怪盗アルセーヌ・ルパンに関する考察

榊原 秋人

第1話 序 怪盗の定義について

 怪盗、その言葉を聞いて諸君は一体誰を想像するだろうか?

 我々の世界では『アルセーヌ・ルパン』『怪人二十面相』『怪盗探偵山猫』『神風怪盗ジャンヌ』『怪盗キッド』『ルパン三世』……、これ以上は著作権等触れるといけないの関係で省かせて頂くが、皆様が知っているであろう者達だ。

 そして昨今において彼らの子孫や名を関する者達が様々な形で登場しているのも事実。

 ステレオタイプの怪盗像はシルクハットを被り夜会服を基本とした正装にマント、モノクル姿の紳士姿であろう。

 そしてそれらは全てが『創作上の人物フィクション』であると周知の事実だ。

 ―――だが、果たしてそれは本当に言い切れるのであろうか?

 確かに我々の世界においては創作上であると言い切れる証拠がある。

 だからこそ我々は現実でない創作に心躍らせ憧れる。

 しかし、彼らが生きている世界は現実であり

 それを決定づける証拠はないが、もし神様以外の第三者による『観測者』『傍観者』が視なければそれらを実証することはない。


 さて、今から語られる物語は我々にとって確かに創作物に過ぎない。

 だが、同時に存在している可能性がある世界の記録でもあることを忘れないで欲しい。


 ???


 わたしは生前、死後の世界という存在を信じてはいなかった。かの有名な自身の協力で私は作家として彼の冒険譚を世に発表しその度に見物客からの大評判を聞き、耳にした。

 その私も彼も、己の生を全うし息を引き取った。


 ―――の、筈が私は何故か生前の……そう若いし頃の姿でわたしは見知らぬ空間にぽつんと佇んでいる。

 周りには私の背よりも長い書架が一寸の狂いもなく横に並びまっさらなキャンパスに何色なんしょくかの色を添えている。

 訳も解らぬままわたしは適当に散策するが、何処を見ても歩いても迷路のようにそびえる書架しか視界には映らず、書架に収められている本の背表紙は題名はない。

 魅惑的な雰囲気を出す本に手を伸ばそうとするが、本能が危険だと知らせる。

 一度触れてしまえば何かを失うと本能がわたしに告げてくるが、この状況を打破するためにはどうしたら良いものかと考え始める。

 すると、今まで静かだったその空間に初めて『』が、『』が聞こえたのだ。

 「此方ですよ」

 若きその声がわたしの耳に聞こえると書架が一斉に動き出す。

 私の周りを忙しなく動き回り、最終的にはわたしが行くべき目的地へと歩ませる為に道を開けたのだ。

 「(この先には、一体何があるのだ……?)」

 好奇心に突き動かされた私は一歩一歩前へと進む。


 書架によって遮られていた視界は開けた場所に出ると一気に広がった。

 そこは休憩所の様であり、同時に図書館の閲覧所でもあるようにわたしは見えた。

 「初めまして偉大なる伝記作家『モーリス・ルブラン』氏」

 先程と同じ声が聞こえ振り返えったわたしの後ろに一人の青年が立っていた。

 彼はどうやらわたしを知っている様子で「どうぞこちらに、おかけになって下さい」とソファーへと座るように促す。

 わたしは彼の厚意を受け取ることにしソファーに座る。

 「失礼だが、君は何者かね?」

 私の問い掛けに青年は「おっと、失礼。本来ならば自分から名乗るのが礼儀でしたのに失念しておりました」と謝罪を入れてから彼は名乗る。

 「自分は『アカシア』、この空間の主であり数多に広がる世界線の蒐集きしゅう記録をしている者です」

 アカシア―――、そう名乗った彼は「まさか、かの有名なルブラン氏に出会えるとは嬉しい限りです」と言ったがわたしには彼の真意が計り知れないでいた。

 「そうですか……。それで、わたしに一体何の目的があって?」

 「目的?はて、生憎ですがこの空間に『迷い込んだ』のは貴方ですよ?」

 彼の言葉に「そんな筈はない!私は確かに死んだ筈だ!」と怒鳴る様に彼に言い返す。

 私の言葉に彼は冷静な表情で「えぇ、確かにルブラン氏は亡くなりました。ですが、どうやら貴方に会いたいお人がいらっしゃった様なのでこうしてこの空間に迷われた訳ですよ」と説明した。

