溢れる思いに正直に

 雲が流れていく。とても長閑のどかで安らげる光景だ。ふと、私は冬子に気になっていたことを聞いてみることにした。

「冬子さ、あの時……何があったの?」

『あの時?』

「あの日だよ。崖で。私はちょっと見ていなかったんだけど……。」

『ああ、あの時ね!夏織が盛大にすっ転んでいた時ね!』

「ちょっと!笑わないでよー!結構痛かったんだからね!!……って見てたの?」

『いんやあ?夏織の間抜けな声がしたからさ、まーたやったなーって思っただけだよ。』

 笑いながら冬子が言う。そしてこう続けた。

『……あの時ね、私なぜだか夕日がとても懐かしく思えてね、つい身を乗り出して手を伸ばしちゃったの。そしてバランスを崩したってわけ。』

 軽い感じで言う冬子に私は複雑な感情を抱いていた。

『これ後でわかったんだけど、そういえば両親が死んじゃった日もこんなふうに夕日が眩しかったっけなって。フフッ!夏織の鈍臭さを馬鹿にしてきたけど私も人のこと言えたもんじゃないわね!!』

 冬子は笑顔を絶やさなかった。辛いはずの話題なのに明るく振る舞っている。そんな冬子を見ていると、胸が痛んだ。

「……ごめんね。変なこと聞いた。」

 眉間に皺を寄せながら小さく謝る。

『何よ!くらーい顔しちゃって!夏織らしくないよ!!私が気にしていないんだから夏織が私のことで暗くなる必要ないでしょ!』

 いつも通りの冬子だ。私はこれ以上掘り返す必要はないと判断して深く息を吸い、そして吐き出す。

「はあ〜……。」

 長閑なこの景色に全てを託すように私は何も考えず、ただ冬子といるこの現実だけを見た。二人だけの世界。この時間がずっと続けばいいのに……。そう思いながら、つい

「ねえ冬子。私ずっとここにいたい。そうすればずっと一緒にいられるでしょう?」

 と、こんなことを呟いた。すると冬子は少し困ったような表情を浮かべた。

『……そうだね。できることなら私だって夏織と一緒にいたい。一緒に勉強したり、一緒に学校へ行って遊びたい。時には怒られたり、お互い喧嘩することもあるだろうけど、本当はもっと……。』

 冬子の声はどんどん小さくなっていく。私は起き上がり冬子の顔を見た。今まで笑顔を絶やすことのなかった冬子だが、この日初めて涙を流した。冬子はバッと起き上がり私に顔を背けるように涙を拭き始めた。

『……あれ?おかしいなあ!ちゃんと現実を受け入れたはずなのに……笑顔で夏織と向き合ってお話ししようって決めていたのに……なんだよ……これ……。』

 冬子は拭いても拭いても止まらない涙に困惑しながら自分の感情と闘っていた。自分に起きた現実。変えられない結末。そうだ。一番辛いのは冬子なんだ。

「冬子。私のためにありがとう。でも我慢しないで。自分自身の感情を殺してまで明るく振る舞おうとしなくていいよ。私は明るい冬子も好きだけど、自分に正直な冬子も大好きだよ。」

 私は正面から冬子を抱きしめ、言う。冬子は私の胸元に顔をうずめるように泣きだした。

『うわああ……ああああ……』

 こんな冬子は今まで見たことがなかった。感情をどれほど押し殺せばここまで溢れ出してしまうのだろう。泣きじゃくる冬子を強く抱きしめて、私も涙が溢れてくる。

『もっと一緒にいたい!高校も同じ所に行きたかったし、もっと話したかった!いっぱいふざけて、いっぱい遊んで……。もっと……生きたかった……!』

 冬子が泣きながら言う。これが冬子の本音。抱えてきた正直な感情なのだと思った。

「冬子……!私ももっと一緒にいたかったよ……!冬子!」

 二人は泣きながら互いを強く抱きしめた。二人の大きな泣き声は長閑な草原、そしてどこまでも続くこの空に大きく響き渡った。

 

 

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