スタール、王宮料理人に料理技術を教わりながら大道芸の練習に勤しむ(2)

 料理と大道芸――スタールの奇妙な訓練内容は、他の英雄たちも戸惑うところがあった。

 怪我であまり激しく身体を動かせないのは仕方がない。

 器用の英雄なのだから、器用さを鍛える訓練に重きを置きたい気持ちもわかる。

 だが、内容がいかにも理解を超えていた。料理も大道芸も、魔王との戦いにどう役立つのかさっぱり分からない。



 その意味では、英雄たち四人はスタールに同情的であった。奇妙な訓練を申し渡したククリには些か疑念が残る。

 その上、ろくな説明もせずに精霊たちが姿を消した・・・・・となると、取り残されたスタールが可哀相である。



「……なあヴェイユ、スタールのやつ、別に変なことは言ってなかったよな?」



「う、む……」



 膂力の英雄ビルキッタは、隣で身を清めているヴェイユに声をかけた。

 今、彼らは大衆浴場の一つを貸し切りにして使用している。

 いつもは人で混み合っている大衆浴場を広々と贅沢に使用できるのは、ひとえに英雄の肩書の威光によるものであった。



 とはいえ夜は大衆浴場の利用者もぐっと減る。

 湯を炊きっぱなしにすると薪も勿体ないので、夜間は営業しない浴場が殆どである。

 そんな折「湯は魔術で自前で焚くので、夜間に浴場を貸してほしい」という提案は、大衆浴場の経営者からするとむしろ願ってもない良い話である。

 かの英雄たちも利用した浴場として営業できるのだから、悪い提案であるはずがない。



 ざばあ、と浴槽で泳ぐ俊敏の英雄エスラを傍目に、ビルキッタは言葉を続けた。



「俺たちと一緒に日替わりで訓練を続ける。身体さえ万全ならいい方針だろうよ。というか、身体に気を使ったメニューにすれば問題ない方針だったはずだ。

 ところがあの妖精はそれを望んでないように見えた。まるで、血の共鳴・・・・を避けているように思えるぜ」



「……半分正解かもしれんな。血の祝福の力を湧き立たせる選定の剣を我々四人に順番に預けさせながら、かたや我々との共同作業の時間は減らしている。

 週二回の模擬戦は認められたが、それ以上はあえて別々の訓練をしている。これは、意図的に血が騒ぐ・・・・原因を減らしているように見える」



「俺の勘だが――紋様が暴走するのを防いでいるんじゃないか、と思っている」



「……」



 唯一目の前で、蠢く紋様に覆われたスタールを見たことがあるビルキッタは、髪を流しながら思っていることを口に出した。



「すげえ不気味だったぜ。何かに乗っ取られたようだった。多分だが、紋様の力ってのは引き出そうとすればするほど、使用者による制御力が求められる気がするんだ。で、制御に失敗したら、あのように紋様に乗っ取られると」



