スタール、馬上試合に出る(4)
「――さあ、走りなさい!」
魔術の英雄の一声で、砂の使い魔たちが一斉に声を上げて突き進んだ。追撃の一手。攻める手に緩みがない。今まさに魔術の雨に苦しんでいるスタールからすればさらなる受難である。
槍に体重を預けながらもたもたしている場合ではない。被弾覚悟で無理にでも離脱しなくてはならない。
「……ぐぅっ、あっ」
盾の防御を放棄し、急いで身を起こして馬を走らせる。
背中の衝撃にうめき声が漏れるが、気にしている場合ではない。
あの獰猛そうな砂絵の使い魔たちに追い付かれたら、今度こそどうなるか分かったものではない。
馬がひときわ暴れる。被弾したのか、と気を遣る余裕もない。スタールはもっと被弾している。一発一発が目から火花が飛びそうな痛みであった。
(逃げろ逃げろ逃げろ、考えろ、考えろ、考えるんだ……!)
「スタール! よく敵を見て! 君も魔術を使えるんだ! 君も戦える!」
どうにか立て直し、盾を構えて防ぎこむ。
手酷く被弾したので背中が熱く痛い。そればかりでなく、気分がかなり悪くなってきた。あの煙薬のせいであろうか、目も霞むし手先も痺れてきたようである。
だがこうなってくると右手が頼もしい。普段から痺れているこの手なら、逆にこの状況ではよく動いた。
魔術を使える。
ククリの言葉は、何かの打開策のようにスタールには聞こえた。
「――やりますわね、少年。面白いように防ぐこと。でも生憎ここから先は終わりがないですわ。よろしくて?」
魔術の英雄ミテナの勝利宣言。続けて魔術の勢いがより一層強くなる。
姿勢を整えて防ぎこめば、魔術は凌げる。だが砂絵の群れに追いつかれる。
防御体勢を放棄して逃げれば、砂絵の群れからは逃げられる。だが魔術の雨に身体を痛めつけられる。
打つ手なし、万事休す。
試合運びは圧倒的に向こうが有利であった。
だが、スタールの頭の中には別のひらめきがあった。
(向こうも消耗しているはずだ。最初の戦い方のように、逃げ回って魔術を打つのではなく、その場に立ち止まって魔術を打つように切り替えたのには理由がある)
砂絵のコヨーテを槍で叩き潰しながら、スタールは荒い息を吐き出した。
肩に刺さるような痛みが走るが問題ない。姿勢さえ崩れなければ、出血など微々たる話である。
消耗。
魔術をあれほどたくさん打ち続ければ、いつかは消耗してしまうはずである。終わりがないとは考えにくい。
終わりがないですわ、という発言はむしろ、こちらの降参を促すための言葉のように聞こえる。
また持久戦か、嫌になるな――とスタールは獰猛な笑みを浮かべた。
距離の勝負にされると、技量で勝ちに行くのは難しくなる。だが、長期戦となれば、疲労や損耗といった別のまぎれが出てくる。
先程の戦いではその泥臭い戦い方で勝利をもぎ取った。最初の奇襲に失敗した今は、そこに勝機を見出すのみである。
「……僕も、魔術が使えるか」
見る。想像する。戦いはまだ終わっていない。
(粘りますわね。なるほど、こちらの魔力切れを狙っているということかしら)
吹管から煙薬を吸いながら、ミテナは魔力を練り上げた。
槍を使って大地にペテログリフを書いて、それを祈りながら槍で叩く。血を少々槍に滴らせ、最後に煙薬を含んだ生命の呼吸を吹き込む。
しばらくして、その場に砂で出来たコヨーテが再び生まれ、相手の馬へと追走を始める。
魔力を抜かれて身体がなまったように重くなるが、召喚獣はこういった戦いにおいて便利である。
彼女の側にいる契約精霊――エスパダ・ロペラが案じるような声をかけた。
「もう限界かい? しばらく休んだほうがいいんじゃないか? Mi cariño」
(まさか、まだまだですわ。ミ・エスパダ。このアタシ、才能だけじゃなくて根性も一流でしてよ。それにこの長期戦、分が悪いのはアタシじゃなくて向こうですのよ)
「Como se esperaba! Señorita!(そう来ると思った、セニョリータ!) 流石はセニョリータだ!」
薬草は、燻せば魔力を含んだ煙が出てくる。薬草袋からつまみ上げた草葉を吹管に詰め、ミテナはずきずきと痛む頭を癒やした。
選定の剣の呪いはほぼ癒えた。
魔力を練るときの痺れや悪寒は随分と軽くなった。
あとは時間が自分に味方してくれる。
(この煙は、慣れてないものにとっては身体を痺れさせる神経毒でしょうね。けど、
砂絵を描きなぞり、術式を空中に展開し、痛む頭で魔法を想起する。
世界よりも先に、言葉があった。
詩と祈りは大いなる霊への言葉である。
煙をくゆらせて正面を睨むミテナは、歌う言葉に魔力を迸らせ、ただ静かに身を削って戦っていた。
「そうサ、流石はセニョリータ。……お前の意志は、私でも曲げられないほど、とても強いものなんだ。意志が強い人間に魔力が宿るのだから」
そう呟く牡鹿の精霊、エスパダ・ロペラの顔は、思うところがあるのか少しばかり冴えない。
魔術を盾で防ぎ、砂絵の使い魔を槍で薙ぎ払い、隙があれば相手ににじりよる。
絶え間ない攻撃に追い立てられ続けて、馬は既に荒く熱い呼気を吐いて限界を訴えている。馬を潰すつもりなどないスタールは、ここいらで決断を迫られていた。
(相手はあの場所を頑なに動こうとしない。それには何か理由があるはずだ)
見る。想像する。
(あの砂絵の使い魔たち、倒しても倒しても同じ場所から生まれてくるな。だが、見る限り使い魔たちは同じ場所からしか生まれてこない。――つまり、あの場所さえ潰せば砂絵の使い魔を封じることができる!)
