スタール、英雄たちと共に選定の剣を使いこなすことを決意する(2)
魔王が生まれた。
魔王が生まれた。
かつて世界を全て呑み込まんと魔王たちが生まれた。
魔王は争った。
魔王は争った。
かつて大陸を全て支配せんと魔王たちは争った。
魔王は討ち取られた。
魔王は討ち取られた。
かつて世界に恐怖をもたらした魔王たちは、英雄によって討ち取られた。
残った心臓は、英雄たちが食べた。
化け物の心臓は、野放しにしてはいけない。
そして英雄たちは、化け物になった。
――ネリーネ・スィレナ著『民間伝承と今昔物語』より抜粋。
「……確認する。僕たちは二ヶ月の間に、我々は全員強くなる必要がある」
「俺は魔物を狩りまくる」
「私は武術の鍛錬を繰り返す。徹底的にだ」
「走る」
「魔術はやることが多いですけども……アタシは魂の器に追加して術式を刻み込みますわ。御前試合を通じて、また少し魂の器が広がった気がするんですの。きっと前より強くなってみせますわ」
会議卓に精霊たち五匹が戻ってきたときも、英雄たちの議論は唯一つのポイントに議論の焦点が集まっていた。
スタールたち五人は、方針として各個人それぞれが強くなることを優先事項だと考えていた。
英雄同士が鍔迫り合いをすることでも、紋章が共鳴してお互いに強くなる。だがしかし、二ヶ月ずっと模擬戦を繰り返したとしても、実際はそれほどの効果は見込めないという。
手合わせは頻繁に行うものではなく、少し期間をおいてから行うほうがよい、と契約精霊たちは言うのだった。
よって、模擬戦は一週間に二度ほどにし、それ以外は各個の鍛錬期間に充てるのがよい塩梅となった。
「おォとも、魔物を狩るのが魂の器を広げる近道だからなァ! 英雄の本分たァ、魔物の手から民を守ることよ!」
「我が姫の意見は尊重しよう。盾術を鍛錬し直すついでにその演舞を兵たちに披露すれば、兵たちの訓練指導にも役立つであろう。それに、せっかく器用の少年もいるのだ。君の観点で我が姫の運体術を調整してほしいところだ」
「ほほ、妾の下僕は
「Como se esperaba! Señorita!(そう来ると思った、セニョリータ!) セニョリータは本当に無茶をする! その前に私と魔術の訓練サ。魂の器への施術は私が取り持つ。いいね、セニョリータ?」
概ね精霊たちも、英雄たちの方針に異論はないようであった。
今まで強くなるために真剣に取り組んできたことの延長線上の行為なのだから、それほど基本から外れた行為ではないのだろう。
一部、ミテナの行為だけは傍から見てもやや危なっかしく聞こえたが、それにはきちんと精霊のエスパダ・ロペラが釘を刺していた。
あとはスタールの方針である。
これには我ながら自信があると感じている。
今のスタールに足りていないのは、他の英雄たちとの連携の経験値である。
故に――。
「一週間に二度の模擬戦は当然のこと、僕には皆と比べてツーマンセルの経験が足りない。だから魔王戦を想定して、それぞれの訓練に同席しつつ器用に立ち回ることを覚えようかなと――」
「? スタールは料理と大道芸だよ?」
「そう、料理と大道芸――え?」
故に――料理と大道芸。
些か予想の斜め上の答えに、スタールは少々狼狽えた。
「おいククリ、僕は他の英雄たちと共同戦線を組んだ経験が足りないんだぞ? 戦い方の幅を広げる意味でも、訓練に同席して引き出しを増やすべきだ」
「逆だよスタール。戦い方の幅を広げるのは模擬戦で十分。共同戦線を張ろうとしちゃだめ。魔王との戦いは訓練で培っただけの付け焼き刃の連携じゃ太刀打ちできない」
「それを本物にするんだ。僕が頑張って追いつく。立ち回りの器用さの素質で、何としても実現してみせる。
それによく考えろ。英雄同士は血の共鳴を引き起こす。その意味だけでも、誰かのそばにいたほうがまだいい。
それだけじゃなくて、選定の剣をみんなに試しに握ってもらう機会を与える意味でも、僕が各個の英雄たちの訓練の場に同席する意味がある」
