スタール、本試合に出る(2)

「――火遁・五山送り火の術」



 炎が大の字になって襲いかかってくる。咄嗟に屈んで盾に身を隠す。熱風が通り過ぎる。

 開幕から僅か二秒のことである。



 ぎぃん、と盾に何かがぶつかった。続けて当て身の音。

 盾に正面衝突したのか、とスタールが理解する間もなかった。



 俊敏の英雄が、盾を転がり縁に足をかけ、空を飛んでいた。



「な――」



「遅い」



 背中に衝撃。二発ほど何かがあたった。

 一瞬ひやりと冷たく、そこから灼けるように熱くなったので、ああ、苦無が刺さったのかと理解した。



 身を捻って盾を回す。空中の俊敏の英雄にぶつかる。

 人を打撲したような嫌な感触。

 だが俊敏の英雄は空中で二転三転したのち地面に受け身を取ると、たっ、たっ、と二歩ほど引いて平気そうに立ち上がった。



「はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」



(スタミナの切れた人間の動きじゃない! 何だあの馬鹿みたいな速さは!)



 予想以上にも程がある。スタールは戦慄した。

 影が揺らぐ。

 音がない。

 黒い服と接近音がないおかげで遠近感が狂う。



 ならば、と盾を前に構えて突進する。

 シールドチャージ、に見せかけた牽制。

 どのみちそこまで走れないスタールは、相手の動きを読んで後の先を取るしかない。



「!」



 盾に強い衝撃。強烈な回し蹴り。盾越しに腕が痺れる。

 だが相手からの連撃は来ない。たっ、たっ、とまた軽やかに距離を取る音が聞こえた。



「はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」



 相手は膝をついて片手で印を結んでいた。

 またスタミナが切れたのか、と思った次の瞬間、石つぶてが連続して飛んできた。なるほど呼吸を整えている時間は忍術でカバーする戦い方らしい。



(戦い方が見えてきた。典型的なヒットアンドアウェイ戦略だ。僕の槍が僅かに届かないところに構えて、遁術と苦無で少しずつダメージを重ねて、隙を見つけたら一気に接近して一撃を喰らわせる。離れている内はスタミナが切れた身体の呼吸を整えられるし、戦略としては悪くない)



 苦無が三本飛んでくる。一本を躱して二本を盾で弾く。



「気をつけてスタール! 苦無に呪符が付いているよ!」



「――水遁・水縛鎖の術」



 ククリの忠告とほぼ同時に、スタールの身体は水の鎖に巻きつかれてしまう。

 瞬間、恐ろしい速度で駆け寄ってくる俊敏の英雄。手には外縛印。不動金剛縛りの重ねがけである。

 だがスタールは、突破ダエグのルーンを描きなぞった手のひらで鎖を引きちぎり、真っ向から槍を突き出した。



 ――躱される。猫のように。

 全てが速すぎた。



(槍を手放せば僕だって!)



 槍を手放すと同時に手をかざす。右の手のひらには停滞イサのルーン。だが手のひらが触れる前に腕を払われ、強烈な回し蹴りが飛ぶ。盾が間に合わない。



「がはっ……!」



 内臓ごと吹き飛ばされたような衝撃。スタールは目を剥いて、地面を大きく転がった。

 更に苦無の乱れ打ち。衝撃に痺れるスタールは碌に弾けず、何本か刺さる。



「火遁・牡丹花火の術」



 追い打ち。肩と胸当てと太腿が爆ぜる衝撃。



「水遁・霧縛鎖の術」



 水鎖で濡れた服が濃厚な霧で雁字搦めに縛られる。同時に飛んでくる苦無の群れ。突破ダエグのルーンでの脱出が間に合わない。



「忍法・変わり身の術」



 遮二無二に霧から逃れた途端、苦無が俊敏の英雄に入れ替わる。鳩尾と顎を強打されて意識が白くなる。



(速すぎる! 何だこいつは!?)



 関節技で腕を決められて位置が反転する。投げないのか、腕を折らないのか、と考えてすぐに気付く。

 苦無と入れ替わっただけということは苦無はまだ――。



「――――!」



(無茶言うなよククリ、逃げれない)



 白けた視界がまだ戻らないスタールを、時間差で苦無が五月雨に襲う。見えないものは躱せない。

 同時に背中を蹴り飛ばされる。



 押し倒して拘束しなかった理由は一つ。――分かってはいるのに体が追いつかない。



(この苦無にも呪符を仕込んでるんだろ……?)