 「わたし、に……?」

 「えぇ、そうですとも」

 アカシアはニコリと微笑みながら答えると「ほら、早く出て来たらどうですか?」とわたしと彼しか居ないはずなのに声を大きくして誰かに向けて話す。

 首を傾げるわたしの背後から「久し振りだね、ルブラン」ともう何年も聞いていない協力者の声が聞こえた。

 「な、何故……?」

 「何故、その問い掛けはあまりにも無意味だ」

 わたしはゆっくりと、背後にいる彼の姿を見るために振り返る。

 そして彼はあまり着ていない夜会服にモノクル姿で私を見ていた。

 「あぁ、君にはそうだったな。『アルセーヌ・ルパン』」

 「君も生を全うした訳だが、君に早速頼みがあるのだ」

 普段は冷静沈着で焦りなど見せない彼が、焦っているのだ。

 あまりにも驚愕的な光景で上の空状態なわたしに「ルブラン!」の一言で我に返る。

 「す、済まない」

 「いや、私を知っている君だから驚くのは無理はない。だが、急を要するのだ」

 彼はわたしに「君の名前を貸して欲しい」と告げてきた。

 「な、名前を……?」

 「正確には、ルブラン氏の『』をですね」

 アカシアはわたしに補足しつつ「彼のお孫さんが、少々厄介な事になっていまして、その窮地を脱するために貴方の作家としての名を貸して欲しいとルパン氏は仰っておられるのです」と、説明した。

 「君にしか頼めないのだ、良いか!?」

 彼からの頼みにわたしは「構わないとも」と答えた。

 「済まない、恩にきる!」

 彼はわたしに言いアカシアの方を見る。

 「大丈夫ですよ。もう手筈は整い貴方のお孫さんは無事ですよ」

 アカシアの報告を聞いた彼は「よ、良かった……」の一言。わたしは状況が理解できずにいた。

 「ルパン氏の孫……いうなれば『アルセーヌ三世』が危険な状態だったんですよ。そのため

 その様に説明するアカシアに「だが、何故私の名前を?」の質問に「アルセーヌ・ルパンはビックネームです。彼の事をよく知っている人物でなければ不都合が生じてしまうのです」と説明する彼の言葉は、わたしには到底理解出来ない。

 「兎に角、彼の孫が無事ならそれで良かった」

 わたしの言葉に彼も静かに頷いていたが「さてと、ルパンさん」とアカシアが口を開き彼に「約束通り自分は『」を告げた。

 「ちょ、ちょっと待ち給え!いくら何でもそれは」

 「可笑おかしくありませんよ。本来ならば創造主としてあまり手を出す行為をしたくないのですが、彼から頼まれたからしたのです。ならば、その代償を支払うのは筋でしょ?」

 真剣な眼差しでわたしは言い返せなくなった。言葉に出そうとするがそれが出来ないのだ。

 身体が震え、これ以上は反論してはいけないと脳が警報を鳴らしてくる。

 「構わない。それが条件なのだから」

 「いざぎいですね。たまに悪態つく馬鹿な人がいるんで大変なんですよね~」

 やれやれと身振りをしながらアカシアは彼に近付くと彼が手にしていたステッキとモノクルを取る。

 「ルブラン氏、貴方もご存知だと思いますがアルセーヌ・ルパンにはとある能力があったのでそれを今回代償として頂きます」

 アカシアの口から出た言葉に私は「な、何故それを……!?」と声に出ていたらしく「神ですから」と不気味な笑みを浮かべながら言った。

 「アカシア、君に一つ聞いても良いか?」

 「何ですかルパンさん?」

 「何故、君はこの空間の主になったのだ?」

 彼からの質問にアカシアは「―――かった」と最初は小さな声でよく聞こえなかったが「例え自分という存在証明を投げ捨ててでも異形の姿に成り果ててでも追い求めている答えを……」と、答えた。

 「さぁ、しばらくはお好きにお過ごし下さい。意外な人達に会えるでしょうから」

 アカシアは私達にそう言い残してその場を離れた。

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