スタール、仮面姫と出会う

「――現在、謁見の間は人払いをされております。中には獅子王陛下と、皆様の契約精霊がお集まりになっております。こちらへどうぞ」



 翌日、物々しい仮面を付けた女給に案内されて謁見に向かったスタールたちは、言葉に出来ない不安感を抱いていた。

 思えば、昨日からずっとククリがそばにいなかった。あの妖精と一緒に過ごしたのはここ半月と少しぐらいの日数だったが、馴染んだ声が近くにないのはもの寂しいところがあった。



 スタールだけではない。他の五人も同じように浮かない顔をしている。無論、スタールよりも過ごした時間が長い彼女たちのほうが、契約精霊が側にいない違和感を強く抱いているであろうと思われた。



「……仮面に興味がお有りですか」



「え、あ、いや」



 突然の給仕からの問いかけ。

 仮面を眺めてぼんやり歩いていたスタールは僅かにたじろいだ。

 別に強く興味を引いたわけではないが、物思いにふける間ずっとその奇妙な仮面が目に入っていたのは事実である。



「……気を害したならごめんなさい。僕はただ、自分の精霊が未だに帰ってきていないことを考えててぼんやりしてたんです」



「……」



 話しかけられると思っていなかったスタールは、しどろもどろに答える。返事はない。意図せずして無視された形になったが、更問いをする勇気はなかった。



 やがて、女給は目的の場所にたどり着くと、「こちらです」と五人の英雄を中へと招き入れた。

 そこは殆ど人のいないがらんどうの謁見の間。

 スタールは僅かに戸惑った。



(……人がほとんどいない……?)



 現在、獅子王陛下による慰問および視察のために、王国の政治機能は各滞在先領地へと移動している。それに伴い、シャンドール領主城の謁見の間は、一時的に王家への謁見の間として機能している。



 人払いをしているとは聞いていた。

 だが、人払いするにしても、ここまで関係者が立ち入らないのは稀であると言えた。今来たスタールたちを除けば、この場には宰相さえおらず、獅子王と五匹の精霊しかいないのだから。





















「――汝らに聞きたいのは他でもない」



 と獅子王アンリは、その場に既に侍っていた五匹の精霊に問うた。



「王家への変わらぬ忠誠を、未だに持っているかということだ。膂力の巨人、頑強の古龍、俊敏の屍姫、魔術の狩人、器用の調律師よ」



「おォとも、王家の武器、クラゼヴォ・モルの名にかけて」



「吾輩の心臓と名はとうに王家に捧げた。今は武器の名、スクラマサクスの名にかけて」



「妾の心臓と名前はすめろき獅子王のもの、この袙扇あこめおうぎの名にかけて」



「Como os plazca, Don león.(仰せのままに、獅子王陛下)私は今は王家の剣。このエスパダ・ロペラの名にかけて」



「ボクの名前と心臓が御元にある限り、このククリの名にかけて」



「では問う――汝らは己の子を殺すことができるか」



 獅子王の声は極めて無感動なものであった。

 この場に集まった五匹の精霊がそうであるように、表情から感情が推し量れない。

 ただし、己の子を殺すことができるかという問いかけそのものは、その場の緊張を急激に引き上げた。



 話の流れはわからないが、獅子王はかなり酷な質問を突きつけているように見受けられる。

 凄い場に居合わせてしまった――とスタールは身を小さく縮めた。



「古の言い伝えによると、巨人族、古龍族、屍人族、妖精族、機人族、それぞれに王の器をもつものが現れる。この五名の魔王を誅せなくては、普人族の安寧に大きな禍根をもたらすことは想像に難くない。

 だが、この五魔王は汝らの同輩である。汝らはあくまで、名前と心臓の契約によって縛られているだけに過ぎぬ。汝らの心が普人族にあるとは限らぬ」



 覚悟を試すような重さ。獅子王の言葉に、嘘が通用するような甘さは一切なかった。



「汝らが真に王家の武器であるならば、忠誠を示せ。来たる魔物の群集暴走スタンピードに立ち向かってみせよ。宣託ホクムは降りた。

 古都ラリベラに魔物の群れが襲いかかる。しかもただの魔物の群集ではなく、魔王の一角が率いる群集である。これを見事退けてみよ」



 場の重圧が喩えようもない高まりを見せた。

 殺意さえ感じられるほどのやり取り。心臓の凍るような沈黙が続いた。





















(……心臓と名前を王家に捧げているって、それに王家の武器だとか何だとかって、そんなの僕は、ククリからは何も聞いていないぞ)



 スタールたちは状況の理解もおぼろげなまま、その場に立ち尽くしていた。ただ、何となくだが、王家との契約関係が伺えるような会話の一幕でもあった。

 何故教えてくれなかったのか、という引っかかりは残る。

 だが、それよりももっと大きな問題として、この契約の在り方に強い衝撃を受けていた。



 心臓と真名を王家に握られている――だからこの五匹の精霊たちは王家に逆らえない。とても明瞭で分かりやすい契約の形。



「獅子王陛下。英雄たちを連れてまいりました」



 五匹の精霊が形ばかり頭を垂れているその最中に――現実に言えばそんなに生易しいやり取りではなかったが――仮面の女給が無謀にも口を挟んだ。



「そうか。では仮面を外せ、シャムシール」



「はい」



 物々しい仮面が外される。

 瞬間、スタールは目を見開いて硬直してしまった。



(多分整っていたはずの綺麗な顔が、目を背けたくなるほど焼けただれている。しかもこの顔は、もしかすると――)



「お久しぶりです、器用の英雄スタール殿」



 知っているのか、という他の四人の英雄からの視線がスタールに集まった。

 だが、それに答える余裕はスタールにはなかった。

 頭の中が一瞬白くなり、何を答えたらいいのかわからなくなるほどの衝撃が走る。



「今の私は仮面姫、王家の武器シャムシールと名乗っております。お見知りおきを」



 かつて彼がワイバーンに立ち向かったとき、助けようと思った相手。

 そして彼が、心の底でどこか良い感情を抱いていなかった存在。

 自分がこんな目にあって苦しんでいる間、お前は一度もお礼や見舞いに来ずに無事のうのうと暮らしているんだな、と心のどこかに不条理な気持ちを抱いていた対象。



 二年前に助けたはずの姫が、感情の欠落した顔立ちでそこに立っていた。

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