スタール、盾の練習に打ち込む
仮眠する寝床もなければ、礼拝堂で祈りを捧げるにもまだ少し早い。
さりとて、何かすることがあるかと言えばそうでもない。
しばらく手持ち無沙汰となり、どうしたものかと思索に耽りながら歩くスタールは、ふと、裏庭の方から掛け声が聞こえてくることに気付いた。
「……何かの練習をしているみたいだね」
「ああ、そうだな」
ちら、と声のする方向に目を見やれば、またもや見たことのない少女が武芸に打ち込んでいた。――振り回している武器は、少々見慣れないものだったが。
「……盾?」
「盾術だね。片手でカイトシールドを巧みに使いこなしているね」
「へえ」
盾術、と言うものがあるのか。
そういえば今日、馬上試合の練習を行ったときに、盾術とやらを習得したような気がするな、とスタールは思い出した。
ククリ曰く、「標準的なラウンドシールドならば取り扱う古武術はあるけど、あんなに大型の盾を、しかも武器のように運用する武術は珍しい」という。
しかもカイトシールドは、乗馬する騎士が肩から足まで守るために愛用した盾である。
百歩譲って、大型の盾を主体的に扱う武術があったとしても、それは重装歩兵向けのタワーシールドの運用術であって、カイトシールドをあんなに振り回す戦い方は見たことがないらしい。
面白い、とスタールは暇つぶしとばかりに、少女の盾術をつぶさに観察した。
盾を構える。
盾を前に出す。
盾の影に隠れる。
盾の縁で殴打する。
隙のない身のこなしと、巧みな歩法が合わさって、全くの素人のスタールの目にも完成された武術に見えた。
(……凄い、盾って身を守るだけじゃなくて、こんな使い方をするのか)
片足を軸とした素早い旋回と、身体の捻りを活用した渾身の一撃。
半ば体術の領域にある盾さばきを眺め、スタールは思わず唸った。
手足のように、という言葉がある。盾がまさに身体の一部のように、不自由なく操られていた。
あれ程の技巧を上手いと言わずして、何というのだろうか。
「……見ていたな? そこの少年」
しばらくして、少女は武芸の手をぴたりと止めて、こちらの方に向き直った。
軽く弾んだ息遣いが聞こえてくる。逆に言えば、重い鉄塊をあれだけ振り回してこのぐらいしか息切れしていない、という証左でもある。
「……ああ」
「お初にお目にかかる。我が名は頑強の英雄、ヴェイユだ。よろしく頼む」
「……スタール。何かの手違いでここにいる」
歩み寄ってきた少女は、スタールに手を差し伸べて「よろしく、器用の英雄殿」と気さくに握手をしてきた。
あれ、器用の英雄と名乗っただろうか、と一瞬疑問に思ったスタールだったが、それよりも今は興味のほうが勝った。
今の武術は何だったのだろうか、と。
「興味があるかね? 我がザッケハルト家に伝わる鉄血の盾術に」
盾の歴史はかなり古い。人は身を守る術と共に進歩してきた。
古のヴァイキングは、敢えて縁取りをしていない柔らかい盾を使って剣を受けていた。これは、相手の剣が盾に食い込んで動けなくなった一瞬を狙うためである。
古代のヘレニズム文化圏では、ホプロンと呼ばれる丸盾と貫徹槍を装備した重装歩兵が密集陣形で戦っていた。
かつて栄華を極めたという古代帝国では、スクトゥムと呼ばれる四角(もしくは楕円形)の大型のものが使用された。これを隙間なく並べ、個人の技量よりも集団の動きを重視し様々な陣形を組んだ。
一方、馬に乗って戦うノルマン人は、涙滴型の盾を使った。これは乗馬中の騎士の足を守るために、円盾の下部が伸びたものでものである。
「盾の技術の真髄は、巧みな歩法と身の旋回にある」
側で大盾を振るいながら、少女はスタールに説明した。