「……今、スタール殿が器用さを鍛えているのは」



「器用さを鍛えることで、器用の紋様を制御するため――だと思うぜ」



 真面目な口調で語る二人。

 その真剣さは、湯船で爆睡している魔術の英雄ミテナと、湯船をひたすら泳ぎ回っている俊敏の英雄エスラとは対照的であった。



「ではビルキッタ殿。我々も紋様を制御できなければああなると」



「かもな。まあそれ以前に、紋様が全身に蠢くほど力を覚醒させられていない、って段階だと思うが」



「……古龍殿はそんなことを教えてくれなかった」



「俺のハゲ親父もだよ」



 ぽつりと呟くヴェイユの姿には、どこか寂しさを思わせる影があった。

 幼い頃から信じてきた自分の精霊が、自分に対して何か隠し事をしているとは思ってもいなかったのだろう。

 紋様が暴走するとあのようになる。

 とても重要な事実だと思われたが、それを精霊たちは何故か英雄たちに教えていなかった。



「心臓と名前」



「うわ」



 ざばあ、と水面から顔を上げた俊敏の英雄が、いつの間にか話に混ざってきた。

 普段通りの、何を考えているのか読めない表情。いつも彼女は唐突である。



「びっくりした、お前聞いてたのかよ」



「心臓と名前。王家に捧げているなら、制約があるはず。開示できる情報と、そうでない情報が」



 いつも端的なエスラの言葉が、今は少し饒舌であった。

 彼女も何か違和感を抱いているのかもしれなかった。



「紋様の暴走。心臓と名前の制約。全部、初耳のこと。精霊たちは、何かを隠している」



「……やな話だぜ」



「今も、精霊たちは姿を消している。ずっと英雄の側にいればいいのに、それをしない」



 エスラの言葉に、ビルキッタとヴェイユは動きを止めた。その言葉は、彼らの疑念の核心であった。

 英雄たちの目の前から、精霊が姿を消しているのだ。

 とはいえずっと姿を消しているわけではないのだが――彼らは何故か英雄たちから、わざと身を隠すように振る舞っているように感じられた。



「何を隠しているのかは、知らない。選定の儀が終わってから、何か変わった気がする。もしくは、五人の英雄が揃ってから。もしくは、魔王が誕生してから」



 もしくは――スタールが紋様の力を目覚めさせてから。





















 今日のスタールは、ソーシエ担当者と一緒にソースの技術を勉強していた。

 料理の味を左右するソースは、創意工夫が最も大切な分野であり、味に対する豊富な知識と組み合わせの発想力が求められた。



 水で煮出したトリュフを塩で味付けして、これに魚の煮こごりなどのゼラチン質を加えて撹拌し、泡ソースにして風味を豊かにする。泡立てたほうが塩分が少ないのに味を濃く感じるためである。



 小麦粉を油を引いた鍋で火にかけてそこに牛乳を加えて、ホワイトソースを作る。

 かぼちゃを布で裏ごししたピューレを加えると、かぼちゃのポタージュスープが出来上がる。

 これをえんどう豆、グリーンアスパラ、コーン、にんじん、何にしてもポタージュができるので、バリエーションは豊富である。



 さっぱりしたローストビーフに柑橘系のジュレを添える。

 黒胡椒のぴりっとした風味と、燻した木の香りとの相性も考えて、柑橘のジュレには柑橘の皮の汁も少々混ぜて、香りを強くしつつ苦味をほのかにつけるのがよい。



(味を整えるのは、砂糖や塩や酢などの調味料だと思っていたけど、全然そんなことはなかった。ソースは奥が深い。舌に残る滑らかさ、口当たり、食感が味の奥行き・・・を出しているんだ)



 ムースにすれば風味が際立ち、ジュレにすれば料理にとろけるような瑞々しさを付け加えられる。

 食材には、どうしても足りない部分がある。

 もう少し味を濃くしたいがこれ以上は後味がしつこすぎる、瑞々しさを出したいが揚げ物のサクサク感も残したい――そんな両立が困難な味わいを可能にするのが、ソーシエの技術であった。



(他にも、ソースで料理を華やかに見せる技術もある。見た目が茶色っぽく肉肉しくていかにも野暮なときは、添え物に緑のパセリを乗せるだけじゃなくて、ラズベリーの赤いソースで彩りを作ることだってできる)



 ソーシエのもう一つの真骨頂。それは飾り付け方である。

 スプーンを使って、細かい点状にソースを落とす。

 皿の縁に曲線を幾重にも重ねて、きれいな模様を作り上げる。

 盛り付け方の中でも、ソースは最後に液体をかけるだけなので、最も自由度の高く工夫の余地のある作業となる。



 フルコース料理に鮮やかさという名の命を吹き込む作業。

 典礼書の写本のときに学んだ、細かな模様づくりやレタリングの技法が、ここにきて実を結んだ。



 味づくりの技術はともかく、飾り付けに関しては、スタールはかなり高評価をもらったのだ。それも第一線を走る料理人たちからである。



(心なしか――本当に何となくだけど、味への理解が深まっている気がする。何だか今なら、変なものを混ぜられた料理とかに気付ける気がする)





















