スタール、馬上試合に出る(2)

「真正面から受け止めたら落馬して負けるよ! 交差するように躱さないと!」



(分かってるさ、ここは躱す一手だ)



 斜めに馬を走らせたスタールは、相手の槍が届きにくい方――盾を持つ左側面に回り込むようにして迎え出た。

 交差。一撃。

 想像以上の衝撃にスタールはよろめく。



(嘘だろ、あいつ、盾で殴ってきやがった!)



 初手に様子を見て槍を避けることを読まれていたか――とスタールは冷や汗をかいた。

 崩れたバランスは容易には戻らない。今の一撃で落馬もあり得る程の衝撃だった。それで落馬しなかったのは、ほとんど直感的に衝撃を受け流すことに成功したからである。



 一瞬で理解した。あれはカイトシールドではない。

 バックラーシールドやラウンドシールドのようにシールドの縁で殴りつける運用術がある。



「シールドトンファー! 凄い、カイトシールドの見た目に騙された対戦相手を一撃で倒すつもりだったんだ! これ運が悪かったら一発で吹っ飛ばされて負けてたよ」



(まずい、態勢が整ってないのにもう一発来る!)



 身構える。

 が、今度は軽い。大丈夫だろうかと状況を確認しようと頭を出した瞬間、重鈍な一撃が飛んでくる。

 乾坤一擲。初撃ほどではないが、油断していれば勝敗が決するほどの威力。



 ふらついたスタールに次を追いすがる余裕はない。

 だが死なばもろともだと槍を構えたところで、頑強の英雄はとても軽やかにその場を引いた。

 戦いの呼吸が緩急ともに明確で巧い。

 内心打ちのめされるスタールをよそに、歓声が爆発した。



(この一呼吸、僕に余裕を与える意味もあるが、向こうも連戦の疲れの合間にほんの少しの休息を挟むことができる。

 決着を焦らないのが巧い。それに何よりも、馬が怯えてしまった)



 上手くやられた、とスタールは顔をしかめた。



 馬上試合において、馬の機動力は肝要であり全てである。一頭あたりおおよそ500kgを超える軍馬の突撃は、ただそれだけで脅威となる。

 馬の体重を武器に乗せて打ちつければ、その衝撃は計り知れない。



 その肝心の馬が、先程の序戦で怯えてしまった。

 無理もない。相手の馬は全身がラメラーメイルに包まれている異様な見た目。そんな相手から、初っ端から意味もわからない強烈な一撃がやってくる。背中に乗せている騎乗者も碌に馬を御することができずによろめくだけ。続けての一撃も、肝心の騎乗者からの指示はなく耳をつんざく金属音と衝撃に襲われるのみ。馬の立場になってみれば、どうすればいいのか分からず怯えるしかない。

 こうなってはもはや、地鳴りするほど湧き上がる観客の歓声さえもが神経に触るだろう。



 騎乗者としての信頼も失ってしまった。相手に真っ向からぶつかる、などの勇気のいる命令を聞いてくれる保証はこれでなくなった訳である。こうあっては真っ向からの打ち合いはかなり不利であろう。



(……負けたか)



 負けてはないが、もはや負けたも同然。

 ならばせめて、ここから徹底的に凌ぐしかない、とスタールは腹を括った。



















 見る。想像する。構える。凌ぐ。

 八合も九合も続く一方的な攻防。それも迂闊に身を出しては一気に後ろに持っていかれるような、瀬戸際の攻防である。



 この、身を乗り出せないというのがとても大きな事である。

 衝突の瞬間はどうしても盾が視界の邪魔になって、どんな風にぶつかってきたかを見定めることが難しい。覗きこもうとすればそこを殴り飛ばされる。よって想像する他ない。



(は、まるでイメージトレーニングだな。守るだけでもこんなに大変だなんて思ってもいなかった。これを膂力の英雄相手によくやるものだよ、ヴェイユ。僕なんか、疲れているはずの君でさえ精一杯なのに)



