第3話 第二機動部隊南太平洋へ

 昭和十七年九月五日、トラック島から山口多聞率いる第二機動部隊が出撃した。

 旗艦である「飛龍」に「瑞鳳」の空母二隻を中心に、重巡洋艦「利根」・「筑摩」に軽巡洋艦「長良」と駆逐艦八隻で編成されていた。

 向かう先はミッドウェーとは逆方向の南である。

 「肩慣らしには良いな」

 これから行う作戦について山口はそう思っていた。

 ミッドウェーでの損傷を直し、航空隊も再建した「飛龍」が復帰するのは良いと。

 その作戦の内容はこうだ。

 「フィジーとサモアを空襲する。これで我が軍は南太平洋で更に行動を起こすと敵に思わせるのだ」

 山本はトラックに到着したばかりの山口へ作戦を説明した。

 「つまり、敵の目をフィジーやサモアに向けさせる為ですね」

 山口はそう理解し、山本は肯定した。

 「少しでも米軍のミッドウェー奪回を遅らせる必要がある。まだミッドウェーの基地と戦力は整っておらんからな」

 山本は付け加える。南雲機動部隊による爆撃に加えて戦艦の艦砲も叩き込んだミッドウェーは上陸した海軍の設営隊を中心に整地や施設の再建に励んでいた。

 陸軍の一木支隊の将兵も飛行場の整備に協力して今では大型機の駐機も可能になっていたが、燃料や弾薬・整備部品など飛行場として必要な物は十分に届いていない。

 肝心の飛行機にしても南雲機動部隊の空母に搭載していたが、米軍機の爆撃を受けて多くを失っていた。「飛龍」がミッドウェーを去る時に零戦八機を飛龍飛行隊からミッドウェーに着任する航空隊の搭乗員に提供した物しか無い。

 哨戒機として零式三座水上偵察機三機が来援したが、それ以上の飛行機はミッドウェーに来ていない。燃料などの物資が足りないからだ。

 防備では上陸した海軍陸戦隊が持ち込んだ高角砲が三基に二十五ミリ機銃が多数があったが、飛行場や防空壕に司令部施設を優先して修復した為に陸戦の陣地構築は半ばであった。