それはいかにも盾術の手本になるような丁寧な動きであったが、身体の動かし方が根本から違うのか、スタールには中々真似をするのが難しかった。
「本来盾というものは、構造として大きな板だから、質量もあるし、風の抵抗も受けやすい。筋力も要求される。
それなのに、剣のように切り裂くこともできず、槌のように遠心力を活かして威力を高めることもできず、槍のように威力を一点に集中させて貫通させることもできない。それでも私たち騎士は盾を持つことをやめない」
両足を代わる代わる軸にし、ひらりひらりと動くかと思えば、いつの間にか距離がぐっと潰れていて相手の自由を奪う。
どん、と胸を軽く盾で小突かれて、スタールは少しむせた。
「それは何故か? ――それは、騎士の本分が、守ることにあるからだ。騎士は主君を守り、か弱き人々を守り、誇りと名誉を守る。
その高潔な騎士の精神を持ち続けるかぎりにおいて、運命は、私たちを守ってくださるのだ」
歌うような言葉が紡がれる。
(……運足技術が、まるで違う。距離を潰す、距離をすっと取る。身を間に入れる、身を一瞬で抜く。体重を乗せる、体重を逃がす。上半身と下半身が別々の動きをしているみたいだ)
「私たち騎士は、戦いの中で殉死した名誉ある仲間を、盾に担いで運ぶ。私たちにとって、盾は騎士道の象徴であり、神聖なるものなのだ」
模擬稽古が続く。
途中、幾度となくスタールは転がされた。
足の踏ん張りがあまり効かないということもあるが、それだけでなく、根本からして足さばきが違うことが見て取れた。
さほど大した力もかけられていないのに、すんなりと転がされたことも幾度とある。
圧倒的な技量の差がそこにあった。
何度立ち向かっても、上手く盾を操れず、隙だらけにされてしまう。
「……どうした、器用の英雄殿? そんなことでは、明日の御前試合で負けてしまうぞ?」
「……どうして稽古をつけてくれるんだ?」
スタールはふと、素直な疑問を投げかけた。
「明日の御前試合、負けられないのは君も同じだろう? 僕にかまけて貴重な時間がなくなるより、自分の研鑽に努めたほうがいいんじゃ……」
「ふ、そんなことないさ。実を言うと私にとっても、器用の英雄殿との稽古はとてもためになっているのだからな」
どっ、と盾と盾がぶつかりあって、凄い力で押し込まれる。
たまらずスタールは力を逸らそうとするが、逃がす先を上手に潰されて、そのままどっと地面へ横だおれになった。
「器用の英雄殿。自覚はされていないようだが、貴殿の体幹の使い方も中々のものと見受ける。乗馬で鍛えたのか、それとも踊りか何かで鍛えたのか知らないが、力の逃し方や受け身の取り方もしっかりしている。
身体がなまじ頑強だから無理をしてしまう私と違って、身体に無理をかけない、力みのない身体の使い方をしているようだ」
「逆さ、無理が効かないんだ。それに半ば本能みたいなものだ」
「それでも参考になるとも」
果たして参考になるだろうか、とスタールは疑問を感じていた。
これまでスタールは、何も特別なことをしていたわけではない。
そもそもこの二年間、半年も意識がなかったせいで、基本的な身体の動かし方をすっかり忘れていたほどである。
修道院で歩くためのリハビリにしても、どのように体重をかけて身体を動かせばいいのか試行錯誤をしたほどである。
自然な身体の動かし方は、むしろスタールが答えを知りたいほどであった。
「それに、僕の予想だけど、ヴェイユはきっと無理が効く身体だからこそ、身体の潜在能力を余すことなく活用できていると思うんだ」
スタールは思い返しながら続けた。
例えば転身。例えば旋回。
盾を振り回すとき、思い切って遠心力を乗せて唸るほどの勢いで殴打できるのは、肩や背筋、そして腰に無理が効くからだと思われた。
