってたよ、そうちゃん」


 ゆっくりとこちらを振り返り、微笑みながら彼女はそう言った。その笑顔も、幼い頃からの呼び名も昔のまま変わっていないのに、その裏に隠された悲しみに伝えたい言葉を奪われてしまう。


「ちょっとだけ、お話がしたいな。もう少し時間はあるみたいだから……」


 何か言いたげな表情を察してくれたのか、彼女はそう切り出して腰を下ろした。その横に寄り添う形で座り込むと、記憶よりも小さく感じる姿に、あの頃とは変わってしまったという現実を思い知らされる。それを、相手も同じように感じているだろう。それなのに、こんな状況でも姉として、弟である自分の身を案じてくれていた。



「オレ……これから先で、やりたい事があるんだ。それに色んな人のおかげで、成りたい自分も見つかったから、心配しなくていい……もう、一人じゃないから」

 憂いを失くして、少しでも安心してくれればいいと思っていた。けれども、その気持ちが先行しすぎて、口から溢れた言葉は、余計に心配をさせてしまいそうであった。


「ふふっ。昔のそうちゃんは、いつも気が付いたら私たちの後ろにいたよね」

 からかうように笑った彼女は、ふぅ。と一息つき、一瞬だけ寂しそうな表情を見せたが、すぐに元の笑顔へと戻し、その眼差しをまっすぐこちらに向ける。

「聞かせてくれる? そうちゃんの物語――友達のコト、将来のコト。それから、あの人たちのコトも……」


「あぁ、そうだね……これが本当に、最後になるから」

――さて、何から話そうか。


「うん。お話が終わったら、約束を――」

「私を、殺してね」

――そう、始まりはきっとこの約束からだった。



 生命の存在を拒む焼野原の中心に咲き誇り、周囲と隔絶された空間を作り出している小さな花畑。そこに寄り添って並ぶ二つの影は、少年と人の姿をした鬼。刹那に交差した二つの道が、それぞれの結末へと向かう。その為の物語が、語り始められた。

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