 大道芸はまだまだ続く。

 ちょっとずつコツが掴めてきたコンタクトジャグリングとは違い、リンキング・リングはかなり苦戦を強いられていた。



 輪っかのジャグリングは簡単である。空に投げて掴むだけ。ちょっと反則技に近いが、ルーン文字で投擲を補助すれば、あとはタイミングを掴むだけである。



 輪っかをアーチ状に広げるのも、まああまり難しくない。鎖状になったリングにひねるように力を加えて、アーチの形がずれないように固定するだけだ。



 束ねた輪っかをぱたぱたぱた……と蛇腹のように広げるのも難しくはない。そうなるように最初に形を作っておけばいいのだ。

 ヤコブの梯子――これを早わざでやろうとすると難しかったが、指を鳴らしたり、輪っかを大げさに振って視線誘導をしたりしているすきにやれば、やれなくはなかった。



 だが、輪っかを高速で繋いでいくリンキング・リング――本当に初歩の初歩のわざが、何故かスタールには難しかった。



(繋ぎ目を目で見ちゃだめだ。視線は客に向ける、もしくは視線誘導先に向ける。手の形と感覚で輪を繋いでいくんだ。実際に早く輪を通す必要はない。相手の視線をそらして、体感的に早く輪を繋げばOKなんだ)



 イメージする。

 輪をどんどん繋いでいく想像。

 そういえば、模倣の第一歩は想像と実演の繰り返しからだ、とか何とか、ククリが言っていた気がする。



(世界の仕組みに気付いたんだろ、僕は。これぐらいの簡単なこと、やって出来ないことはないさ。敵との戦いだって、視線誘導をして虚をつくことが大事なんだからさ)





















 コンタクトジャグリングは、体幹の使い方、体全身の筋肉の使い方を面白いように刺激してくれた。

 普段は使わないような筋肉も使いながら、なおかつ関節の駆動する範囲や部分を再発見させるような――身体の仕組みを少しずつ覚えるような楽しさがあった。



 指の上をぐるぐる回すように水晶玉を弄んでいるスタールは、ふと左手の指がとてもなめらかに動いていることに気づいた。



 利き手じゃなかったはずなのに、コンタクトジャグリングを覚えたことで、幾分か器用さが増えた気がするのだ。



 痺れの残る右手も、ややぎこちなさは残るものの、左手の真似をすることで少しずつそれっぽさ・・・・・は取り戻してきた。



(……もしかして、リハビリに良い刺激になっているのか? コンタクトジャグリングが? というよりも、何年も続くリハビリ生活で忘れてしまっていた身体の動かし方をもう一度思い出しているのか……?)



 水晶玉が身体のあらゆる点を転がり、それを操るスタールは自然に身体のあらゆる点を意識する。

 その点を隣から隣へ滑らかに動きを繋いでいく行為は、何か忘れたものを無理やり思い起こさせるような効果があった。





















 なお、ボイスパーカッションはもう半分やけくそのような気持ちで取り組んでいた。



 ボンゴやコンガのような打楽器の音を模倣して、口腔の奥に空気をためつつ、舌で押さえつけた息を吐き出すようにして、深く低い音を出す。

 胸から声を出すような意識をもって音を出すと、勢いがついてそれっぽさが増すように感じられた。



 ところどころにリムショット(ドラムの金属部分を叩くような硬い音。カッ、という音が近い)を入れることも忘れない。

 このリムショット音は息を吸うときにも応用できる。息を吸いながら喉の奥で音を出すのだ。リズムやグルーヴ感を崩さないようにしながらもパーカッションを続けるテクニックである。



(……何だかそれっぽくなってきたような、音を真似するコツがちょっとずつ分かってきたような……?)



 人間の口は思ったよりも色んな音を出すことができるらしい。

 舌や喉の使い方の幅が広がった気がする、とスタールは妙な感覚を覚えるのだった。











 スタール

 Lv:10.19

 STR:4.37 VIT:5.82 SPD:3.83 DEX:131.22 INT:9.38


[-]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 王殺し

 精霊の契約者+

 殺戮者

[-]武術

 舞踊++ new

 棍棒術

 槌術+

 剣術+

 槍術++++

 盾術+++++++

 馬術+++++

 投擲術 new

[-]生産

 清掃++++

 研磨++++

 装飾(文字+++++ / 記号+++ / 図形+++++) new

 模倣++++++ new

 道具作成+++

 罠作成+

 革細工

 彫刻

 冶金++

 料理++++ new

 解剖

 歌唱++ new

 演奏+ new

 曲芸+ new

[-]特殊

 魔術言語+++

 魔法陣構築+++

 色彩感覚++ new

 錬金術+ new

 詠唱+ new



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