第7話 山本五十六の憂鬱
「敵の目的は何か?」
ミッドウェーが海兵隊による襲撃を受けた翌日にトラック島にある戦艦「大和」の作戦室では連合艦隊司令部による会議が開かれていた。
長官である山本は会議の冒頭で参集した参謀達へ尋ねた。
「威力偵察でしょう。基地の破壊にしてはさほどの戦果を挙げていない」
首席参謀の黒島亀人大佐がまず答える。
「同意します。我が軍がミッドウェーにどれほどの戦力を置いてあるか見に来たのでしょう」
参謀長の宇垣纏少将が普段は意見が合わない黒島の意見に同意した。
「戦力か、現在はどうなっている?」
山本がミッドウェーの現状について求めると、作戦参謀が立ち上がり報告する。
「航空戦力は水上偵察機が三機だけです。陸戦兵力は陸軍の二〇〇〇人、を合わせて三〇〇〇人です」
「航空戦力が皆無に等しいか。いかんな」
スプルーアンスの機動部隊による空襲と海兵隊の襲撃でミッドウェーの飛行場にある航空機はほぼ全損していた。
山本はそれに危機感を募らせる。
「ミッドウェーに回せる航空隊を早急に検討せよ。またミッドウェーが必要とする人員や資材もだ」
山本は参謀達へ指示を下す。
だが、言うは易しだ。太平洋の真ん中にあるミッドウェー島
近くに他の島が無い孤島である。航空機が飛んで行くにしても時間はかかる。
そうした動きの遅さの中で敵機動部隊の空襲と海兵隊の襲撃が起きた。
また、何らかの攻撃を米軍はすぐに仕掛けるだろうと思えて山本はため息しか出ない気持ちになる。
「しかし長官、ミッドウェーの防備を完成するのは難しくあります。サンタクルーズなどの南太平洋方面、最近ではニューギニアも騒がしい。戦力は各地に引っ張られるばかりです」
宇垣の指摘に山本は苦虫を噛む思いになる。
軍令部主導のFS作戦はサンタクルーズ諸島攻略まで成功させたが、東部ニューギニア防衛強化が陸軍に絡んで必要になった。
今や南太平洋へ航空機も艦船もより必要な状況になっている。
「長官、いっそ打って出ましょう」
黒島が唐突に言い出す。
「何処へかね?」
「ポートモレスビーです。FS作戦の完遂はまだフィジーにサモアやニューカレドニアなど目標が多く時間を要します。ポートモレスビーであれば完遂はまだ早急に可能かと」
FS作戦の完遂はまだソロモン諸島より西の島々を攻略する必要があり、その完遂は確かに時間がかかる。そこに山本は同意する。
「ポートモレスビー攻略、軍令部はいい顔をしませんよ」
戦務参謀の渡辺安次中佐が黒島へ腰を低く反論する。
連合艦隊司令部がポートモレスビー攻略を推進する事は軍令部が推進するFS作戦に反発していると見られると渡辺は言っている。
「だとしたら軍令部は戦線の整理を理解できない石頭だよ」
黒島は軍令部を嘲笑するように言う。
(戦線の整理か・・・)
山本は黒島が言った「戦線の整理」という言葉が響いた。
広く、本土から遠くなるばかりの戦線
この戦線はどうにか整理をしなければなるまいと山本は思い始める。
「行くべきは真珠湾だ!」
会議室のドアを勢いよく開け、男が喝を入れるような大声で言う。
その男は山口多聞だ。
「山口君、戻ったのか」
「はい、つい先ほど」
山本は山口の大声を浴びても動じず出迎える。
山口が率いる第二機動部隊は南太平洋での作戦を中断してトラック島に帰還したのだ。
「今は司令部の会議をしているのです。山口少将は出て下さい」
宇垣が山口を咎める。
黒島は山口を侮蔑する視線を向け、渡辺は困ったと言う顔をしている。他の参謀も会議に関係ない山口の登場を歓迎していない。
「いいじゃないか。山口の意見を聞こう」
山本はにこやかに山口を留まらせ、山口が言った意見を述べさせる。
「ポートモレスビーを攻略すると聞こえたが、肝心な事を忘れておられる」
「それは何かね?」
