水面での再会
冬子が死んだ。その事実を私は簡単に受け入れることができなかった。何が起きたのか理解する前に冬子は逝ってしまった。
気がついたら真っ暗な中、自宅のベッドに座っていた。あれからの記憶が一切ない。赤い夕日だけが私の心を覆っている。着ていた制服が豪雨にうたれたように濡れて冷たい。外で鳥の
「……冬子。」
小さく呟いた私の声だけが静かな部屋に響く。そして、限界を迎えたかのようにそのままベッドに倒れ込み眠りについた。
どれくらいの時間が経ったのか。目の前には白一色の世界が広がっている。
「ここは……?」
ゆっくりと立ち上がり辺りを見渡す。
『……り。』
『…おり。』
声が……聞こえる。誰かが呼んでいる。
「誰……?私を……呼んでいるの?」
辺りに霧が立ち込める。何も見えない。私の問いは答えられることなく消え去る。
『おねが……崖の……たん……水……伝説を……じて……。』
途切れ途切れで何を言っているのかよくわからないが、聞き覚えのあるような、そんな声がする。その時、冬子の顔が過った。
「冬子……⁉︎冬子なの⁉︎どこにいるの⁉︎会いたいよ!ねえ!」
私は必死に叫ぶ。喉が枯れるほど声を張って。でも、冬子からの返答はない。そのまま霧が深くなり、私の意識は遠のいた。
ハッと目を覚ます。起きると全身に汗をかいていた。
「……夢……?冬子……。」
外はすっかり明るくなっていた。私は冬子が言っていた言葉を思い出す。
「……崖?……伝説……。」
聞き取れた部分をピックアップしていく。私は気が進まないけれど、冬子の言葉にあった崖にいく事にした。朝風呂をサッと済ませると身仕度を整え、急いで家を出る。若さもあるからか少し寝ない程度ならいつも通りに動くことができる。私は走った。無我夢中に。冬子が死んだあの場所目がけて。
目的地は目の前。息が切れつつも階段を駆け上る。
「はあ……はあ……。」
苦しい。運動が得意とはいえ、ここまでの全力疾走は生まれて初めてだ。多分。登りきった私は思わず膝に手をつき俯く。そして静かに呼吸を整える。顔を上げた時、光が飛んできた。
「うっ……⁉︎」
眩しさのあまり目を背ける。よく見ると、田んぼの水面が太陽の光を反射していた。キラキラと輝く水面を横目に冬子が最期に登っていた木に近寄る。
「冬子……。来たよ。私のこと、呼んだでしょ?」
木に優しく触れながら小さく呟く。直後、優しく暖かい風が私を包む。
『……夏織。』
すぐ近くで聞き覚えのある声がする。
「冬子!!いるの⁉︎」
辺りを見渡して叫ぶ。木の葉が風で落ちていくこと以外何も動きがない。誰もいない。冬子に会えるかもしれない。そんな期待から冬子の声が聞こえたのか。そう思い、落胆した刹那——
『夏織。こっちだよ。』
また声がした。急いで声のする方を向く。声は田んぼの方から聞こえてきた。
「冬子……?冬子なの?」
田んぼに近寄ると水面に顔を寄せる。いつもは浅い水の中をおたまじゃくしが優雅に泳いでいるのだが、今は不思議と何も見えない。土すら見えないのでとても深い池のように思える。じっと見ていると何故か水面が波立ち始めた。そして今まで以上に輝き出す。
『夏織。来てくれたんだね。さあ。』
光に包まれながら、冬子が水面に現れた。私に向かって手を差し伸べている。
「冬子!やっぱり冬子だった!やっと会えた!私を置いていくなんて酷いじゃないか……!」
冬子を目の前に、笑顔がクシャッと崩れていく。溢れた涙が波紋となって広がる。冬子は水の中で優しい笑顔を向けている。私は差し出された冬子の手を掴むべく水のなかへ手を入れる。途端、強い力で引き込まれる。
「うわあ⁉︎」
思わず声が出る。
——バッシャーン!
私は、大きな水音と共に全身で水を受け止め、冬子に導かれるまま、ゆっくりと田んぼの中へ沈んでいくのだった。
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