スタール、本試合に出る(1)

「……最高ですわ、器用の少年くん。とても清々しい気持ちですことよ、アタシ」



「そうか」



 互いにぼろぼろになった二人は、控え室へと運ばれながら、絶え絶えな息で会話を続けていた。

 強がりもここまでくれば大したものである。どちらも疲労と怪我の度合いは尋常ではなかった。



「魔術で負けたのは、初めてですわ」



「そうか」



「……ちゃんと、魔術で負けたのが、初めてでしてよ」



 ふと、声が湿っぽく震え、涙声っぽいものに変わったのをスタールは感じ取った。



「悔しかったですわ。今まで、馬鹿みたいに力が強かったり、馬鹿みたいに頑丈だったり、馬鹿みたいに素早かったり、そんな、身体能力だけで押し切られるような負け方ばかりしてて、アタシ、何の為に努力してるのか分からなくなって、とても、とても、とても悔しかったですわ……」



「君は強かったよ、ミテナ」



「魔術は、どれだけ頑張っても、どれほど強くなったのか目に見え辛いのですわ。過剰に期待されるのに、いざというときに役に立たなかったり、どんなに勉強してもアタシの知らないことが出てくるんですの。アタシ、もう、体も弱いし、結果もすぐに出てくれないし、ずっと、凄く悔しかったですわ……」



「……そうか」



「今も、凄く、悔しいですわ」



 自虐の笑いと、震えるような吐息が合わさった息擦れ音。かつてスタールが悔し涙を押し殺していたとき、よく聞いた音である。



「アタシ、魔術、魔術の英雄……なのに……魔術で、負けて……ま、まだ戦いたいのに……アタシ、やっと……もっと強くなれそうなのに……ちゃんと、絶対、誰より強くなるって……」



「……」



「ま、魔術が、凄いことを、証明してやるって……他の才能がないアタシだから、他の才能がなくても、こんなに、強くなれるんだって……」



「……そうか」



「……アタシ、魔術で、凄いって思ったの、ひ、久し振りですわ……」



「……」



「そ、そうよ……魔術は、凄いんですもの……誰にも馬鹿に、させない……」



(……あれは、魔法陣の文字や記号や図形の装飾を細かく組み上げただけで、大元は君の魔力を間借りしただけ。典礼文字や魔術記号に詳しくなればすぐにもできるさ)



 涙粒が砂へと落ちる。

 悪夢のような魔術の連撃を紡ぎ、五つの使い魔を同時に使役し、さらに極大魔術を準備して、それでなお届かない境地が魔術にある。

 彼女の涙には、強がり精一杯よりもひたむきな、剥き出しの感情が詰まっていた。



「……絶対、アタシ、あの魔術を、超えて……凄い魔術師に、なってみせますわ……誰よりも、す、凄い、皆の憧れる英雄に、絶対……」



「……」



 聞いているスタールの方が泣きたくなるほどに。

 肩を震わせる彼女の純真な決意に触れたスタールは、どういう慰めの言葉がいいのか、思い付きもしなかった。











「……Maravilloso, no se puede aguantar. セニョール、私は心打たれたぞ」



 突如、薔薇を咥えた鹿が話しかけてきた。染み言っているところを完全に不意をつかれ、スタールは思わずたじろぐ。

 代わりにククリが彼の話に割って入った。



「こっちは聞きたいことがいっぱいあるよ、エスパダ・ロペラ。契約者に薬草を教えたのは君なの? 同じ契約者として言っておくけど、この子は英雄になるために恐ろしく無理をしているように見えるよ」



「¡Claro que no! 違うとも、ククリ」



 空気が少しばかりひりつく。エスパダ・ロペラと呼ばれた鹿は首を降った。



「この子はとても意志が強かった。私が言っても諦めないぐらいにね。負けず嫌いで頑固でじゃじゃ馬なんだ。おかげさまで戦うたびに冷や汗ものサ。だから私は覚悟することにした。危なっかしいこの子を支える、この子の決断を私は最大限尊重すると」



「で、そんな危険な真似をしているの? 命を削るような真似、契約者として止めなかったの?」



「削らないサ。私は森の妖精王、薬草の浄化はきちんと施してある。生き物にとって有害な成分はないと言って過言でない。それに、彼女がいたずらに命を削るような真似をすれば、このエスパダ・ロペラが黙っていないとも」



