スタール、英雄たちと訓練を行って自分が弱いことを改めて思い知る

 シャンドール領主の城の稽古場を借りて模擬戦を行ったとき、それは発覚した。

 他の四人と比べたとき、スタールはとても弱くなっていたのである。



(……な、んで)



 正確に言えば、弱くなっていたというよりも元々弱かったことに気付いたというほうが正しい。

 御前試合のときとは打って変わって、スタールは模擬戦に負け続けていた。

 頑強の英雄も、魔術の英雄も、乗馬戦ジョストでない一対一の勝負では途方もなく強く、俊敏の英雄ともなればスタミナが切れてない場合は神懸かったような強さを発揮するのだから――勝ち目はなかったのである。



 スタールの強さは、その場の対応力と手札の豊富さに尽きる。

 逆に弱みは、決め手の一撃と機動力。

 良くも悪くも、スタールは意外性で戦うしかない。



(元々、自分が御前試合でそれなりに勝ち上がってきたのは幸運のおかげだと思っていたけど、それでも、この結果は……)



 もう少しぐらいは、まともに英雄たちと渡り合える――そんな思い上がりが心のどこかにあったのかもしれない。

 大地に五体をなげうったスタールは、自分の弱さに少しばかり凹んでいた。



 負けた。

 いとも簡単に。

 同じぐらいの年の女の子に。

 自分と肩を並べる存在であるはずの、同じ英雄に。



 彼らに負けてしまったことに、これほど悔しさを覚えるなんて――少し前ならこれっぽっちも芽生えてなかったはずの対抗心が、今の自分にははっきりと存在していた。



「……身体の調子が悪いんですのね? まだ怪我が治りきってなくて痛みが走るようでしたら、このアタシが薬を調合して差し上げますことよ?」



 ふと、自分のそばに誰かいることに気付く。

 寝そべったままのスタールに声をかけてきたのは、例のボーラーハットの田舎少女である。



 魔術の英雄ミテナ。



 彼女には、手数と駆け引きで負けてしまった。

 魔術使いのミテナもまた、その場の対応力と手札の豊富さで戦うタイプである。砂絵の使い魔に魔術の弾幕、様々な戦法を組み合わせつつ、虚実織り交ぜながら駆け引きで勝負する。

 スタールとの違いは、決め手の一撃も持っているところだ。

 掴みどころがないくせに、油断すれば一気に勝負を持っていくような切り札を備えているなんて反則ではないか、とスタールは内心羨望を抱いた。



「薬って……もしかして、また口移しするつもりかい?」



「っ、お馬鹿、あれは意識を失ってたから仕方なくですわ! アタシの唇はそんなに安くありませんことよ!」



「もう一回キスしてくれたら嬉しくて気を失うかもね」



「お馬鹿」



 んべ、と舌を出されて拒否される。

 さもありなん、と内心頷いたスタールは、もう一回寝そべることにした。



(……こんなにぼろぼろに負けてしまったの、悔しいよなあ。ちょっと今は、立ち上がる気持ちになれないや)



