もうひとつの世界へ

 目を瞑り、冬子の手を離さないようにギュッと握る。反射的に息を止めていた私は、苦しくなり思わずもがく。

『ここは息できるよ。大丈夫。』

 冬子が笑いながら言う。私は恐る恐る呼吸をする。水の中なのに不思議と息ができた。でも水の中にいる感覚はある。驚いて目を開ける。目の前を鮮やかで小さな魚達が横切った。

「ここは一体……?」

 困惑する私を見ながら冬子は笑う。

『フフッ!不思議よね!田んぼの水がこんなに深いわけないし、こんなにカラフルな魚はこんなところにはいないわ!それに水中で呼吸をすることができること、何より私がいることが不思議で仕方がないでしょう?』

 いつものように明るく言う冬子。私は五回ほど瞬きをして冬子がいることを確認すると皺を寄せた不器用な笑顔で冬子を見つめる。そしてその手を離さまいとより一層握る力を強くした。

「冬子。会いたかったよ。これが夢だとしても、また会うことができた。……良かった。」

 私は涙を溢れさせながら言う。すると冬子は突然私の頬を思いきりつねった。

「いった……⁉︎何すんのさ!!」

 驚きのあまり大きく尖った声色で叫ぶ。

『フフッ!ごめんごめん!!夢とか言うからつねってみたの!!どう?』

 反省の色もなしに冬子が尋ねる。少し赤くなった頬を片手で抑えながら不満そうにジトっと冬子を見る私。

『痛いでしょ?これでも、夢……?』

 顔を近づける。その目力に圧倒されそうになる。私は少し俯き、考えるとゆっくりと口を開いた。

「……わからない。でも、私は目の前にいる冬子を、その現実を信じるよ。」

 それを聞いて冬子は、にひっと笑った。そして手を上にあげると指を一回鳴らす。静寂の中その音だけが響く。その直後、光が魚達もろとも私たちのことも飲み込んでいく。風がどこからともなく吹いてきて私たちの周りを囲む。

「冬子⁉︎何これ⁉︎どうなってんの⁉︎」

 テンパる私を気にすることもなく冬子は私の手を握り返す。そして一言だけ告げる。

『大丈夫だよ。』

 言葉にすると八文字にしかならないこの言葉だが、それを聞いた時、なんだか安心できるような落ち着けるようなそんな気がした。眩しい光に完全に飲み込まれた私たちは目を瞑り光に身を任せる。少しの間の後に足が地面につく感覚がした。ゆっくりと目を開ける。そこには草原が広がり、穏やかな風が吹き、花が咲き蝶々が集う暖かいところだった。

「どこだ……?ね、冬子。私たち一体どこにいるの?」

だよ。夏織、伝説は本当だったんだよ。』

 冬子は少し興奮している様子で私の両手を掴むと強く握る。

「伝説……えっと……確か……。」

 思い出そうと考え込む私を前に冬子はすかさず説明に入る。

『ここはね、田んぼに水をはるこの時期だけ行ける場所。選ばれた人しかいくことができない伝説の場所。そして選ばれた人が望んだ希望の場所だよ。』

「選ばれた人……ってもしかして私?」

 キョトンとした表情を浮かべて恐る恐る聞いてみる。

『そうだよ。夏織は選ばれたんだよ。夏織が私に会いたいって強く望んだからこそ今この世界が実現しているんだよ。私が死んでからずっと望んでいたでしょ?だからね、開かれたこの世界へ私が導いたんだよ。』

「そっか……。だから夢の中に冬子が出てきたんだね。私にこの世界の存在を知らせるために。私の望みを叶えるために。」

 冬子が夕日に溶ける前にしていた笑顔を再び私に向ける。明るくて眩しいくらい。私はその場で倒れるように転がるとずっと広がる青く澄んだ空を仰いだ。

「まさかね。伝説が本当で、なんか選ばれて今こうして冬子に会えているなんてね。もうどっちが現実か夢かわからなくなるよ。」

 笑いながら冬子に語りかける。冬子も私の隣に転がると

『なーに?またつねって欲しいの?』

 と顔を覗きながら少し意地悪そうに言う。

「ちょっと勘弁してよー!冬子馬鹿力なんだから加減できないでしょ!」

 二人は笑い合った。今までの日常のように。顔を合わせて。

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