第10話 サンタクルーズ沖海戦(1)
「大規模な日本艦隊がトラックを出撃しました」
ハワイの太平洋艦隊司令部にトラック島から第三艦隊と第七艦隊が出撃した事を潜水艦からの情報が届く。
「敵艦隊は南へ向かっているそうです。サンタクーズでしょう」
スプルーアンスはニミッツへ言う。それは参謀としての助言だけでは無い事をニミッツは分かっていた。
「このチャンスを生かさねばな」
ミニッツがこう言うとスプルーアンスは「そうです」と言い促す。
「第65任務部隊を出撃させよ」
ミニッツの決断を聞くとスプルーアンスは満足そうな顔をした。
第65任務部隊は戦艦「ペンシルベニア」など4隻と軽空母「トロンタリア」からなるミッドウェー奪還作戦の準備をしている艦隊である。
スプルーアンスはようやくミッドウェーの奪還作戦が出来ると笑んだのである。
トラック島を出撃した日本軍の艦隊は南雲忠一中将の第三艦隊と第七艦隊から空母「翔鶴」・「瑞鶴」に重巡洋艦「利根」・「筑摩」と駆逐艦八隻の第二機動部隊である。
「飛龍」は機関の不調が判明し、修理の為に横須賀へ向かう途上にあった。
第二機動部隊は山口が指揮し、作戦上は南雲の指揮下にあったが独立した動きをしていた。南雲にしても急な出撃で戦闘序列を無理に固めるのも無理であろうと山口の行動を咎めなかった。(第三艦隊参謀長の草鹿龍之介は作戦上の統制が乱れると反対したが)
「前へ出よ、第三艦隊より先んじるのだ」
山口はこれまで南雲の指揮下にあり、自身が意見具申した積極策が却下された事もあり熱意がいつも以上であった。
その熱意を表すように第二機動部隊は第三艦隊よりも先に南下を続けていた。
「山口め、前へ出過ぎだ」
草鹿は第二機動部隊の位置を知ると苦い顔をする。
当初は南雲の指揮で二つの機動部隊が並んで行くと言う行動を予定していたが、今や第二機動部隊の後を第三艦隊が追う形になった。
「これでいい。山口が前衛になって敵空母を探してくれるよ」
南雲は独断専行とも言われかねない山口の動きに寛容だった。
真珠湾攻撃では第二次攻撃隊の出撃準備完了と言って再攻撃を具申、ミッドウェーでは索敵機がようやく見つけた敵空母へ即座に攻撃隊を出すべきだと具申、これら山口の意見を却下した南雲
ミッドウェーでは「赤城」・「加賀」・「蒼龍」を失う痛恨に繋がった。
南雲は山口のやりたいようにさせようと考えていた。
司令長官である南雲の寛容さに腹立たしさを感じつつも、草鹿はその意に沿う。
米軍の機動部隊はトーマス・C・キンケイド少将の第16任務部隊(空母「エンタープライズ」・「ホーネット」)とジョージ・D・マレー少将の第17任務部隊(空母「サラトガ」)の二群が行動していた。
トラックからの敵艦隊出撃を知るやヌーメアのハルゼーはキンケイドとマレーに敵艦隊を迎え撃てと命じた。
バニコロ島近海には戦艦「ノースカロライナ」を中心とした第62任務部隊が残った。
ネンドー島からの日本軍航空隊の空襲が懸念されたが、ラバウルからの増援受け入れにネンドーの飛行場は追われて索敵機を出すぐらいしか出来なかった。
第十一航空艦隊は日本軍のサンタクルーズ諸島攻略後にはネンドーに零戦二十機と一式陸攻撃十八機を派遣していたが、東部ニューギニアの戦線が激化するとラバウルやラエの戦力強化をする必要性からネンドーの戦力が減らされていたからだ。
サンタクルーズ防衛強化も命じられ、東部ニューギニアへの対応も命じられた第十一航艦は振り回されていたのであった。
「敵の方が空母が多い。こちらが劣勢であるな」
キンケイドは情報部から日本軍の空母は開戦前からあった「翔鶴」と「瑞鶴」・「飛龍」に加えて二隻が新たに加わっていると伝えられていた。
対してこちらはこの出撃で「エンタープライズ」と
この二隻は「隼鷹」と「飛鷹」の事である。
「航空隊は索敵と上空の直衛を主に行うように」
キンケイドは慎重に艦隊を進める。
「こちらは一隻で不利だが、積極的にやろう」
対してマレーは違った。「サラトガ」一隻しかない空母で攻めに出る。
かつてはパイロットでもあり、「ホーネット」から陸軍のB-25爆撃機を飛ばした日本本土空襲を実行したマレーは、空母一隻だけでも突き進む事に躊躇いが無かった。
こうしてミッドウェー以来の空母同士の海戦が始まる舞台が整った。
これと同時に真珠湾からミッドウェー奪還の任務を帯びた第65任務部隊が第2海兵師団を乗せた輸送船団と共に出港した。
この新たな敵艦隊の出現は真珠湾の南で哨戒の任に当たる日本軍潜水艦によって発見された。
「やはり居たか、予定通り欺瞞航路を行け」
第65任務部隊の司令官であるジェシー・B・オルデンドルフ少将は敵潜水艦を探知したと知るとこう命じた。
真珠湾の近くに敵潜水艦が潜んでいるのは当然の事であった。これを逆手に取り、あえて真珠湾から出港したら南へ向かいサンタクルーズやニューギアニアの戦いへ向かうのだと日本軍に思わせる為だ。
ミッドウェーへの進軍は出来るだけ秘匿する。
「新たな敵艦隊が真珠湾から出港しました。針路は南です」
トラックの連合艦隊司令部に潜水艦からの報告が届く。
「南太平洋への増援でしょう」
宇垣は事もなげに言う。
「だろうな、問題はその敵艦隊に空母があるかだ。敵艦隊の詳細は?」
山本は宇垣の意見に同意し尋ねる。
「大型艦四ないし五とありますが、艦種は不明です」
「大型艦が四か五か、空母はありそうだな」
詳細が分からない以上は空母があると考えた方が良いと思えた。
「しかし、米海軍の残る空母は<エンタープライズ>・<ホーネット>に<サラトガ>ぐらいです。最近の情報だと<エンタープライズ>型二隻は潜水艦と敵信情報により存在が確認できています」
渡辺が山本へ掴んでいる情報を述べる。
「そうなると真珠湾から出たのは<サラトガ>になるか。南雲と山口に報せよう」
連合艦隊旗艦「大和」から第三艦隊と第二機動部隊へ向けて無電が飛ぶ。
「ハワイ真珠湾ヨリ敵艦隊出港シ南下中、空母ヲ含ム可能性大ナリ」
この通信を受けた「赤城」の南雲は「北からの敵にも備えねばな」と草鹿へ言った。
これは南雲にとって感想と言える程度のものだったが、草鹿には南雲の意思と受け止めた。
対して山口は
「まずは目の前の敵だ。返す刀で新たな敵艦隊に向かえば良い」
山口は明確に方針を定めた。
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