第2話 日本軍サンタクルーズ攻略

 「今回はよくやったと思っている」

 アメリカ太平洋艦隊司令官であるチェスター・ニミッツは真珠湾に戻ったレイモンド・スプールアンス少将を労う。

 「しかし、ミッドウェーの防衛は失敗しました」

 スプルーアンスはそれでも苦い顔をする。

 「作戦目的は失敗したが、日本の空母を三隻沈めている。この戦果は大きい」

 ミニッツはスプルーアンスを評価する。これは慰めではなく本心からだ。

 「こちらはヨークタウンを失ったが、敵空母を三隻沈めている。海戦では圧勝していると言っていい」

 そうは言ってもスプルーアンスは素直に受け止められない。

 「しかし、日本軍はミッドウェーを拠点にしてハワイに脅威を与えます。これは大きな障害になります。この真珠湾へ再度の攻撃や周辺海域で潜水艦の活動をより活発してしまいます」

 「その懸念は分かる。だがミッドウェーを日本軍の基地にするには大いに手を加える必要があるだろう」

 スプルーアンスの懸念にミニッツは明るい材料を与える。

 「まず、ミッドウェーは艦隊の泊地としての機能は無い。泊地として使用する為には燃料タンクを建てるか、タンカーを置いておく必要があるだろう。そもそも燃料と食糧を太平洋を半分越えて運ばねばならない。日本軍がミッドウェーを活用するのはまだ先だろう」

 「ならば、早く奪還をせねばなりません。日本軍がミッドウェーを基地化する前に」

 「そうしたいが、ワシントンとの話がまとまってないのだよ」

 急き立てるスプルーアンスにミニッツは困った顔をする。

 「政治ですか」

 「そこまで難しくない、戦略方針だよ。情報分析で日本軍は南太平洋で動きそうだと言うのだ」

 「ハワイを攻めて来ないと?」

 スプルーアンスはあり得ないと言う態度を見せる。

 「日本軍には独自の戦略があるのだろう」

 ミニッツはスプルーアンスの態度に対して肩をすくめて応える。

 「ワシントンの海軍作戦本部はミッドウェーか南太平洋のどちらに戦力を向けるか迷っている。南太平洋だとオーストラリアやニュージーランドの防衛に関わるからな」

 「つまり、南太平洋の防衛が重視される可能性が高い?」

 同盟国を守る必要が生じるならば、そちらが重要だと見なされるのは当然と言えた。

 「そうだろう。このままだとな」

 ニミッツがそう言うと、スプルーアンスは難しい局面になったと思えた。

 すぐにでもミッドウェーを奪還するべきだ。だが、同盟国の防衛に関わる南太平洋で日本軍が動こうとしている。

 南太平洋で戦う準備を進め日本軍を迎え撃つ。

 理屈は分かる。情報分析の確度が高いのはミッドウェーの戦いで証明できている。

 だが、南太平洋に目を向けてミッドウェーを放置して良いだろうか?

 スプルーアンスは不安を感じた。


 昭和十七年八月七日

 日本軍はサンタクルーズ諸島攻略作戦を開始した。

 七月内に日本軍はガダルカナル島より東のマライタ島とマキラ島も占領し、ソロモン諸島の全域を勢力圏に収めていた。

 日本海軍軍令部は米豪遮断作戦のFS作戦を進める為として、ソロモン諸島より東へ進軍する事を決めた。

 それがサンタクルーズ諸島攻略作戦である。

 攻略にあたり、新編した空母機動部隊である第三艦隊が出撃した。

 当初の編成で計画されていた空母「隼鷹」と「飛鷹」・「龍驤」の第二航空戦隊ではなく、「翔鶴」・「瑞鶴」の第一航空戦隊に加えて「龍驤」を編入した空母三隻で編成しての出撃となった。

 これは「飛鷹」が七月末に竣工したばかりであったからだ。

 同じ二航戦を組む「隼鷹」は「飛鷹」と共に訓練を行っている為に出撃していない。

 対するアメリカ軍やオーストラリア軍などの連合国軍はソロモン諸島の防衛を諦め、トレス諸島やバンクス諸島とニューカレドニアで米豪連絡線を維持しつつ、ニューギニア南部のポートモレスビーも維持してオーストラリア北部を防衛すると言う方針に決まった。

 そのせいかサンタクルーズ諸島には簡易な飛行場と僅かな守備隊ばかりであり、八月十五日にはサンタクルーズ諸島全島を日本軍は占領する。

 八月十六日には作戦に参加した連合艦隊の艦隊はラバウルやトラック島へ帰還すべく出発した。

 簡単に終わった攻略作戦

 次はニューカレドニアだと艦隊の将兵も軍令部の参謀達も息巻いていた。

 しかし、八月十八日にサンタクルーズ諸島を空母「サラトガ」と「ワスプ」から出撃した攻撃隊が空襲を行った。

 飛行場の整備が整っていない為に、零戦の水上機型である二式水上戦闘機十二機が迎撃に出撃したが空襲を阻止するには至らず二式水戦部隊は半数を失った。

 「サンタクルーズの防衛を強化せねば」

 一日だけの空襲であったが、東京の軍令部に与えた衝撃は大きかった。

 日本本土から遠いサンタクルーズへの戦力や補給を送り出す事を攻略前から薄々感じてはいたが、現実に反撃を受けると焦りを感じざる得ない。

 「あんな遠くに行くならハワイに行けば良かろうに」

 サンタクルーズでの動静を聞く度に山本はそうぼやいた。

 山本は連合艦隊旗艦である戦艦「大和」に乗りトラック島に来ていた。軍令部のFS作戦や山本が重視するミッドウェー防衛を指揮する為である。

 トラック島はその二つの戦略を進める為に輸送船や艦艇が多く出入りする忙しい場所になっていた。

 「この輸送船の半分が無為な使われ方をしておる」

 山本は「大和」の艦橋からFS作戦の為に物資や部隊を運ぶであろう輸送船を苦々しく眺める。

 「いっそ、全部奪いますか?」

 山本の苛立ちを見てか、連合艦隊戦務参謀の渡辺安次中佐が言った。

 「それじゃ海軍じゃなくて、海賊になっちまうよ」

 山本は楽し気に渡辺の冗談に応える。

 「いっそ海賊になって太平洋を縄張りにしては?」

 「ははは、太平洋はデカ過ぎる。瀬戸内海で十分だ」

 渡辺の冗談のおかげで山本に久しぶりに笑顔を見せた。それに周囲の将兵も安堵する。

 「長官、あれは<飛龍>では?」

 渡辺はトラックに入港しつつある一隻の空母の艦影を見つける。

 「サラトガ」と「ワスプ」のサンタクルーズ空襲で第三艦隊のトラック帰還は遅れていた。だが第三艦隊なら空母は三隻であるから違うだろう。

 「長官、発光信号です。<ワレ飛龍、トラックに到着せり。第二機動部隊の準備を求める>です」

 「飛龍」からの発光信号が読まれると山本は「山口め、急かすじゃないか」と嬉し気である。

 ミッドウェーでの損傷が軽微なまま退却できた「飛龍」は飛行隊の再建も完了してトラック島に前進して来たのだ。

 第二機動部隊司令官である山口はすぐにでも出撃させろと到着早々に訴えて来たのだ。

 「渡辺参謀、海賊をやってみようじゃないか」

 渡辺は山本が言った意味をすぐには理解できなかった。

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