第11話 サンタクルーズ沖海戦(2)
十一月八日午後、日米の機動部隊は向かい合う位置にあった。
日本軍の機動部隊は山口の第二機動部隊を先頭に南雲の第三艦隊が続く形でネンドー島の北東にあった。
米軍の機動部隊はバヌアツを挟むように、北側をマレーの第17任務部隊、南側をキンケイドの第16任務部隊が北進中であった。
互いは索敵機を飛ばして探り合う。
最初に発見を報じたのは米軍の潜水艦「アンバージャック」だった。
「あれは<ジュンヨウ>だな」
潜望鏡で敵艦隊を覗く「アンバージャック」の艦長は、「準鷹」型の艦橋と煙突が一体化した独特のシルエットから見える敵空母が何かを特定した。
「挨拶をしてやろう。魚雷戦用意」
「アンバージャック」は六発の魚雷を一度に放った。六本の魚雷は空母「準鷹」へ走る。
「左舷、魚雷接近!」
「機関全速!面舵!」
「準鷹」は右へ艦首を振り、魚雷を回避しようと試みる。
しかし、魚雷二本が命中してしまう。
「不発か?」
命中の衝撃を受けたものの、続く爆発を感じなかった。南雲は拍子抜けした。
「命中した魚雷は不発でした。しかし命中した箇所から浸水しております。浸水は止めましたが、缶室と機関室に浸水の被害が出ています。その為に我が艦の速力は最大で十五ノットしか出せません」
二十分ほどして「準鷹」艦長が被害の詳細を報告した。
米軍が未だ魚雷の信管が不発になる問題が解決できていない事から「準鷹」に命中した魚雷は炸裂せず、魚雷が刺さった状態になっていた。
その刺さった魚雷は「準鷹」の中央部と後部に一カ所つづ、中央部の燃料を燃やす缶室と後部の機関室に海水を流し込ませた。
缶室と機関は海水と言う冷や水を浴びた事で機能を低下させていた。
「これは<準鷹>を下がらせた方が良いでしょう」
草鹿は南雲に進言し、南雲は「旗艦を<飛鷹>へ移す」と決心する。
まずは「準鷹」から駆逐艦「嵐」に南雲以下幕僚達を移し、「嵐」で「飛鷹」へ向かう。
「まだ敵潜は撃沈ならずか」
艦隊の外周で爆雷を投下する駆逐艦を見て草鹿はため息を交えて言う。
南雲はそうした周囲の動きを感じないように目を瞑り、「飛鷹」に着くまで待っている様子に見える。
だが内心では、敵潜水艦に発見されて艦隊の存在と位置が暴露された事に旗艦変更による進撃停止による山口の機動部隊と離れた事を気にかけていた。
「このままでは、空母の数の優位さを活かせないのではないか?」
南雲は小型空母を入れて六隻の空母で米軍を圧倒できるのが、この海戦での強みだと考えていた。
だが、「アンバージャック」により「準鷹」が大破した事で「準鷹」が前線を離れる。またこの潜水艦出没と旗艦変更での足踏みが山口の機動部隊と離れて連携を欠くことにならないかが気になっていた。
「なんと<準鷹>がやられたのか」
山口は「準鷹」が潜水艦の雷撃で後退すると知って渋い顔になった。
「敵空母と戦う前だと言うのに、潜水艦は厄介だな」
山口も空母の数の優位を生かして戦うつもりだっただけに、「準鷹」が潜水艦によって撃破されたのは痛恨だったのだ。
「索敵機からの連絡はまだか?先制をせねばならん」
まず一撃を受けたと思えた。これを挽回するには空母同士の戦いで先に攻撃をせねばならない。目に見えない戦の流れを変えねばと山口は思った。
だが、索敵に送り出した水偵も艦攻からは何も報告がない。
これでは何もできない。戦の流れに流されるままではと山口は腕組みをして苛立ちを抑えるしかなかった。
「見つけて撃破か。いいぞ」
「サラトガ」のマレーは「アンバージャック」が発信した報告を聞くと
幸先の良さを感じた。
「索敵機を<アンバージャック>が示した位置の海域に送れ」
マレーはそう指示をすぐに下す。
「索敵機を増やすのは良いですが、おそらく出撃は夕方となりますよ」
参謀が懸念を伝える。
時刻は午後2時半になろうとしていた。
これから索敵機が出撃し、発見までに一時間ほどと考えて午後3時半に出撃となる。攻撃隊の出撃は発見する時刻が後になれば日が暮れる時間に近づくのだ。
日が暮れた暗い時刻に帰還となれば、着艦の事故や編隊から外れた機のパイロットが方向を失い行方不明になる危険があった。
「空母の数ではこちらが今だ不利だ。今日中にもう一撃をやりたいのだ」