相手が頑なに動かない理由はおそらく、使役獣の召喚陣か何かがあそこに設置されているからである。
おそらくは砂絵そのもの。
となればスタールが次に打つべき手は、あの場所を潰して、砂絵の使い魔を無力化することである。
(長い時間をかけて逃げ回った。受け残った魔術のせいで、僕の生傷もかなり多くなったし、馬の体力の損耗が深刻だ。でも、無駄に長い間ずっと逃げていたわけじゃない)
相手の魔力を極力減らし切るため。
相手の魔術を可能な限り分析するため。
形だけ見れば一方的に攻撃され続けたスタールが不利であった。
だが見方を変えれば、ずっと有利な状況を作られ続けたために引くに引けなくなった魔術の英雄、という考え方もできる。
証拠に、魔術の英雄はかなり疲れているように見えた。心なしか、魔術の雨も最初ほどの勢いを感じなくなっている。
馬が嘶く。
もう選択肢はほとんどない。
(この決断が正しかったのか、全く自信がない。もはや殆ど捨て身だな)
こちらが無駄に消耗しただけかもしれない、という悪い予感はずっと残っている。
だが、スタールは今この状況を作り出したからこそ、逆転の目が出てきたように感じている。
相手がほぼ十全の体勢だった序盤の突撃は、スタールの判断ミスで圧倒的に不利な幕引きとなった。
では相手が疲労困憊している今の突撃ならどうか。
「――行くぞッ!」
かかとで馬の腹を蹴り、最後の執念とばかりに魔術の雨の中に突っ込んでいく。
姿勢を低くして被弾箇所を減らす。
ここから更に、泥沼に引きずり込んでこそ勝利がある。
「――呆れましたわ! あなた、どこまでしつこくて!? 頑強の英雄じゃないでしょうに!」
悲鳴。望んでない展開だという気持ちがありありと伝わってくる。
だが戦いの基本は、相手の嫌がる手を打つことである。
飛びかかる砂絵の使い魔たちを、槍で裁いて盾で弾き飛ばし、正面の魔術は甘んじて受け入れる。
鳩尾にいい一発が来たときは、呼吸が止まるほど苦しかったが、それでもスタールは前進した。
遥か昔を思い返す。
翼竜ともみ合って高いところから落ちたときも、横隔膜が痙攣して、呼吸が止まるほどの衝撃だった。あの時を思えば、この戦いなんて怖くはない。
呼吸がうまく行かないこともあって、煙薬による痺れは殆ど感じなかった。
(あと少し)
砂の大鷲が衝突し、思わず仰け反りそうになったが、無理やり身体を捻って受け流した。
今乗っている馬が疲れていることが幸いした。速さが落ちている分、衝突の衝撃も落ちている。
(届け)
渾身の槍を突き出す。
相手の盾とぶつかり、派手な音が鳴る。
上手に受けそこねたのか、向こうは体勢を大幅に崩していた。
(まだだ、届け)
槍を引いてもう一撃。今度は盾の上を滑らされた。
だが相手はかなり苦しそうな表情を浮かべていた。魔術を放ちながらの接近戦は相当辛そうな様子であった。
(引くものか、もう一発だ)
流石に煙による虚脱効果が無視できなくなってきたが、それでも右手はまだ動く。また体重を乗せて一撃。
またもや派手に盾が鳴る。仰け反るミテナは、精一杯の形相であった。
槍を引く際に、足元の砂絵を引っ掻いて消しこむ。安置してあった小さな宝石も弾いて遠くに飛ばした。
もはやここからは意地である。
(何度でも、届くまで)
魔術に至近距離で撃ち抜かれる。
脳天が震えるほどの一撃。肩ごと持っていかれそうになる一撃。
だが、不思議と身体は槍を手放さなかった。
手応えがだんだん分からなくなって来た。だが相手も殆ど限界が近そうであった。
(まだだ、まだいける)
有利だと思っていたか、残念だったな――とスタールはもう一発真正面から槍をぶつけにいった。
完全に受けそこねた魔術の英雄は、痛みに悲鳴を上げていた。
(今だ、ここで)
槍を引いて力を込める。
ありったけの力で相手を突き飛ばすように――とスタールが集中したその時。
光が揺らいだ。
その場の魔力が急に濃くなった。
砂絵に安置されていた、スタールが弾き飛ばしたはずの宝石たちが、魔術の英雄の手元に戻っていた。
「――解放せよ! 虹の光!」
きぃん、と耳をつんざくような甲高い音と共に光条が奔る。
圧巻されるような魔力。すべてを消し飛ばす滅魔の呪文。
まばゆいほどの光が、観客たちの目を眩ませた。
五色の輝きが収束し、ひときわ白く輝く。
魔術の英雄ミテナの切り札の一つ。虹の宝石魔術。