「……そう。なら信用するよ。森の妖精王のおまじないだもの」



「光栄だよ、señorita maquinada」



 控え室のそばに来ると、魔術の英雄は治療神官たちによって、さらに奥の方へと連れて行かれた。

 別れ際、魔術の英雄が小さく震えているのが見えた。嗚咽を押し殺しているような震え方。

 魔術を極めてきた彼女にとってあの敗北はどれほど悔しかったことだろうか、とスタールは要らぬ心配を脳裏によぎらせるのだった。





















 英雄たちによる御前試合は、ついに後半戦に突入した。



 ここから先は乗馬戦ではない。つまり、馬に頼ることができなくなる。碌に走れないスタールにとっては、逆にここからが厳しくなるとも言える。戦いを通じて馬術にこなれてきただけに、馬の機動力を活かしたり、馬に衝撃を逃したりする戦い方が出来なくなるのは痛かった。



 加えて、連戦となるスタールは体力の摩耗が酷くなっている。

 ヴェイユとの戦いだって楽ではなかったのに、そこから更にミテナとの戦いで手酷く傷付いてしまった。どちらも泥仕合になってしまったので疲労は尚更である。

 はっきり言えば、ここからの試合はスタールにとって不利以外の何者でもない。



(でも、この展開は僕の予想外だ)



 ふらつく身体に一喝を入れ、対戦相手に相対する。

 次の戦いの相手は、俊敏の英雄エスラ。

 序戦で魔術の英雄ミテナを制し、更に次の戦いで膂力の英雄ビルキッタを制した実力者である。

 が、しかし。



「はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」



「……よろしく頼む、お手柔らかに」



 見るからに息切れがひどい。汗もひっきりなしに吹き出ており、顔色も極めて悪そうであった。

 観察するに、体力の限界は向こうのほうが早く訪れそうであった。



「はーっ……はーっ……はーっ……はーっ……」



(なるほど……人の何倍も動くから、人の何倍も体力を消費すると見た。それに、恐らくは手数で戦うタイプだろうから、一発が大きい戦い方よりも体力消費が多くなりがちで、それも相まってこの有様なんだろうな)



 形式を守るため、スタールは武器をかちんと合わせて相対した。本来の御前試合ならば盾を合わせるのだが、相手が盾を持っていなかったのでこの様式となる。



 相手の呼気が荒い。

 連戦となるスタールとて体力に余裕はないが、彼女ほどではない。さてどうしたものかと作戦を案じる。



(本来なら、体力に余裕のないはずのこちらが奇襲をかけて短期決戦に持ち込むのが筋なんだが、この様子だと相手の消耗を強いる戦い方でもよさそうだな。つまり徹底的に守りを固めて、相手の攻撃を受け流す)



 基本的に一対一の勝負は、攻める側が有利となる。

 だが、守る側に高い防御の技術があるのであれば、その限りではない。

 むしろ攻める側は、攻めるときに無防備な姿を晒さないように隙のない素早い動きを心がけねばならず、一撃離脱の動きが多くなるため、どうしても体力消費が大きくなりがちである。



 少しでも隙を見せてしまえば、そこに軽く攻撃を合わせられたとき、攻め側は大きく負傷する。勢いがついた攻撃姿勢からでは、すぐさま守りには入れないのである。

 一方、守る側は少し隙があっても、遅まきながらその場所を咄嗟に守ったりできるし、間に合わなくとも軸をずらしたりと負傷を軽減させることができる。



 このことから考えるに、盾術に心得が少しばかりあるスタールにとっては、相手に攻めを強要させる戦いはさほど悪いものではない。



 ――戦闘開始のラッパが鳴った。



(いや、あまり考えるな。戦闘において速さは脅威だ。ただ速いというだけで手も足も出ないこともある)



 まずは様子を見る。

 無理に奇襲で攻め入って、変な隙を見せてしまってはそちらのほうが致命的である。何せ相手は速いのだ。

 どんなに不意打ちを頑張っても、速ければ後の先を取られてしまう。こと俊敏の英雄に限っては、殆ど奇襲は無意味なのである。

 その点、守りを固める戦いのほうがリスクはなさそうである――。



 そう考えた瞬間。

 スタールの視界は炎に包まれた。



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