 スタールの体正面は連鎖的に爆ぜた。





















「はひっ、はひっ、はっ、はっ……」



 喘ぐように呼吸をし、それでも敵を油断なく見据える。

 とうに体は限界を迎えているが、忍術と苦無でだましだまし時間を稼ぐ。

 精神力の丸薬を口に咥え、体力の損耗を癒やす。



(勝てる、大丈夫、凌げる、まだいける)



 俊敏の英雄エスラは、乱れた呼吸法を調気法プラーナーマーヤのものに変えて、疲労を少しでも癒やそうとした。



「のう、妾の下僕や。勝てそうかえ?」



「……勝つ……っ」



「ほほ、よう言うた。そちに褒美じゃ。妾はまっこと幸せじゃ」



「……げぼっ」



 吐瀉物が口から突き出る。胃が苦しさでひっくり返る。血が煮えて熱い。疲労のせいで体が重い。

 それでも俊敏の英雄は、諦めないで前を見据える。



「――のう、妾の愛しい下僕や。無理はいかんぞえ? 妾はそちを大事に思っておるでな」



「はっ……はっ……」



 ぞっとするような声――しかし、背筋を掌握されているような、撫でるような甘い声。契約精霊、袙扇あこめおうぎは細い手で俊敏の英雄の汚れた口元を拭った。

 愛しい子をあやすように、とても上品な手付きで。



 ふと、袙扇あこめおうぎは気が付いたように呟いた。



「……嫌じゃのう、見てたも。あの男、まだ立ち上がっておるわ。はよう倒してたもれ」





















 馬がない。ただそれだけで、相手はこんなに立体的に動き、こちらはこんなに機動力を削がれるのか――とスタールは思い知らされた。

 やはり足が尾を引いている。距離を詰めたり距離をとったりするのがこの足では難しすぎる。

 今まで順調に勝ち進んできただけに歯痒い。



 加えて、スタールには有効な遠距離攻撃手段が存在しない。

 魔術の英雄の戦いでも感じたことだが、相手に遠距離攻撃に徹されたとき、その状況を覆す手に乏しいのである。



 ぜえ、と思った以上に弱った吐息が口から漏れた。

 目がまだ痛みでちかちかと眩むが不思議と体は軽い。力が入りきらずふわふわする感覚。



(は、今度弓術でも習おうかね……?)



 膝が笑って普通に立てないスタールは、槍を杖代わりにして立ち上がっている。吹き飛ばされた槍を手元に引き寄せる導きラドのルーン。本当はもっと別の運用法を考えていたのだが、そうも言っていられない。



 今までの疲労、今までの負傷、その全てがここにきて枷となっている。

 先程の爆撃も、来ると分かって全身に力を込めて身を固くしたから衝撃に耐えきれたというもの。

 加えて言えば、癒やしベルカナのルーンを刻んだ木材を胸当てに挟んでいたが、もう限界が来て今しがた壊れてしまった。



「スタール、向こうの精霊が凄い目で睨んでるよ。きっとあの顔ぶりだと、あいつの契約者の子も余裕がない」



「……は、そうかよ」



 左手の突破ダエグのルーンで槍を再びなぞる。今までの試合前にスタールが欠かさず行ってきた準備動作である。

 盾の背に刻んだ防御アルジズのルーンも再びなぞる。

 今までの瀬戸際の勝負を助けてくれた、刻印魔術たち。

 既に消耗しきったスタールにとっては、この僅かな恩恵さえもが心強い。



「スタール、勝ち目はある?」



「ゼロだ」



(圧倒的に不利だったところを戦略的に長期戦に持ち込んで互角へと運んだヴェイユとの戦いや、逃げ回りながら相手の消耗を強要して逆転の一手となる高位魔術を準備したミテナとの戦いとは違う。今の僕には戦略がない。相手との純粋な根気比べになる)



 すなわち、どこまで立ち上がれるかという不毛な戦い。



「ゼロだけど……今からこじ開ける」



 乗馬戦ではリーチが短く、技量も拙いから封印していた腰元の剣――選定の剣がかちゃりと鳴った。

 遠距離戦はともかく、体術と苦無を使う超接近戦ならば、スタールにもまだやりようがある。

 火傷を負った肩と脇腹が、戦いの予感にひりついた。





















 槍投げ。

 正直なところを言うと、スタールが魔術の英雄との戦いで使おうと思っていた秘策の一つである。馬に乗って逃げ回るミテナを、導きラドのルーンの槍が追い詰めるという戦い方。だがそれは実現することはなかった。



(でも、魔術の雨や砂絵の使い魔で槍を投げる暇さえ与えてくれなかった魔術の英雄と違って、お前の攻撃は長く続かない)



 お粗末にも変な方向に槍が飛ぶ。だが槍が不自然な軌道を描いて俊敏の英雄へと向かったとき、彼女は驚くほど早く反応した。

 槍を弾く。槍は再び空を回って彼女を狙う。

 再び槍を弾く。槍は執拗に彼女を狙う。

 埒が明かない、と勘付いた彼女は、術者のスタールへと攻撃の矛先を変えてきた。



(さあ来い、お前が休む暇はもうないぞ――)





















 死闘、とばかりに続く接近戦。

 回し蹴りと掌底が乱舞する。盾と剣が迎え撃つ。突破ダエグのルーンで強化された槍が間隙を縫うように飛んでくる。

 休む暇は急激になくなった。

 目まぐるしい緊密な試合。独特な歩法がお互いの攻めの拍子を読みにくくさせる。



(僕のは歩法もどきだ。軸足はほぼ固定して、片足に負担をかけないようにしているにすぎない)