彼女が一つの場所を頑なに動かなかったのは、別に砂絵を制御するだけではなかった。その場に安置していた宝石に術式と魔力を練り込んでいたのである。
(アタシに切り札を使わせるなんて、本当にやりますわね。器用の少年。宝石を三つ弾き飛ばされて、魔術の安定を大きく損なったけれど――)
地鳴りが収まって、光も落ち着いたころ、ボーラーハットで眩しさを何とか防いだミテナは、まだうっすらとしか戻ってない視界で正面を見た。
馬で逃げ回っていただけ。
そんな無策で勝てるほど、魔術の英雄は甘くない。
(僕の読みは三つ。一つ、あの身体の痺れるような煙を吸い続けるのは意味がある。二つ、あの場を動かないのは、砂絵を制御するためと、煙を吸い続けるためと、接近されても薙ぎ払える何らかの自信があったから。三つ、彼女が一戦目と二戦目で戦略を変えたのには意味がある)
光条はその眩さで視界を奪った。
だが、盾で隠れて見えない攻撃を防ぐ感覚はすでに掴んでいる。
(おそらくあの煙薬は魔力を回復するものだ。ヒントはあった。彼女と初めて会った時、『薬草の煙で回復を祈るという儀式がある』と言っていた。だから彼女は、あれほど魔術を連発できたし、あの場からなかなか動こうとしなかったんだ)
盾で真っ向から受け止めたスタールは、木の裏板があるとはいえ熱くなった盾に腕を焼かれるという苦悶を味わった。
だがそれでもあの極大魔術を防ぎきった。ヴェイユから学んだ盾術のおかげかもしれない。咄嗟に盾の裏に
闘技場の外縁が穏やかに光る。
スタールが逃げ回りながら通った道すべてが光で満たされていく。魔力が集まりながら、高位魔術を実現させんと蠢いている。
機械仕掛けの妖精から直々に学んだ、典礼言語と刻印魔術がこの闘技場の全域に広がって、槍の引っかき傷で書かれていた。
――じゃあ、ボクの言う通りに描いてくれる? 主要なパターンを描いて覚えたら、きっと応用が効くよ。
かつて典礼書づくりの時に学んだ装飾技法と、あの沈殿池の側でククリから学んだ図形記号の呪術的意味をかけ合わせ、これ以上ないほどに複雑化された
(お前の誤算は、僕が逃げ回りながら
魔法陣は極めて精密であった。
故に魔力は殆ど必要がない。スタールが描き込んだ魔法陣は、周囲の魔力を利用して炸裂する非常に高度な呪文である。
術者の魔力をほぼ利用しない反面、制御のための術式が複雑で高度になる代物であり――スタールが非常に器用だからこそ成し遂げた魔法陣構築でもある。
魔力の煙薬の残滓と、先程の極大魔術の魔力の余波に満ちているこの闘技場では、今、すべての条件が満たされていた。
「――は、はは、はははは、はははははははは! 最高ですわ! 最高ですわ! 最高ですわ!!」
「――いい夢見たかよ、おやすみの時間だぜ、
「いいえ! 足掻きますわ! 最後まで!」
瞬間、魔術の英雄は羽織っているショールに魔力を注ぎ込んだ。
最後の悪あがき。至近距離から五月雨の魔術が襲いかかる。宝石魔術の解放で残り幾ばくもない僅かな魔力を練り上げて。
スタールはそれらをぼろぼろになった盾で防ぎ、そして、魔術を解放した。
典礼書にあった高位魔術。天界の歌を司るもの、預言者エリヤの転生体、天に達するほどの光の巨人――大天使サンダルフォンの息吹。
天から雲を割り、弩級の光が叩きつけられた。
魔術の英雄は、凄絶な笑みを浮かべながら、最後まで戦いを放棄しなかった。
スタール
Lv:9.99
STR:4.28 VIT:5.72 SPD:3.74 DEX:120.26 INT:9.11
[-]英雄の加護【器用】
竜殺し
王殺し
精霊の契約者
殺戮者
[-]武術
舞踊
棍棒術
槌術
槍術+++ new
盾術++++++ new
馬術+++++ new
[-]生産
清掃+++
研磨++++
装飾(文字+++++ / 記号+++ / 図形++++) new
模倣++++
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革細工
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[-]特殊
魔術言語+++
魔法陣構築+++ new
色彩感覚+
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