第2話 少女の誓い

 二〇一六年 フランス郊外の墓地


 鈍色の空模様から降り注ぐ雨は草木に潤いを与え、私には冷たい現実と体温を奪っていく。

 受け入れがたいその現実を再認識させるためにある目前の墓標は私と同じ雨で濡れている。

 墓標には『ルネ・ルブラン』と『トネ・ルブラン』と刻まれている。

 そう、私の両親の名前だ。

 雨に濡れている私に「風邪を引いてしまうよ、『レオナ』」と言って傘を差し出すのは母方の父親―――つまりはおじいちゃんにあたる人だ。

 「ありがとう、おじいちゃん」

 「私も辛いさレオナ……。だがね、いつまでも私達が悲しんでいるとお母さん―――ルネにどヤされてしまうよ」

 おじいちゃんの言葉に静かに頷く私。

 確かにお母さんなら「いつまでもクヨクヨしないのっ!」と私達に一喝しそうだなと思ってしまう。

 「だからこそ、私はあの子達を殺した犯人を決して許さない……!!」

 怒りを孕んだ声をお腹の底から出すおじいちゃんに私は何も言わない。

 ―――否、言えなかったの方が正しいかもしれない。

 白昼堂々人々が行き交う大通りで両親はトラックに轢かれた。

 当然目撃者も多数いて、警察の追跡を撒いたそのトラックの行方は分からず、

 警察は当てにならず、私はこの行き場を失った感情を何処にぶつければいいのかすら分からなくなっていた。

 ただ私に出来たのは自分自身にその感情を―――怒りをぶつけることだけだ。

 「レオナ、おじいちゃんはレオナの分まで頑張るよ」

 何かを決意したおじいちゃんのその表情は悲痛もあった。

 だけどそのわずか数カ月後におじいちゃんも後追い自殺を図った。

 部屋に置かれていた遺書には『こんな私を許してくれ』とだけ書かれていたらしい。

 らしいというのは私はそれを見ていない。

 当時の私の心がその事実を受け入れることも勇気も持ち合わせていなかったのも原因の一つでもあるけど、何より私を苦しめたのが……。

 『この疫病神がっ!!!』

 おばあちゃんが私に言い放った一言が私の精神を壊した。

 最愛の人を亡くしてその悲しみと怒りを何処かにぶつけなければどうにもならなかった。

 暴力を振るおうとしたおばあちゃんを周りの人が抑えて空っぽな私を誰かが手を引いてくれた記憶だけは微かに残っている。

 ―――そう、簡潔に言えば私は逃げたのだ。

 大切な家族の死の現実を、無力だったから誰も救えなかった自分自身の気持ちから……何もかも捨てて逃げて現実逃避した。

 だから私は決めた。

 もう、こんな気持になるくらいならいっそのこと人に心を許さない。

 決して本心を、本音を口にも出さない態度にも出さない。

 私と関わって誰かが死ぬ光景を、その事実を耳に目にもしたくない。

 これが、私『レオナ・ルブラン』が心から誓った事だ。

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