パリで起こる怪盗事件
第3話 芸術の都と偉人の力
二〇二一年 フランス・パリ
朝日が地平線から顔を覗かせれば芸術の都と呼ばれるパリの街並みを明るく照らし人々に一日の始まりを告げる。
そのタイミングで起床する人、日課を行う者、ジョギングをする人等様々な行動を始める。
その街並みのとあるアパートメント最上階に設置された温室の中で眠っていた少女は陽の光で目を覚ます。
「ふわぁぁ~」
欠伸をしながら身体を伸ばした少女は半覚醒状態でベッドから出るとそのまま洗面所へとゆったりとした足取りで向かう。
蛇口を捻って顔に水をかけて一気に目が覚めた少女は「ッ~~~!」と水の冷たさに驚くが、そのおかげで眠気は無くなり意識は完全に覚醒した。
「っぷは~」
顔を上げて鏡を見る。母親の面影がある少女の顔は少女自身の悲しい記憶を連想させる。
「はぁ、まだ駄目ね……」
もう五年も経っているのに未だに立ち直れていない事実に少女は憂鬱に思う。
いい加減に変えられない事実にもしもの話を願うのはただただ滑稽に過ぎない。
もうこれ以上思考しない様に少女は鏡から目を逸した。
人の温もりがあまり感じられない静かな空間で朝食を食べる少女は片手でタブレットで朝刊を読む。
タブレットの画面には大きな見出しで『大怪盗アルセーヌ・ルパンまたもや予告成功!?』との記事が大きく載っている。
数ヶ月前からパリ市内を騒がせている大怪盗アルセーヌ・ルパンと名乗る泥棒がパリ市警に予告状を送りつけ、厳重な警備を潜り抜け予告状通り盗みを成功させているのだ。
「(怪盗アルセーヌ・ルパン)」
かの有名な怪盗の名前を名乗る泥棒に少女自身、思うところがあるが今は関係ないと思考を切り捨て温くなった珈琲を一気に飲み干した。
そして壁掛け時計の時刻を見てそろそろ大学に行かなきゃと思いタブレットをテーブルの上に置き椅子から立ち上がる。
リュックサックを肩にかけスマホと音楽プレーヤーをポケットに入れて伊達メガネをかける。
「行ってきま~す」
―――少女の声に誰も返さない。もうあの頃の日常は戻らないと分かり切っていても、その記憶と名残だけは消したくないのだ。
パリの町並みを愛用のスクーターで走行していると、付き合いの長い近所の人の姿を見かける。
「おはようございます」
「おはよう、今日も朝早いわね?」
スクーターを停めて挨拶をする少女は近所の人に「もう習慣になっちゃってますから」と答える。
「もうそういうところうちの旦那も見習ってほしいくらいだわ」
ご近所の人と会話していた少女は「じゃ、そろそろ行きますね」と言い残してエンジンをかける。
「レオナちゃんこそ、もう大丈夫?」
少女―――『レオナ・ル・ブラン』は女性が質問した言葉の意味を理解して「えぇ、大丈夫ですよ」とニコリとした表情で答えた。
「そう……?付き合い長いから色々と心配で……」
「大丈夫ですよ、私だってもう大人ですから」
レオナは女性に「そろそろ時間に遅れそうなので」と再び言ってその場を後にした。
「あの様子だと、まだ癒えてないわよね……」
心配そうな面持ちで女性は走り去ったレオナの後ろ姿を見ることしか出来なかった。
大学
「おはよ~」
若人諸君が通う大学はまばらではあるが、各々の選択した講義がある教室へと向かっている。
レオナ自身も駐輪場にスクーターを停めてから校舎へと向かっていた。
その途中で「レオナおっはよ~!」と後ろから不意に抱きつかれ、体勢が少し崩れたが踏みとどまった。
「―――ちょっと?」
半分呆れた目で抱きついてきた相手を見ると「あっ、ごめんね?」とすぐさま相手は謝罪した。
「はぁ……、おはよう『レイミ』」
レイミと呼ばれた少女は「今日も変わらずぶっきらぼうな面持ちですなぁ~」と茶化した口調でレオナに言う。