「正直僕は、【頑強】って、ただ身体が頑丈で防御力が高いだけだと思っていた。けど認識を改めるよ。身体が頑強っていうのは凄いことだ。全身全霊、渾身の一撃をここぞと言うときに駆使することができるんだ。攻撃力や決め手に乏しいなんて思ってたけど、とてもじゃないけどそんなことは言えない。君は本当に凄い」
「……」
「……ヴェイユ?」
「どうしよう、古龍殿」
途端、ぴたりと彼女は動きを止めた。
誰もいない空間に向けて、何やらを話しているように見えた。
「私、恋したかもしれない」
「は?」
「は?」
「は?」
疑問の声が三つ重なる。
突如、空間から小さな龍の姿が現れた。可愛らしい造形で、いかにも無害そうに見えるが――そんなことはどうでもよかった。
「だから心配だと言ったのだ、我が姫よ。お主は本当に惚れっぽくて困る。おおかたこの少年に肩入れしているのも、顔が好みだからであろう?」
「違う! 違うのだ古龍殿! 今度こそ本当、今度こそ本当の恋だから! だって今、私のことを名前で呼んだ! 二回も! しかも私のことを凄いって褒めた! そんなこと、気のない異性にするだろうか!? 二回も!」
「我が姫よ、落ち着くといい。お主が舞い上がっているあの少年が、どんな顔をしているかよく見給え。間抜けな面をしておるだろう?」
「可愛い顔……」
「我が姫よ、表情を見ろと言っておるのだ」
きゅう、と寂しそうな鳴き声で龍が鳴いていた。
何と言葉をかければよいだろうか。この会話だけで、普段どれほど契約者に苦労をかけられたきたのかがよく伝わる。
話題の中心のスタールは、いたたまれない気持ちになった。
「よ、よく考えたら最初、器用の英雄殿は、私のことをじっと見ていたな? 見とれていたのか? この私に!? え、どうしたらいいのだ、だって急に稽古に誘ってもついてくるなんて、そんなの偶然で片付けられるのか? え、嘘、どうしよう、私……」
「我が姫よ、今日はもう寝るのだ。我輩は疲れたぞ」
「どうしよう、私、握手しちゃった……」
「手を洗って寝るのだ」
何とも居心地の悪い会話が続き、スタールのほうが気恥ずかしくなってきた。
隣でククリがひゅう、と口笛を吹いていた。
「やるね、色男じゃん。ボクね、スタールのこと普段から凄いって思ってたけど、今日は本当に凄いよ? 良かったらもう一回握手してあげなよ」
「ありがとうククリ、さっさと礼拝堂に行って祈りだけ済ませようか」
「うん」
盾の稽古の疲れがどっと来たのか、スタールは溜め息を吐きたい気持ちになった。
一応お礼は言わなくてはならないので、この場を離れる前に「どうもありがとう、おかげでいい経験になった。明日はよろしくね」と簡単に済ませて頭を下げておく。
龍はふん、と鼻を鳴らすだけだった。
「え、ぅ、ああ! 明日は、その、よろしく頼む!」
去り際、後ろから「なあ、よろしく、って何だ? 何をよろしくされたのだ? これってOKして大丈夫なやつなのか!? 私はどうしたらいいのだ?」と世迷いごとのような言葉が聞こえてきたが、今度こそスタールは無視をした。
スタール
Lv:9.99
STR:4.01 VIT:5.33 SPD:3.64 DEX:119.04 INT:8.81
[-]英雄の加護【器用】
竜殺し
王殺し
精霊の契約者
殺戮者
[-]武術
舞踊
棍棒術
槌術
槍術+
盾術+++ new
馬術++
[-]生産
清掃+++
研磨++++
装飾(文字++++ / 記号++ / 図形+++)
模倣+++
道具作成+++
罠作成+
革細工
彫刻
冶金++
[-]特殊
魔術言語+++
色彩感覚+
錬金術
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