冬子の過去や思いを包む夕日

 そして、互いの家に歩を進めつつ二人は話し出すのだった。

「私もよく分かっていないんだけどね、ほら、伝説ではちょうどこの時期だったじゃん?その世界に行けるの。」

「あー。そうだったっけ?冬子、よく知ってるね!もしかして行ったことあったりして!」

 からかう様に冬子を肘でつつく。

「ない……けど、行ってみたいなぁって思ってさ。」

 そう答えた冬子の横顔はどこか寂しそうな、悲しそうな表情をしていた。

「そうなんだ……。あの、答えられたらでいいんだけどさ、どうしてもうひとつの世界に行きたいって思うの?」

 ちょっと真面目そうに、慎重に私は問いかける。私からの問いに冬子は少し眉間に皺を寄せて難しい表情を浮かべた。空気を察してか、私はすかさず付け加える。

「あ!無理に言わなくていいから!ちょっと気になっただけだからさ!」

 焦りも感じながら私は冗談っぽく笑って誤魔化す。

「ううん。大丈夫。夏織には話しておきたいし!」

 笑いながら冬子は立ち止まり話し始めた。空を仰ぎ、こう続ける。

「私が小さい頃から聞かされていた話によると、もうひとつの世界に招かれた人はね、選ばれた者として自分の望む世界に行けるって。すごいでしょ?私さ、ほら……小学生の頃に両親を亡くしたじゃない?だからさ……なんかもう一度会いたいなって。そう思ってさ。」

 泣きそうになるのを我慢するように顔をキュッてしめながら冬子は言った。握りこぶしが震えているのがうかがえる。そうだ。冬子の両親は交通事故で亡くなっていた。葬儀の時も、今まで見たことないくらいに取り乱して、棺桶の側から離れなかった。私はその様子をしっかりと見ていたのだ。幼くても事の重大さはわかっていた。私は冬子の手を静かに握った。

「辛いことを思い出させてごめん。望み、叶うといいね。ああ、私にも出来ることがあればなんなりと言ってよね!まあ、そんなにないと思うけど……。」

 詰まりながらも言葉を探り探りで放つ。そして下手くそな笑顔を作ると、すぐに俯きどうしようかと考え込む。誰しも何年経っても癒えない傷があるのだ。触れてはいけない所に触れてしまったと後悔と反省が押し寄せてくる。さらに蒸し暑さが追い打ちをかけるように私を包み込む。思考が停止する。そんな私を見て、冬子が笑った。