「そんなの代わりばんこで皆に預けちゃおうよ」
「そんなのって……紋章の力を引き出す選定の剣は、魔王戦の切り札だろ?」
「
いい? スタールの切り札の器用さは、意外性と模倣と創意工夫で出来てるんだよ? 君は誰もが思い付かない意外性で状況を打破する英雄になるんだ」
「僕は魔物を狩った経験が足りてない。付け焼き刃というなら盾術もまだ付け焼き刃だ。ずっとリハビリ生活だったから、体力だって走り込みで伸ばしたい。魔術の知識だって、ルーン文字や典礼言語の外延的な知識を広げたいところなんだ」
「この中の誰かの劣化コピーになりたいの? ねえスタール、ちょっと他の英雄たちに憧れすぎてるよ」
憧れすぎている。
その言葉は――スタールの最も痛いところを突いていた。
今までこれほどまでに、明確に強いとわかる人たちに、出会ってこなかったのだから。
ククリとの押し問答は意外なところに飛び火して、少しばかりスタールの顔を渋くさせた。
「何でもできる器用さにかまけちゃだめ。無い物ねだりになっちゃうよ。スタールが、ずっとずっと英雄に憧れているのはわかっているけど、自分もれっきとした英雄なんだから、自分を信じて。自分の戦い方をね」
「……自分を信じた結果、他の英雄たちと同席するべきだと考えているんだ」
「大丈夫。最初の一週間、ボクを信じて」
「っ……御前試合で、僕は、どれほど自分の
頑強さも、魔力も、俊敏さも、そして膂力も。
それぞれがあと少し足りていたら――と思わざるを得ないような、かなり際どい勝負だった。
いくつか勝利をもぎ取ったのは、実に幸運だったとしか思えなかった。
「違うよ。久々に手足が
「……っ」
周囲の四人の英雄たちの顔がさっと変わった。
明らかに言いすぎだ――と、表情が物語っている。
辛辣な言葉を浴びせられたスタールは、それこそ、かつてないほどの険しさを見せていた。
それは、英雄に憧れ続けてきた少年にとっては、あまりに酷な指摘である。
「……ククリ、お前こそ冷静さを失っているよ。お前こそ、器用さとやらの開花を焦っている。今までも変な訓練をやってきたけど、今回は流石に意味がわからないぞ」
「……。君は、自分が器用な英雄であることを、本当に誇りに思っている?」
「……僕の決断を尊重しないのか、ククリは」
「しているよ。でも、ボクは本気だもの」
「名前と心臓の契約も教えてくれなかった間柄で、本気もあるものか。僕ら二人の信用の問題だ」
「……っ、尊重してる。スタールの考えだって痛いほどわかるよ」
「ならばさ、大事なことを隠していた僕の契約精霊が、それほど間違いじゃないはずの僕の決断を尊重してくれないって状況でさ、何かを焦っているような意味のわからない指示を出してきて、はいそうですと僕が従うと思うのか? 何が痛いほどわかるんだ? ククリは、感情まで歯車なのか?」
「……っ」
「……」
「……」
今度こそ、沈黙の温度がとても冷ややかなものに変わった。
大事なことを話してこなかった精霊にも、どこか内心で“器用さ”を信じきれていない少年にも、その沈黙の意味は重いものがあった。
「……坊主。お前さんの気持ちは分かるがよォ、ちょいとあのククリはちょっと不器用で頑固な奴なもんでなァ。坊主とよォく似とる」
「……主君と従者の関係だ。我輩は口を出すまいと思ったが、許されよ。ククリの感情は歯車ではない」
「……そちは青い男じゃのう。嫌いじゃないぞよ。ちょっとばかりククリが言いすぎておるが、聞き流してたもれ」
「……セニョール。ここは私エスパダ・ロペラも口添えする。あの精霊を信じてやってほしい。ククリはとても情の深い子だよ」
「……。僕が、説明もなしに、言い包められるとでも?」
「おい坊主」
それは突然の援護だった。
まさか四匹の精霊たちも加勢するとは思わず、スタールは少し胸にしこりを感じた。言わなくてもいいような言葉がつい口を突きそうになった。
――僕の言葉は、僕の考えは信じないのか? 僕のことは信じていないのか?