マレーはチャンスを掴もうとしていた。
それがパイロットに大きな負担となってもだった。
これは陸軍爆撃機で空母から出撃したドゥリトルの攻撃隊を目の前で見たからだろう。
「分かりました。早く敵空母が見つかれば良いですが」
それでも参謀は不安の疑義を残しつつマレーに同意した。
こうして放たれた索敵機は1時間半後に「敵空母発見」を伝えた。
「攻撃隊を出せ!」
マレーの執念が引き寄せたような展開となった。
計56機の攻撃隊は索敵機の示した位置へ直行し、午後5時前に攻撃隊は目標を捉えた。
「敵機来週!」
「くそ、先手を取られた!」
山口は悔しい憤怒を大声で表した。周りの艦長や参謀は山口の大声には驚かない。自分達も同じ思いだからだ。
「直掩機、敵機へ向かう!」
艦橋で見張りをする兵が報告する。
第二機動部隊が上空に出していた直掩の零戦6機が「サラトガ」の攻撃隊へ立ちはだかろうと駆けつける。
「頼むぞー」
「やっつけてくれよ」
「飛龍」や「翔鶴」・「瑞鶴」で外が見れる乗員は誰しも零戦隊を応援した。自分達のフネに爆弾が落ちるかは零戦隊の活躍次第でもあるからだ。
零戦隊は「サラトガ」攻撃隊の正面から突撃し、そのまま「サラトガ」の編隊を割きながら突き進んだ。
56機に挑む6機、その戦法は攪乱だった。敵機の撃墜に拘らず、敵編隊をバラバラにして混乱させるのだ。
そうした零戦隊の狙いは当たったが、単機にまで散らばったSBDドーントレス艦爆やTBFアベンジャー艦攻は空母を目指してそれぞれが向かうようになってしまった。
「こっちが相手だジーク!」
攻撃隊を護衛するF4Fワイルドキャットも攪乱されて編隊が散らされたが、単機でも零戦に挑んだ。「1機で零戦と戦うな」と言う指示を米海軍の戦闘機パイロットは受けていたが、味方の艦爆と艦攻を守らねばとパイロットはあえて1機でも零戦に挑んだ。
「サラトガ」攻撃隊を攪乱できた零戦隊であったが、自分達へ追いすがるように挑むF4Fとの戦いから離れる事ができなくなった。
その間に、SBDとTBFは空母へ向かう。
「あの空母を狙え!各自一番近い敵空母を攻撃せよ!」
「サラトガ」攻撃隊は一番近い位置にある「空母」を狙った。「翔鶴」である。
「こっちに来るぞ!撃て!撃て!」
迫る敵機に「翔鶴」の対空砲火が開かれる。周囲の巡洋艦や駆逐艦も「翔鶴」を掩護しようと放つ。
広がる弾幕の中を「サラトガ」攻撃隊はバラバラに「翔鶴」へ迫る。
「珊瑚海のようにはならんぞ」
「翔鶴」艦長の有馬正文大佐は珊瑚海海戦のように「瑞鶴」が逃れて、「翔鶴」が攻撃を一手に受けてしまい被弾した事は避けたいと考えていた。
弾幕を突き抜けたSBDやTBFは爆弾や魚雷を投下して「翔鶴」を攻めるが、有馬の操艦で回避される。
「艦長さすがです。全弾かわしました!」
航海長が有馬を称えるが有馬の表情は険しいままだ。
「気を抜くな。まだ敵は去っていない」
有馬は単機で連携も無い攻撃だからこそ回避できたのだと分かっていた。
「左舷、敵機6機近づく!艦爆らしい!」
見張りの報告に有馬は「来たぞ」と思わず口に出た。
「取舵一杯!」
有馬は左舷側から近づく敵機の矛先を避けようと取舵で左側へ「翔鶴」を向ける。
「これで急降下する位置が狂うだろう」
「翔鶴」の真上へ行こうと進むSBDの編隊の真下へ「翔鶴」があえて入り込む。SBDのパイロットが急降下に至る行動の計算を乱そうと有馬は考えた。
その企みにSBDのパイロットは戸惑ったが、そのまま降下に入った。
「そのまま取舵」
動き続ける事で有馬はSBDの爆弾投下を外させようとした。
「くそ、外れる!」
爆弾を投下した直後にSBDのパイロットは当たらないと悟り舌打ちする。
だが、編隊の最後尾にあったSBDの一機が「翔鶴」の甲板へ機首を向け続けられた。
「敵機!直上!」
有馬は急降下で食らいつく1機のSBDと離れられないと分かり、「いかんな」と言った。
「<翔鶴>被弾!」
「こっちもやられたか…」
「翔鶴」は艦中央部の飛行甲板に爆弾が命中した。
命中した爆弾で生じた火災と煙が上がる「翔鶴」を見ながら、自分の艦隊もやられたと山口は悔やんだ。
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