 距離を詰め、身を入れるか身を引くかを自在に操る。相手の技の初動を潰す盾術の奥義。

 序盤こそ俊敏の英雄の体術に手酷くやられていたが、戦いの呼吸が掴めてきたのか被弾が少なくなっている。

 身を引くことで勢いを殺す要領も掴めてきた。

 この巧みな運体術のおかげで、今のスタールは、形なりには相手の手数ある攻撃を何とか捌けている。

 肝心の剣術はお粗末だったが、それでも戦いを続ける上で剣の振るい方が安定してきた。



(それでも止めきれないな、この速さは)



 ひ、ひ、と引きつけを起こしたような危険な呼吸が聞こえる。相手の体術も精彩を欠いて、スタールの隙を叩くだけになっている。

 しかし十分に驚異。

 苦無の呪符が油断なくスタールを襲う。隙を見せれば雷撃や爆撃が襲ってくる。

 スタールとて一挙一動が苦しい。終わりが全く見えないのが、互いにとって地獄であった。



 げぼ、と相手がむせた。

 容赦なく盾で叩く。身に直撃したような嫌な感触が手に伝わるが、てん、てん、と相手は軽やかに跳ねて受け流した。



(いや、効いている)



 槍が彼女を追い立てる。スタールも挟み打つように距離を詰める。

 左右に大股になった不自由な走り方。だがこの選定の剣の呪いはかするだけで驚異。

 追い詰められた俊敏の英雄は、その名の如く機敏に旋脚して槍と剣の切先を共々弾いた。

 がら空きの胴を蹴る。くの字に相手が飛ぶ。爪先が肉を蹴った感触があったが、すぐに相手は起き上がる。



(なるほど、戦いで吹き飛ばされたように見せかけて身を引いて距離を取るか!)



 そうまでして呼吸を整えるか――とスタールは考えたが、相手は既にもう闘技場の壁に追い詰められている。

 すわ決着か、と思うも相手も巧者、千々に苦無を投げ飛ばして応戦してくる。



 悪あがき、と見せかけた変わり身の術の予備動作と読んだスタールは、そのまま選定の剣を振り抜いて投げた。



「!」



 意表を突く一手。

 緊急回避の変わり身の術が発動する。出現する場所は苦無の群れのどこか。盾で面を叩けば一撃を喰らわせられる。



(この一撃が、相手が完全に無防備になる勝負どころだ――!)



 吠える。

 くらくらする視界を、目に見える全てを、思い切り薙ぎ払うように。

 踏み込み、身を捻じり、腰から肩へ、そして遠心力を乗せて盾へ。



「――!」



 貫く。

 腕に伝わる痺れは、渾身の一発を打ち込んだ確かな手応え。





















「――忍法……っ、移身うつせみ、の術……!」



 げばっ、と空から血の混ざった吐瀉物が降る。

 二段階目の転身術。忍びの奥義がスタールの渾身の一撃から辛うじて抜け出させていた。



 振り向いたスタールと目が合う。

 勝負はこの一度。俊敏さをすべて注ぎ込んだ、身体がきしみを上げるほどの旋回。

 相手の延髄にこの踵落としを思い切り叩き込む――。





















 空を裂く鈍い線条。

 相手の身体を吹き飛ばす峻烈な刺弾。最後の読み合いは賭けであった。



「――背中を狙うと読んでいた、それがお前らしい勝ち方だと思った」



 声にならない悲鳴。

 槍に仕込んだ羊皮紙の切れ端――カトのルーンが燃え上がる。



 選定の剣を投げたあとは、槍を全力でスタールの背後に飛ばすのみであった。必ず俊敏の英雄は背後を狙ってくるという確信があった。

 スタールの前正面は、盾の守りと独特の運体術で、決め手を打ち込むのに難儀するはずである。

 必然、裏をかけるなら裏をかいてくる。



 ゼロだったはずのスタールの逆転の目。

 それは、密着した接近戦をずっと続けられたらほぼ負けていたこの試合で、相手が背後を取ってくる瞬間を狙うというものであった。



「名乗りがまだだったな。……僕はスタール、弱そうな英雄だ」



 俊敏の英雄は立ち上がらない。ただ疲労困憊の最中、泥のように横たわっていた。











 スタール

 Lv:9.99

 STR:4.28 VIT:5.72 SPD:3.74 DEX:120.26 INT:9.11

[-]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 王殺し

 精霊の契約者

 殺戮者

[-]武術

 舞踊

 棍棒術

 槌術

 剣術+ new

 槍術++++ new

 盾術+++++++ new

 馬術+++++

[-]生産

 清掃+++

 研磨++++

 装飾(文字+++++ / 記号+++ / 図形++++)

 模倣++++

 道具作成+++

 罠作成+

 革細工

 彫刻

 冶金++

[-]特殊

 魔術言語+++

 魔法陣構築+++

 色彩感覚+

 錬金術

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