と。
「……ククリ。魔王との戦いに、料理と大道芸が役に立つとは思えない。僕は真剣に話している」
「ボクも真剣だよ。最悪、大道芸だけでいい。半分の期間はスタールの言うとおりに、皆と同席して訓練してもいい。だから――お願い、信じて」
「……時間は限られているんだ。僕は正直、半分も価値を感じてないんだ」
「スタール」
「……頭を冷やしてくる。ククリも頭を冷やしてこい」
残り二ヶ月で強くなる――その序盤から、早速スタールはうまく行かない予感を感じ取っていた。
本当はもっと感情をぶつけたかったところだったが、辛うじて残っていた理性を総動員して、それでもなお呑み込みきれない不条理に、彼のわだかまりは強くなった。
「どうされましたか、器用の英雄スタール殿」
「……えっと、失礼します。シャムシール姫殿下」
「殿下ではありません。もはや私は一介の女給にして忠実なる王家の武器、シャムシールです。どうか呼び捨てにしていただきたく」
「……恐れ多いです」
会議卓の議論から逃げてきたスタールは、一旦自分にあてがわれた客室に戻って考えを整理しようと思っていた。
部屋の清掃をしていたシャムシールと鉢合わせになったのは、誠に偶然のことである。
仮にも相手は姫なので、自分の身の回りの世話をされることに違和感が強くあったが――冷静さを取り戻したいスタールは、今はありがたく甘えることにした。
「……では、シャムシール様」
「はい。様付けも要らないのですが、よいでしょう」
「もし仮にですが――自分の精霊の忠告が信じられないときは、僕はどうすればいいと思いますか?」
「信じるほうが良いかと」
即答。
正直なところ、その答えはスタールの想定外であった。流石にこの回答は、部外者だから、何も知らないから、一般論に即してこう答えられてしまった感が強い。
何か二の句を告げようとしたスタールに、それでも女給は言い含めた。
「信じるべきです。あの精霊はあなたのために泣いたのです」
「……え?」
「あなたは知らないのですか?」
さも不思議そうに彼女は続けた。
「あなたは御前試合で、とても酷い有様になりました。宮廷魔術師が手を尽くして、手厚い看護と回復措置をとって、ようやく貴方は小康状態を得たのですよ。
その間、あの精霊がずっとあなたのそばで泣いていたのを知らないのですか?」
「……」
「そばであなたのために泣いてくれる人がいることが、いかに幸せかご存知でないのですか?」
「っ」
その時スタールは、自分の愚かな問いかけに後悔を覚えていた。
少女の仮面の下から、何も見通せないような冷たさを感じ取ったからである。
「……」
(そうだ、僕と彼女は本質的には仲良しではないはずだ。何を僕は浮かれていたんだ――)
彼はあれ以来、腕と足の自由を失った。
彼女はあれ以来、顔を失い、地位も名前も生き方さえも失った。
別にお互いに悪いわけではないのだが、いい思い出があるはずがない。
スタールでさえ、助けてやったのにお礼の一つも寄越さない彼女のことを――筋違いだとは分かりつつも、そうやってたまに彼女のことを恨んだことがあるのだから。
ましてや彼女の場合だって、むしろあの時に下手にワイバーンを刺激して顔に傷を残させたスタールのことを恨んでいる可能性が大いにあり得たのだ。
泣いてくれる人がいることがどれだけ幸せか。
思いもかけない言葉であったが、反論の言葉があるべくもない。
まして、かつての因縁ある姫の言葉なのだからこそ、先程の言葉には感じるところがあった。
(もしかして、かつてのサマサ姫の側には、彼女のために泣いてくれる人はいなかったのかも……いや)
「……失礼しました。器用の英雄スタール殿。出過ぎたことを申し上げました」
「……まさか。僕の方こそ失礼でした」
仮面の下の声は、少しばかり硬質で親しみを感じにくい。
全然関係ないことだったが、スタールは自分の精霊に対して心まで歯車のようだと揶揄したことを思い出して、胸にちくりと痛みを覚えた。
「……料理の訓練か」
「……料理ですか? なるほど。つまり、英雄として強くなりたい器用の英雄殿と、料理を勉強しろというククリ殿の見解の相違でしたか」
「! あ、いえ、今の一言は」
「であれば、料理はそう悪くないかもしれません」
口が滑った。
そう思ったスタールに、続けて意外な言葉が飛んできた。
「この王宮で料理を手伝ってもらうのも悪くありません。良いでしょう。毒を仕込まないよう徹底して身体検査を行いますが、私の権限で取り計らえる範囲です」
「しかし、僕は」
「好意的に考えると、料理では数多くの魚や肉を捌きます。刃物の扱いは当然、生き物の解剖技術にも明るくなります。これは魔物を狩った後の素材解体に役立つでしょう。
それだけでなく、刃物の研磨も含めた多数ある調理道具の手入れの技術は、冒険道具の手入れにも通じるところがあります。
王宮にふんだんにある香辛料を使った調味技術や、王宮料理に触れることでしか学べない豪華な盛り付けの技術は当然、あなたの器用さを伸ばすことに直結します。
それどころか、調理自体、あなたが冒険者になって野営をする際に直面する大事な技術なのです。火の扱いや味の工夫など、とにかく調理をしない冒険者はいないのです」
「……」
「一つ一つしっかり学ぼうとするならば、とても回りくどい学び方ですが、なるほど、器用さがずば抜けている人であれば、並行して複数の大事な技術を取り急ぎ身に付けることができる……。
負傷して無理な訓練をできない貴方が、身体の治癒を進めつつも技術を身に付けることができる手段としては、悪くないでしょう」
(……ククリ、お前は)
立ち上がる。
感情を爆発させている場合ではなかった。
ここに至ってスタールは、自分の短慮を取り消したい気持ちになっていた。
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