ミッドウェー戦役

葛城マサカズ

第1話 昭和十七年六月四日 第一次ミッドウェー海戦

 「空母が三隻もやられただと!?」

 主力部隊旗艦である戦艦「大和」の艦橋で黒島亀人首席参謀が狼狽する声を上げた。

 ミッドウェー攻略作戦の第一歩である航空攻撃を担う第一機動部隊が敵である米軍の空襲を受けて空母「赤城」・「加賀」・「蒼龍」が炎上していた。

 ミッドウェー作戦を立案した黒島にとっては作戦の大きな要である大型空母四隻の内、三隻も炎上させた事は大きな番狂わせだった。

 「消火の見込みは?速力はどうだ?」

 黒島は報告に来た士官へ性急に尋ねる。だが、三隻炎上の報告しかないとしか言えなかった。

 「落ち着き給え」

 見かねた連合艦隊司令長官山本五十六大将が黒島を諭す。

 「すみません。取り乱しました」

 我に返った黒島が恥じ入る。

 「長官、<飛龍>の山口少将が航空戦の指揮を執り、反撃すると言っています」

 参謀長の宇垣纏少将が報告する。

 第一機動部隊は旗艦である空母「赤城」も炎上して指揮ができなくなった。司令官の南雲忠一中将や幕僚は軽巡洋艦「長良」に旗艦を移す最中で、空母部隊としての指揮が出来る状態ではなかった。

 そこで、空母「飛龍」の座乗する第二航空戦隊司令官である山口多聞少将が航空戦の指揮を執る事となった。

 空母「飛龍」はまだ健在であり、発見した米空母へ反撃に出ると山口は言っているのだ。

 「いや、ダメだ。艦隊をまとめてこっちに来させろ」

 山本は山口の行動を止める。

 だが、既に九九式艦上爆撃機十八機と零戦六機からなる小林道雄大尉の攻撃隊が出撃していた。

 「合流せよか・・・」

 小林大尉の攻撃隊を見送った後に山本からの攻撃中止と合流の命令を受けて、山口は苦虫を噛む。

 「第二次攻撃隊の出撃は中止だ」

 山口は準備を進めていた九七式艦上攻撃機一〇機と零戦六機からなる第二次攻撃隊の出撃を中止すると決めた。

 「第一次攻撃隊を収容してから主力部隊と合流する」

 決心を述べる山口の顔が自分の意志に反して歪んでいたのを「飛龍」艦橋の誰もが見た。

 「赤城」と「加賀」・「蒼龍」を目の前で叩かれ、燃やされているのを見た山口にとって仇を満足に討てず退くのは納得できなかった。

 (ここで米空母を叩かねば次の機会は不利な状況やもしれん・・・山本長官はどう判断したのだ?)

 山口は恨みのような気分を抱く。

 小林大尉の攻撃隊は十八機を失いながらも空母「ヨークタウン」を炎上させる戦果を挙げた。山口はこれで一隻を撃破したと少しばかり溜飲を下げた。

 だが実際は飛行甲板を修復し、航行も可能な状態に回復していた。

「これより再進撃、ミッドウェーを攻略する」

 現地時間六月四日夜に主力部隊と機動部隊は合流した。

 山本は機動部隊の戦艦「榛名」と「霧島」に重巡洋艦「利根」・「筑摩」を尖兵に主力部隊の戦艦「大和」・「長門」・「陸奥」・「扶桑」・「山城」・「伊勢」・「日向」が続くような艦隊の陣形を組ませた。

 空母に代わって戦艦が前面に立った。

 「飛龍」は主力部隊の空母「鳳翔」と組み、主力部隊の航空戦隊として戦艦群の後ろから追随する。

 南雲は機動部隊や主力部隊の艦艇を再編した後方部隊を預かる事となった。

 一時退避した攻略部隊も呼び、山本はミッドウェー島への再進撃を開始した。

 「今度は戦艦で攻めるか」

 米機動部隊を率いるレイモンド・スプルーアンス少将は索敵機からの報告に頭を痛める。

 空母三隻を撃破し、日本軍のミッドウェー攻略を挫いたと思っていたら今度は戦艦を押し立てて日本軍は再び来たのだ。

 真珠湾とマレー沖海戦で航空機が戦艦を撃沈できると証明はできたが、それは日本軍によってであり米軍の航空部隊では実戦で証明できていない。

 「ミッドウェーと空母の戦力を集めても九隻の戦艦を止めるのは難しいだろう」

 スプルーアンスを悩ませたのは米軍に有効な雷撃機が無い事だろう。

 艦上機ではTBDデスバスター艦上攻撃機があるが、速度の遅さで既に多くをうしなっている。かといって、SBDドーントレス艦上爆撃機による急降下爆撃ではいくらか損傷を与えても撃沈は不可能であり、大破も難しいだろう。