 気力が萎えていることもあるが――寝そべっているうちは、この悔しさを、しっかりと噛みしめることができる。そんな気がしていた。




















 全員一回りしたことで模擬戦は一旦落ち着き、今度は互いが互いを指導する、指導稽古に移っていた。

 ここに来るまでスタールは八回負けていた。他の四人と二回ずつ戦って全負け。一回の勝ちもなかったとあれば落ち込むのも無理はない話である。



「気が散ってる」



「うお!?」



 投げられる。

 柔術の技をその身に受けながら、スタールは何度も地面を転がった。

 忍びの極意。高天原神道流派、竹内流の羽手体術

 こちらの力を利用されるような感覚に、スタールはやりにくさを感じていた。



 相手は、俊敏の英雄エスラ。自分よりも小柄で華奢な彼女に何度も投げられるのは、ちょっと不思議な感覚である。



 スタールは今、彼女にみっちりと柔術を教え込まれていた。



「柔術形は複数ある。投げの形、固めの形、極めの形、そして古式の形。攻撃防御の理合いは、形に宿る。総じて、これ、守破離なり。全部、体で覚えてもらう」



「……お前、実はスパルタだな?」



「?」



 とぼけた顔して、エスラは結構強引なところがある。簡単に「全部体で覚えてもらう」なんて言うあたりが特にそうである。気付いてないとしたら天然の大物であった。





















 器用な英雄ならばすぐ覚えられるだろう。

 そんな雑な導入から始まった柔術形は、かなり強引な詰め込み指導となった。

 即ち、体験即実践の反復の連続である。



 技を受ける「受け」のあとは、すぐ技をかける「取り」に移る。

 連続して行うことで、一体自分の何が間違っているのかを即座に確認する。



 これは、極めて有効な学習である反面、スタールには極めて難儀な学習でもあった。

 なぜなら、自分の間違いの大半は、痺れる右手と、踏ん張りがあまり効かない右足が原因であるからだった。



「踏ん張って。手首を活かして。最初の手首の引き込みが、甘いから、相手を上半身から、崩せてない」



「いや、ちょ、これ、無理」



 投の形なげのかたは、手技、腰技、足技、真捨身技、横捨身技に別れる。

 手技に限らず投の形なげのかた全般は、手首の強さが物を言うため、右手が痺れているスタールには難儀であった。

 では、手首にあまり頼らない腰技と足技ならばどうかと言うと、今度は右足が泣き所になってくる。腱が切れてつま先に力を入れることができず、中の肉が抉れて変な形で皮膚がくっついて突っ張ったこの右足では、踏ん張るのも一苦労である。

 体幹の使い方や体重の掛け方で何とか誤魔化しているが、足技も腰技も中途半端にしか再現できない。



(……ああ、くそ、本当この右手と右足が自由だったらって思うよ!)



 小柄なエスラにいいように投げられながらも、右手右足が動かないなりにも学びはあるはずだと、スタールは頭を巡らしていた。





















 エスラとの柔術は、投げの形を一通り。

 ヴェイユとの盾術は、殆ど実戦形式での試合。

 ミテナとの魔術は、原始的な詠唱チャントの勉強と、共同での陣構築。

 ビルキッタとは、まさかの筋肉トレーニング手法の勉強。



 前半の模擬戦でいいところなしだっただけに、後半の指導稽古は巻き返してやろうと息巻いていたスタールは、意欲的に訓練に励んだ。

 エスラやビルキッタからは学ぶばかりで与えるものがなくて申し訳なったが、ヴェイユやミテナには何か発見を与えられたようで、スタールとしても満足の行く訓練であった。



 まだまだ自分は弱い。

 戦う技術だって、その場しのぎの子供だましのようなものばかりである。



 もっと強くならなくてはならない――そうでなくては、今日の模擬戦のように皆の足を引っ張るだけの邪魔者になってしまう。

 だから、もっと強く。

 叶うならば、何でも器用にこなせるような英雄に。





















 スタール

 Lv:10.26

 STR:4.46 VIT:5.93 SPD:3.89 DEX:131.79 INT:9.49



[-]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 王殺し

 精霊の契約者+

 殺戮者

[-]武術

 舞踊++

 棍棒術

 槌術+

 剣術+

 槍術++++

 盾術++++++++ new

 馬術+++++

 投擲術

 柔術+ new

[-]生産

 清掃++++

 研磨++++

 装飾(文字+++++ / 記号++++ / 図形+++++) new

 模倣++++++

 道具作成+++

 罠作成+

 革細工

 彫刻

 冶金++

 料理++++

 解剖

 歌唱++

 演奏+

[-]特殊

 魔術言語++++ new

 魔法陣構築++++ new

 色彩感覚++

 錬金術+

 詠唱+





















 眠らない存在であるはずの精霊たちに、夜の概念はない。

 眠る必要があるのは、休息を必要とするものたちだけである。

 静謐な夜中の会話は、誰にも聞かれぬように行われた。



「! てめェ、本当はあの坊主に■■■■■■たァ、どォいうことだ!」



「うん、本当のことだよ。ボクは嘘をついてない」



「ほほ、そちの戯言は愉快じゃ。――抜かしよるわ」



「セニョリータ、君は悪ふざけはしないと信じている。考えを聞かせてくれ」



「貴様は……つまり、ここにいる我輩たちに覚悟を決めよと言っておるのだな」



 ここにいる五匹の精霊は、長くに渡って時を過ごしてきた仲間同士である。

 だからこそ、機械仕掛けの妖精のとある告白は、彼らにとって意外なものであった。

 星読みの塔の、古くから使われているアストロラーベが、結末の時が近いことを示していた。



「ボクらはそろそろ、終わりかけの心臓を明け渡すときが来てるんだよ……もう、とっくにね」

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