「フフフフッ!夏織って本当にわかりやすいし不器用だし面白いね!あー。笑いすぎて涙が出てくるよ。」

 腹を抱えながらゲラゲラ笑っている冬子を見て、私はムッとしながら言う。

「なーによー!こっちは真剣にあんたの話を聞いて空っぽの頭で考えてんのよ!?これでも!不器用で悪かったわねー!」

 ちょっと怒っていじけながら子供みたいに頬を膨らますと、ふんっとそっぽを向く。

「ご…ごめんって!クフッまあ、素直なのはいい事だよ!何年経っても変わらないそういうところ、好きだよ?バカだけど!」

 言い捨てるように吐き出し冬子は走り出した。

「ちょっ…待ちなさいー!…ってか、フォローするかバカにするかどっちかにしてくれる!?ていうか、バカにするなー!」

 私は冬子のことを慌てて追いかけると、その背中をカバンでベシベシ叩きつつ叫ぶ。

「い、いたっ!ごめんって!夏織が面白いからつい、ね!フフッ!」

 私の攻撃をもろに受けつつなんだか嬉しそうな冬子。いつも通りの明るくて少し意地悪な彼女に戻っていた。安堵からか、口元が緩む。

 そうこうしているうちに二人は通学路にある少し長い階段前まで来ていた。登った上は崖のようになっている。

 走り続けたので二人とも息が上がり、勢いをつけたまま階段にカバンを投げつけるとそのままドカリと座り込む。

「はぁ……はぁ……こんなに……走ったの……久しぶり……!」

 息を切らしながら冬子が呟く。彼女を横目で見つつニヤけると

「運動苦手なのに急に走るからだよ……!ふぅ。めっちゃ息切れてんじゃん!ウケる!」

 馬鹿にするように笑う私。冬子は大きなため息をつき、嘆いた。

「そもそも運動では夏織に勝てないわ……。くっ……。」

 悔しそうな表情を浮かべつつ、あーあ。と空を仰ぐ。少し休んで落ち着いてくると、冬子が空を仰いだまま言った。

「ねえ、そういえばこの階段登ったところでは夕日が綺麗に見えるんだってよ?高くなってるから街を見渡せるし……ちょっと行ってみない?」

 私は少し驚いた表情を浮かべる。

「運動できないのに冬子ってばアクティブ!この階段ちょっと長いけど大丈夫?っていうか、この先崖みたいになってるから危ないと思うけど……。」

 眉間に皺を寄せつつ心配そうに言う。危ないので近所の人もなかなか立ち寄らないような場所だ。

「大丈夫だよ!何回か行ったことあるけど、割とスペースあって広いんだよ?ほら!早くしないと日が暮れちゃう!夕日、見るぞ!」

 スクッと立ち上がり軽快に二人分のカバンを持ち上げると張り切った表情でこちらを見て強引に手を引っ張り、私を立たせて上へと誘導する。はいはい。と言うように渋々連れられる私。内心では冬子の体力の回復スピードに驚いていた。運動できないくせに……。

 なんとか上へ辿り着くと少し疲れた表情でその場に座り込む。疲労は募っていくものなのか。実感する私の横でカバンを地面に置き、大きく伸びをする冬子。一息つくと、

「うはぁ!夏織見てよ!絶景!めっちゃ綺麗でしょ!?」

 興奮しながら目の前の夕日へ走る冬子。崖の手前で立ち止まり振り返る。とてもキラキラした良い笑顔だった。それを見ていると体力で冬子に負けたっていうつまらない感情もいつの間に消えていた。夕日は赤赤と燃えるように輝き、眩しかった。近くの草木、それ以外も全てを溶かしてしまう、と感じるほどに。立ち上がった時、横で何かが光った。眩しさに驚き、光の方へ目をやる。

「……田んぼ?こんなところにもあったんだね。知らなかったよ。」

 そこには水をはった田んぼがあった。大きく、空と夕日を映している。光を反射した水面は煌びやかで眩しいものだった。思わず顔を近づける。

「夏織ー!めっちゃいい所見つけた!見てー!」

 冬子が叫ぶ。冬子を見ると、崖の手前に生えていた少し大きめな木に登ってこちらに手を振っている。行動力だけはピカイチな冬子。危なっかしいが彼女のこういう所、好きだな。

「冬子ー!危ないよー!どこ登ってんのさ!!降りなよー!」

 私は冬子に向かって叫ぶ。

「ここね!夕日がとーっても綺麗に見えるの!夏織もおいでよ!!」

 明るい笑顔を向けながら冬子は叫ぶ。風が優しく木の葉と冬子を撫でる。夕日と重なった冬子は眩しくてよく見えなかった。

「今行くよー!本当、気をつけてよね?」

 私は冬子の元へ歩き出す。夕日の方を向いていた冬子が笑顔で振り向く。その時、近くで烏が羽ばたいた。ほぼ同時に木の葉が揺れる音がした。私は驚いた勢いで思わず目の前の小石につまずく。

「ぁだっ!!」

 盛大に顔から落ちて痛みで声が出る。鼻をおさえ、制服に付いた土埃つちぼこりを払うと冬子の方を見る。まーたバカにされるかぁ?と思いながら。


 烏の羽が一枚、落ちてくる。

 

 そこにいたはずの冬子が、いなくなっていた。声もしない。

「……冬子?冬子……どこに行ったの?まさか……落ち……いや……ねえ!また隠れてるんでしょ!ほら、出てきなよ!」

 動揺を隠せないまま、震えた声で私は叫ぶ。そう、きっと隠れているだけ。最悪の状況なんて考えたくなかった。周辺を血眼になって冬子を探す。

「ねえ!冬子!冬子返事して!どこに行ったのよ!ねえってば!!」

 日が半分くらい沈みかけていた。辺りには虫の鳴き声、木の葉の擦れる音、カラスの鳴き声ばかりが溢れている。肝心の冬子の声が聞こえない。見つからない。確かめたくはなかったが確かめるしか無かった。私は意を決して崖の下を覗く。

 

 みつけた。私の友達。夕日と同じようなほど赤いまとって。

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