山口の投げかけに山本は問いで返す。
「敵空母です。何処を占領しようと敵空母が健在であれば荒らされるばかりだ。奪還もされかねない。敵空母こそ最大の脅威だ」
「それで敵空母の根拠地である真珠湾を叩けと?」
「その通り」
山口の意見と山本のやり取りを見ていた宇垣や黒島ら参謀達は「それができるなら・・・」と言う思いだ。
もはやミッドウェー、ソロモン諸島、ニューギニアの作戦に空母も含めた艦艇が必要だと引っ張りだこなのだから。
「山口少将、言い分は分かります。しかしながら真珠湾に行っても空振りになる可能性は十二分にある」
黒島が山口へ語りかける。
「居る時に叩くのだ」
「山口少将、私はポートモレスビー攻略で敵空母はポートモレスビー救援に来ると考える。珊瑚海海戦の例もありますから。その時に叩けば良いのだと」
激情で意見を言う山口に対して黒島は落ち着いて語る。
その意見に山口は反論をしなかった。山本は納得できた。
「ポートモレスビー攻略は決定事項ではない。あくまで検討段階だ」
山本は黒島をはじめ参謀達へ釘を刺すようにまず言った。
「現状はミッドウェーの防備強化が優先だ。山口少将は第二機動部隊の損傷回復と乗員の休養を経ていつでも出撃できようにせよ」
次いで今の段階での決定した事を述べる。
新しい展開は無い、だが次の戦いに備えると言う事である。
「長官は決心された。これで会議を終わる」
宇垣は山本の決定を聞くと会議を終わらせる。黒島はポートモレスビー攻略を認められなかったせいか憮然としている。
山口は気持ちが収まらず機嫌の悪い顔で退出しようとしていた。
「山口君、待ってくれ」
山本は山口を引き留める。作戦室は山本と山口の二人だけになる。
「長官、このまま南太平洋へ引っ張られるんですか?」
参謀達が出て行くのを見てから山口は山本へ詰め寄る。
「そうなるかもしれん」
山本はあっさりと言う。
「それではミッドウェーは取られ、太平洋の主導権は米軍へ取られますぞ!」
山口は諦めたような態度の山本へ怒鳴る。
「その通りだ。だからこそ、ミッドウェーの守りを固める。守りの態勢で敵を待つからこそ耐えねばならん」
山本の言葉に山口は戸惑う。
「耐えるのですか?」
「そうだ。真珠湾への攻撃を繰り返しできれば良いが、準備と時期が整う少ない機会しか出来ないのならば、来るまで待つしかない。その間に他で戦局が変わっても動じてはいかんのだ」
山口はようやく山本の言いたい事が分かった。
主要な戦場は移っても、ミッドウェーで敵を迎え撃つ構想に変わりはない。
だからこそ、局面の変化に動揺してはならないのだと。
「長官のおっしゃる事は分かりました。小官はその時が来るまで待ちます」
気炎が鎮まった山口は作戦室から去って行った。
山口を納得させた山本であったが、守りの態勢は敵に戦略の主導権を渡した事を意味する。幾ら山本がミッドウェーで敵主力艦隊を迎え撃つと考えていてもニミッツも同じとは限らない。
南太平洋が決戦場になる事も大いにありえる。
「日本海海戦の前の東郷元帥もこう迷われたのだろうか?」
山本は日露戦争の日本海海戦の前、ロシアのバルチック艦隊が対馬海峡を通るか太平洋を通るか連合艦隊に迷いが生じていた。
それでも連合艦隊はバルチック艦隊との決戦場を対馬海峡に定めていたが、対馬へ来るかはなかなか判明しなかった。
当時の連合艦隊を率いていた東郷平八郎は、ある期日を過ぎてもバルチック艦隊の動向が不明で合った場合は艦隊を津軽海峡へ移動させるつもりであった。
山本は当時を少尉候補生としてその場にいただけに、より東郷がどう迷っただろうかと思った。
東郷元帥は対馬での決戦を定めて、どう耐えたのかと。
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