「うっさいわね」
レイミの言葉にそう返したレオナに追い打ちをかけるように「あぁもう、そんなんだから彼氏とか出来ないんだよ?」と心配そうにレイミは話す。
「私にはそんな存在今はないの」
レオナとレイミは幼い時からの知り合いでよく言えば幼馴染、悪く言えば腐れ縁だ。
仲が良いのか悪いのか、彼女達の昔を知る人達は首を傾げている。
「ってかそれよりもニュース見た!?」
急な話題変更にレオナはいつもの事と思いながらレイミの好きそうな話題を口に出す。
「ニュース?―――あぁ、あのアルセーヌ・ルパンとか名乗った怪盗の?」
「そう!神出鬼没にして大胆不敵、今の警察を嘲笑う大怪盗格好いいと思わない!?」
目をキラキラさせてレオナに話すレイミ、そんなレイミに「興味ないわ」と一蹴する。
「そもそも、アルセーヌ・ルパンの子孫とか名乗っているけど、実際の所本当なのかすら怪しいじゃん」
レオナの発言にレイミは「それこそ有り得ない。あの怪盗は絶対に『偉人の力』を継いだアルセーヌ・ルパンの子孫だよ!」と反論した。
―――『偉人の力』、かつて地球の歴史に於いてその名を刻んだ者達の子孫にのみ引き継がれる能力。
フィクションとして語られている『アルセーヌ・ルパン』や近年実在していたのではないかと言われている『巌窟王 エドモン・ダンデス』、『オルレアンの乙女 ジャンヌ・ダルク』等々フランスだけではなく世界中に知られている者達の子孫が存在し、その能力を引き継いでいる……と言われている。
だが実際のところその偉人の力に関する書物は名も知らぬ一人の人物が記した手記のみで真偽も定かだ。
「でもそれはあくまでも噂に過ぎないし実際に知られている人達はあの『シャーロック・ホームズ』と『極東の武将』とかでしょ?」
あまりこの手の話題に興味がないレオナにレイミは「うっわぁ~レオナそんなんだから昔っから孤独になりがちなんだよ?」と指摘される。
「良いのよ、私は一人の方が何かと好きだし」
そう答えたレオナに「まぁ、レオナが良いなら構わないけど……私は一応これでも心配しているんだからね?」と伝える。
「分かってる、ありがとう」
話している間に目的の場所である教室に着いたレオナは「じゃあ私ここだから」と言い「そっか、じゃあまた食堂で!」とレイミは言い残して別れた。
教室の扉を開けてレオナは数人で話しているグループの間を抜けて窓際の一番端っこの席に座る。
その席がレオナがいつも座る席で誰もそこに座ることはない。
リュックサックからノート類を取り出すレオナに「おはよう、レオナさん」と名指しで挨拶された。
また来たと内心思いつつも言葉には出さずに「おはよう」と簡潔に挨拶を済ませる。
「あ、相変わらず素っ気無いね……」
苦笑する相手にレオナは「私は別に貴方に一切の興味が無ければその後ろから私を睨んでいるそいつらをどうにかしてほしいくらいだわ」と睨みつけながら口に出す。
「ドミニク!そんな奴ほっとけばいいのに!」
「僕としては彼女とも親しくなりたいと思ってるんだ」
ドミニクと呼ばれた少年は爽やかな声と万人受けな容姿、誰とでも仲が良く彼の周りには常に人がおりレオナとは対象的な位置にいる人物だ。
「はぁ、朝からほんっとうに騒がしい」
ボソリと呟いたレオナの独り言が聞こえた少女が「あんた……!!」とレオナに食ってかかろうとしたが、講義の時刻を告げるチャイムが鳴り始めた。
「覚えてなさいよっ!」
使い回された台詞を聞いてレオナは笑いを堪えた。
そして教授が教室に入室し、授業が始まる。
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