 ミッドウェー基地にあるB-17爆撃機の水平爆撃が有効なのかも疑わしい。

 「だが、やれる事をやらねば」

 スプルーアンスは攻めて来る敵を放置はできない。たとえ力が及ばなくても日本軍の妨害になるならと空母「エンタープライズ」と「ホーネット」から攻撃隊を出撃させた。


 六月六日にミッドウェー島は陥落した。

 米軍は航空攻撃を仕掛けるが、「飛龍」と「鳳翔」から発艦した零戦と九六式艦上戦闘機が阻んだ上に、戦艦「霧島」や戦艦「陸奥」に重巡洋艦「利根」が爆弾の命中で損傷を受けたが沈没には至らなかった。

 現地時間六月五日夕方には山本の主力部隊はミッドウェー島への砲撃を開始

 米太平洋艦隊司令官チェスター・ニミッツ大将はスプルーアンスに撤収を命じた。こうしてミッドウェーの運命は決する。

 翌、六日に攻略部隊による上陸作戦が開始された。

 ミッドウェー守備隊は米機動部隊の撤収を知っており、戦艦九隻を中心にした艦隊に囲まれている状況でもあり日本陸軍一木支隊が上陸すると一発も撃たず降伏した。

 こうしてミッドウェー海戦は海戦では空母三隻を沈めた米軍が勝ち、日本軍は作戦目標のミッドウェーを占領した。

 だが山本が望んだ米空母の撃滅は果たせなかった。

 大本営発表では二隻撃沈、一隻大破と言う損害を受けながらミッドウェーを占領し米空母一隻を撃沈したと発表して日本国民は沸いた。

 小林大尉の攻撃隊が損傷を与えた「ヨークタウン」を伊一六八潜水艦が撃沈して三空母の仇に対して一矢は報いていた。

 「米軍はミッドウェー奪還に近く動くでしょう。ミッドウェー防衛を重視すべきです」

 ミッドウェーから戻ると山本は東京の軍令部へすぐに行き、ミッドウェー防衛を軍令部総長の永野修身大将に進言した。

 「ミッドウェーの次はハワイでは無かったのですか?」

 富岡定俊軍令部第一部一課長が皮肉のように山本へ言った。ミッドウェー作戦がハワイ攻略作戦の為の前哨戦と言う位置づけだと聞かされていたからだ。

 「遺憾ながら、赤城・加賀・蒼龍の三空母を失いハワイ攻略へ臨む態勢が難しくなりました。そこでミッドウェー防衛に方針を変えたいのです」

 富岡の皮肉に対して山本は毅然と答える。

 「山本長官、方針を変えるならFS作戦に力を傾けるべきではないかね?」

 永野が山本の進言へ答える。FS作戦とは南太平洋のフィジーとサモアを攻略する軍令部が立案した作戦だ。目的はアメリカとオーストラリアの分断だ。

 「いえ、ここは来寇が確実なミッドウェーに戦力を置き米空母をはじめ米主力艦艇の撃滅を図るべきです」

 山本の反論に永野は内心で一理あると思い口を閉ざす。

 「FS作戦はソロモン諸島まで進んでいます。米豪遮断が成ろうとしている今こそ連合艦隊は南太平洋に注力して欲しいのです」

 富岡は軍令部で作戦立案を担う一員として譲らない。

 「長官、連合艦隊の総力を南太平洋に振り向けなくていいんだ。FS作戦に可能な限り多くの艦艇を出して欲しいのだ」

 永野は妥協点を求める。

 「分かりました。検討します」

 山本は永野の求めに応じた。

 永野も富岡も山本が素直な返答を寄越さないだろうとは思わなかった。

 「案外、まともな答えを寄越したな」

 後日、連合艦隊司令部が出した艦隊編成案を見た富岡はそう感想を言った。

 その編成案は新たに南雲忠一中将を司令官にした第三艦隊を編成、その中核たる戦力は空母「隼鷹」と「飛鷹」に「龍驤」に加えて戦艦「金剛」と「比叡」だ。

 この第三艦隊が南太平洋でFS作戦を支援するとしている。

 また同時に編成するのが小沢治三郎中将の第七艦隊だ。

 この第七艦隊がミッドウェー防衛の任が与えられた艦隊である。第七艦隊には空母「翔鶴」と「瑞鶴」に「飛龍」・「瑞鳳」や戦艦「榛名」・「霧島」に重巡洋艦「利根」・「筑摩」などかなる第二機動部隊をはじめミッドウェーに展開している航空隊も指揮下にある。

 山本にとって力を注いでいるのが第七艦隊なのは明白だが、空母を複数もFS作戦に出したのは富岡にとって意外だった。

 こうして両者にとって妥協できた良い案となる。

 そしてこの艦隊編成を良しとした男が居る。

 第二機動部隊司令官に就任した山口多聞中将だ。

 「今度こそ、敵空母とやり合うぞ」

 「赤城」・「加賀」・「蒼龍」の仇を討つと山口は燃えていた。

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