 見る。想像する。構える。凌ぐ。

 腕は痺れるし、体幹も疲れるし、変に緊張して足も背も辛くなってきた。

 両足が地面についているならともかく、馬の上でバランスを取りながらこれほど耐え凌ぐのは、とても辛いものがある。

 ましてやスタールの片足は踏ん張りが効かず、あぶみを十全に活用できているとは言い難かった。



 もう諦めてもいいだろうかと思うほど、勝利の道筋が見えてこない。

 観客もそろそろ退屈してきたのか、歓声は以前ほどには聞こえてこない。

 誰もが思っているだろう。もうスタールは潔く負けたほうがいい、と。



「負けないで! 大丈夫、さっきよりもどんどん受け流し方が上手になってるよ!」



(こいつ以外は、負けてほしいって思っているに違いないな。そうだよククリ、お前だけだよ)



 見る、想像する、構える。凌ぐ。

 いい加減、革帯イナーメの部分が腕と手のひらに擦れて痛くなってきた頃である。血もじんわりと滲んでいる。

 それでもスタールは、諦めずに歯を食いしばっている。



 それはほんの少しの、小さな意地である。



(負けるにしても全力を尽くしてからだ。この試合に勝てなきゃ、もうこれ以降勝つことは厳しい。何せ僕は休憩時間が一番短いんだからな)





















 一方で、頑強の英雄ヴェイユもまた苦しい立場にあった。

 試合は優勢。勝負の趨勢も殆ど決している。だというのに、器用の英雄はすんなりと負けてくれない。



(……一番恐れていた展開だ。向こうが短期決戦に出てくれたら圧倒的優位のまま勝てた。だが時間がかかったことでまぎれが生じている)



 何度も突撃することになって、馬も疲れて来たのか最初ほどの勢いはない。観客の応援も下火になってきた。

 何よりも腕の限界がそろそろ近い。あの選定の剣の儀で、ヴェイユは片腕を折られていた。



「すまない、我が姫……。我輩が余計なことをしてしまった……」



(いいさ、古龍殿。治療神官たちによって腕の骨折は治してもらったはずなんだ。ただ治った跡が熱っぽく痛むだけさ。それにこの私は頑強の英雄。頑強なことが取り柄なんだ)



 申し訳なさそうな古龍をよそに、ヴェイユは短く息を吐く。



 痛みと疲労でそろそろ頭が回らなくなってきた。

 だが、何とか態勢を整えて、さも優勢であるかのように振る舞う。苦しいことを悟られてはならない。



(初撃で決めるはずだった。だが、とても上手くいなされてしまった)



 思い返せば、あの一撃が一番手応えがあったかもしれない。

 前の膂力の英雄との試合では封印していたシールドトンファーを使って、これ以上ない奇襲をかけたつもりであった。

 並大抵の騎士ならば落馬するような一撃。

 だが、あの英雄は器用にも勢いを受け流してしまった。



 殆ど直感だったのであろう、盾を使って後ろ上へと跳ね上げていた。

 それのせいで軸が微妙にずれ、相手の芯を打ち叩いた感じはしなかった。



(二撃目も同様に凌がれた。盾から半身が出たところを完全に叩いたつもりだったのに、小器用に立ち回られた。相手の馬にしても最初は怯えていたはずなのに、いつの間にか私の突撃に慣れつつある)



 長期戦になることで優位を潰されていく。

 向こうは初戦、こちらは二戦目ということもあり、体力の損耗も馬鹿にはならない。

 それどころか、向こうは確実に反撃を合わせている。

 守るのに精一杯だったはずの相手が、徐々に勘所をつかんできたのか反撃に手を回すようになっていた。



 吸収が早い、とヴェイユは思った。

 こちらが連戦で疲労困憊である、折られた手がまだ痛む、ということを差し引いても、攻撃をこんなに巧みにいなされるとは思っていなかった。

 時々、自分自身と戦っているのではないかと思わされるほど巧みな捌き方をされることもある。もしくは、自分よりもしなやかに柔らかく弾かれる。



 ああ、これが乗馬戦でなければ――と歯がゆく思う瞬間は数あった。



 馬への衝撃の逃し方、馬の体重の乗せ方、体勢の立て直し方、全てをとっても器用の英雄のほうが巧みであった。



 悔しいことに、張りぼての優勢は長くは続きそうになかった。



(私、こんなに有利なのに、負けるかも)