 ミッドウェーの守備を指揮する大田実大佐は「現状デハ防衛スルニハ不十分ナリ」と報告して航空戦力の早期展開と関連物資の輸送を求めていた。

 だからこそ山本は米軍の目をミッドウェーから逸らしたいのだ。

 この意図に山口は納得できた。

 守りが固まっていないミッドウェーに敵を近づけさせてはならないと。

 だが聞き質したい事はあった。

 「敵の目を逸らすのですから、フィジーとサモアを叩いた後にハワイも叩くのはいかがだろうか?」

 山口はミッドウェー作戦が米太平洋艦隊の根拠地であるハワイへ進軍する前哨戦である事を意識していた。

 だからこそ、ハワイをいつ叩くのだと聞きたかったのだ。

 「それもよかろう。と、言いたいが我慢してくれ」

 山本は抑える。

 「何故です?」

 山口はあえて怪訝に言う。

 「あくまで敵を南太平洋へ向けるのだ。今、ハワイを襲って防備を余計に固められてはいかん」

 「それもそうですな」

 山口は引き下がる。山本の言葉にハワイ攻撃をする考えがあると分かったからだ。

 「今回の作戦は敵飛行場への攻撃が第一だが、港湾施設や輸送船も攻撃してほしい」

 山本は作戦構想を述べる。

 「敵の兵站を叩くのか」

 「うむ。気持ちとしては海賊のようにやって貰いたい」

 「海賊ですか」

 山本の言い方に少し苦笑いをしながら山口は作戦内容を頭に入れた。

 だが、山本の言わんとする事は分かった。

 「暴れ回って米軍を落ち着かなくさせましょう」

 山口の理解に山本は安心した。


 九月九日、第二機動部隊はサモア諸島より北西の海域に進出

 そこから「飛龍」から攻撃隊が出撃した。

 飛行場があるウポル島とトゥトゥイラ島を午前中に空襲し、午後にはそれらの島にある港湾と停泊中の船舶を攻撃した。

 二日後の九月十一日にはフィジー諸島のビティレブ島とバヌアレブ島の飛行場と港湾・船舶を空襲した。

 「次はニューカレドニアだ。ここへ来るぞ」

 米軍の南太平洋部隊司令官のロバート・L・ゴームレー中将は第二機動部隊の攻撃が南へ進んでている事からそう判断した。

 フランス領であるニューカレドニアだが、米軍は南太平洋での作戦を指揮する南太平洋部隊の司令部を置く重要な拠点である。

 日本軍ならここを攻撃に来ない理由が無いとゴームレーにしろ、ゴームレーの参謀も思えた。

 だが、九月十四日に第二機動部隊はサモア諸島を再度空襲した。

 「日本軍はサモア諸島に上陸するのか?」

 ゴームレーは肩透かしを食らいつつ日本軍の意図を探る。

 「しかし、攻撃を受けたのは飛行場と港湾に船舶です。敵はサモアの攻略ではなく南太平洋での我が軍の補給線を攻撃していると思われます」

 参謀は集まった情報から意見を述べる。

 「補給の遮断とは小癪な事をする。フレッチャーの機動部隊をフィジー沖へ向かわせろ」

 ゴームレーは第二機動部隊がニューカレドニアを襲うと判断した事でフレッチャーの機動部隊をニューカレドニアより南に配置し、ニューカレドニアの航空戦力と共同して迎え撃つ態勢にしていた。

 空母「サラトガ」と「ワスプ」からなるフレッチャーの機動部隊は九月十四日の夕方にフィジー沖へ向けて出発する。

 だが、フレッチャーの機動部隊は悲劇に見舞われる。

 九月十五日にロイヤリティ諸島の東を航行している時に空母「ワスプ」が撃沈された。

 ニューカレドニアに出入りする艦船の動きを探る為に潜んでいた伊十九の雷撃によってである。「ワスプ」の右舷に命中した三本の魚雷の内、一本は航空燃料が収められている燃料庫を破壊した。

 魚雷の命中で発生した火災が噴出した航空燃料が混ざって「ワスプ」を包む大火になった。

 航空機の格納庫に延焼した火災は誘爆を更に引き起こして乗員による消火では抑えられない事態になった。

 手がつけられなくなった「ワスプ」は駆逐艦の魚雷で処分される事となった。

 フレッチャーは「ワスプ」を失ったものの、第二機動部隊を追う事を諦めず艦隊を進ませた。だが、すぐに引き返すようにゴームレーから命令が届く。

 「敵の潜水艦に攻撃されたと言う事は、フレッチャーの機動部隊の存在と位置も敵に知られてしまったのだ」

 日本軍潜水艦によって「ワスプ」が撃沈された事を知ったゴームレーはそう思った。

 位置が推定されては劣勢になる。ゴームレーにとって第二機動部隊の空母が何隻あるのか分からない。空母が二隻のフレッチャーの機動部隊が大きく戦力を減らした上で戦力不明の第二機動部隊に挑ませる事に躊躇いが生じたのだ。

 フレッチャーはゴームレーの命令に従い、機動部隊をニューカレドニアのヌメアに帰還させる。

 翌日、九月十六日に第二機動部隊はフィジー諸島へ二度目の空襲を行った。

 「敵機動部隊は見つからないか?」

 山口はこの日のフィジー攻撃を飛行場のみに限定してフレッチャーの機動部隊に備えた。

伊十九から「ワスプ」撃沈と敵機動部隊の報告を聞いたからだ。だが放った索敵機は機動部隊を見つける事は出来なかった。

 フレッチャーの機動部隊が引き返したとは知らない山口は、フレッチャーを引き出そうと九月十八日に三度目のサモア諸島空襲を行うものの会敵は叶う事は無かった。

 そんな焦れる山口に報せが入る。

 「ミッドウェーニ敵機来襲、空襲中ナリ」

 ミッドウェーからの緊急の電文だった。

 「失敗か・・・」

 山口は作戦の目的が失敗したと思い落胆する。

 米軍はミッドウェーをしっかり見ている。自分が動き回ったぐらいで注視するべき所を変えていない。山口はそうこの作戦の結果を断じた。

 そこまで自分を責めるのはミッドウェーを空襲できるのが基地航空隊ではなく、空母でしかありえないからだ。

 空母を出してまでミッドウェーを空襲すると言う事は、米軍がミッドウェーを軽視していないと言えるからだ。

 「トラックに戻ろう」

 山口は作戦を終了し、第二機動部隊をトラックに帰投させる事にした。

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