 相手の槍の攻撃も、ますます鋭く、重心を的確に揺るがす嫌な一撃になりつつある。

 こちらの攻撃が、相手の盾の上に油でも塗ってあるのではないかと思うぐらいに滑るようになりつつある。

 音ばかりは派手なのに、中身のない攻撃にされつつある。



 腕の軋みがひどくなった。腕ならくれてやるが、せめて心が折れるまでは、とヴェイユは歯を食いしばった。





















 一方的で単調だった試合は一転し、両者一切も譲らぬ泥仕合の様相を示すようになり、さらに言えば戦いの潮目は変わりつつあった。



 距離を取り、反転し、激しく交差し、再び距離を取る。

 最初の頃は見る影もなかった正しい騎士の一騎打ち。それが後半になるにつれて洗練され、今や見るものを感嘆させる好勝負となっていた。



 盾を持つ手の皮が擦り切れているスタールは、青い息を吐きながらも顔をぐっと上げた。



(この子は、強い。連戦の疲れも顔に出さず、真っ向から僕と戦っている。束の間の休息が欲しいなら逃げまわればいいのに、全く逃げ回る気配もない)



 あくまで正々堂々。

 勝ちにこだわるなら休めばいいのに、それもしない。

 そこまで考えてスタールは気付いた。

 相手の馬はラメラーメイルで完全防備した重騎馬である。ここに来て重さが祟り、走り回る体力もさほど残っていないのだ。

 一撃の重さを底上げし、相手の鈍重な攻撃でもびくともしない反面、ラメラ―メイルの重装甲は馬の体力を大きく奪うのだ。



 勝機。



(僕も余裕がない。決めるならここだ!)



 ここが勝負の天王山、とスタールは馬に激を入れる。

 渾身の力を打ち込むイメージは何度も描いてきた。

 あの夜ヴェイユが教えてくれたこと、少し前の試合でヴェイユが見せてくれたもの、そしてこの試合でヴェイユが惜しげもなく披露した全てが、スタールの頭の中で繋がる。



 ――乾坤一擲とは、全身のばねを使って真っ向から打ち込むこと。



(行くぞ、これが僕の、後先考えないありったけの一撃だ!)



「!?」



 頑強の英雄が守りに構えるよりも早く、全ては相手を打ち倒すただ一つに懸けて。



 火花が散るほどの衝撃。

 両馬の悲鳴が高く上がった。





















 衝撃に耐えきれず、スタールの槍は真っ向から折れた。ヴェイユの盾も大きく凹み、衝撃がどれほど熾烈なものだったかを表していた。

 大きくバランスを崩すも決着ではない。しかし、武器を失ったスタールが圧倒的に不利。



「……見事、だった!」



 盾に隠れ、ひときわ痛む腕に顔をしかめながら、ヴェイユは槍を構えた。

 真に勇敢な一撃であった。敵ながらまさに天晴な一擲。

 もし勝敗の分かれ目があったとすれば、スタールに運がなかったというただ一点に尽きる。



 最後に運命に守られたのは、基本に愚直に従い身を守ったヴェイユである。

 盾から身を乗り出して、空に散る槍の残骸の間からヴェイユは隙を窺った。

 最高の一撃には、最高の一撃をもって返礼する、と。





















 空を踊る。

 速さのない馬と速さのある馬がぶつかったとき、前にのめり出るのは速さのある馬の騎乗者であるというのは必定の原理。

 膝を使うのではなく、馬に跳ね上げられた反動をきちんと活かせば跳躍するのは難しくない。



 今の衝突を捻身に活かし、身体のばねをもう一回、全てこの渾身の一撃に捧げる。

 盾の技術の真髄は、巧みな歩法と身の旋回にある。跳躍して歩法の概念がない今は、身の旋回が全てである。



 思い返す。盾を振り回すとき、思い切って遠心力を乗せて唸るほどの勢いで打ち付ける彼女の痛快な一撃を。



「!!」



(盾から身を乗り出したところを打ち付ける――!)



 ――炸裂。

 決着の一撃は、槍よりも僅かに早く盾が制した。












 スタール

 Lv:9.99

 STR:4.26 VIT:5.59 SPD:3.71 DEX:119.74 INT:8.83

[-]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 王殺し

 精霊の契約者

 殺戮者

[-]武術

 舞踊

 棍棒術

 槌術

 槍術++ new

 盾術+++++ new

 馬術++++ new

[-]生産

 清掃+++

 研磨++++

 装飾(文字++++ / 記号++ / 図形+++)

 模倣++++ new

 道具作成+++

 罠作成+

 革細工

 彫刻

 冶金++

[-]特殊

 魔術言語+++

 色彩感覚+

 錬金術

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