スタール、煉瓦を作る(2)

 翌日、屋根裏と屋根の上を見ると、乾燥させていた日干し煉瓦が無事出来上がっていた。

 ただし、いずれも石灰を混ぜ込まなかったのでぱさついており、乾燥させる段階で表面や縁がひび割れたりしているものも散見された。

 スペースの関係上、日干し煉瓦は百数十個程度しか作れなかったが、その内の二割程度にひび割れがあった。焼成できるのは八割である。



「トゥーブ煉瓦に定冠詞アルがついてアットゥーブ、やがてアドベ煉瓦として伝搬したの。

 本来のアドベ煉瓦には、強度を上げるのと防虫の観点からわらや糞を混ぜるんだけど、草わらは腐敗汚泥をすくい上げる際に一緒に袋に詰めたし、防虫は煤を後で塗ればいいから特に問題ないね。上々の出来栄えだと思うよ」



「……割れているものは、泥のつなぎを塗り込んでまた乾かせばいいんだっけ」



「うん、小さなひび割れはね」



 出来上がった日干し煉瓦をククリの背中の羽に収納していく。本当ならこの八十個近くの煉瓦を焼き窯のそばまで運搬するという重労働があるのだが、この妖精のおかげでそんなことをしなくてすむ。

 本当に便利な話である。



「次は焼成だよ、スタール!」





















 煉瓦焼き作業の際、鍛冶工房の炉を借りる上で、一つだけ条件を追加された。

 それは、焼成煉瓦を素焼きする傍ら、工房の掃除と鍛冶道具の手入れと他の鍛冶作業のお手伝いを行う、というものである。



「まあ、ネズミ駆除用の毒団子を作るときに基本的な炉の使い方は学んだから問題ないよね。頑張れスタール!」



(問題ないよね、じゃねえよ!)



 内心でスタールは毒づいた。



 鍛冶工房では、主に金属製品を扱い、刃物、工具、農具などの製造、修理を行う。炉、ふいご、金床などの設備を有しており、精鉄まで行う大規模な鍛冶工房と、金属製品の加工修理のみを行う小規模な鍛冶工房が存在する。



 この工房では、ダマスカス鋼などの特殊鋼を除いて製鉄はあまり行っておらず、用いられている炉も製鉄専用の炉ではなく小型のもの。炉一つあたりで一度に焼ける煉瓦も、精々十個が限界である。

 一度炉に放り込めば二〜三時間は放置できるので、楽といえば楽なのだが、その間は他の鍛冶作業の手伝いをしなくてはならない。



「鍛冶の神様ヘパイストス、ドワーフの王アルベルヒ、名工ヴェルンド、天界の工匠トヴァシュトリ、鍛冶の祖トバルカイン、叙事詩に語られる鍛冶師カーヴェ、魔法の槌のゴヴニュ、大力無双の小人イーヴァルディ、隻眼の鍛冶師の天目一箇神……このタリスマンには鍛冶のおまじないが込められている。きっと君の力になるはずだよ」



(……おまじないをしてくれるのは、まあ、ありがたいんだけど、どこか他人事みたいな言い方なのは気になるな)



 空に浮かんでいるククリの姿は、他の人には見えていない。

 なので、手伝いを頼もうにも頼めない。不自然に物が動いたりすれば騒ぎになる。ククリができる手伝いといえば、こうやって役に立ちそうなタリスマンを首にかけてくれるぐらいであろう。

 そうでなくても、精巧な機械仕掛けの身体を持つククリは恐らく熱に弱いので、下手なことは頼めない。そうでなければこき使ってやるのに、とスタールは考えていた。











 ふいごで風を吹き込むと、炉から熱気がぶわりと漏れ出る。



 最初に行ったお手伝いは、半溶金属の製鉄である。

 1000度近くの炉内温度で熱した鉱石は、木炭の不完全燃焼による一酸化炭素によって還元反応し、スポンジ状の塊となって炉の底部に集まる。

 1000度を維持する方法はシンプルである。木炭燃料を入れて、ふいごで風を吹き込み続けるのである。



 ククリの助言を思い出す。



『燃料を投入するかどうかは、炎の温度と反応音で判断するんだ。目で見て白橙ほどを維持して、橙色が増したら燃料を追加する頃合いだよ。鉱石のしじれる音や、炉に流入する風の音にも、異変がないかよく聞くようにね』



 右、左、と交互に足踏みして風を送る天秤ふいごを使って風を送り続ける。この作業を職人見習いが代わりばんこに何十時間も行うわけだが、もちろんスタールもこの作業を手伝った。



 出来上がった海綿鉄(スポンジ状の塊)を細長い鉄ばさみで取り出す。

 熱いうちにハンマーで打って、中のスラッグを叩き出す。

 割れても気にせずトンテンカンテンとテンポよく叩き続けるのがコツである。



 こうして出来上がったのが拳一つ大の魔鉄である。



『でね、これを今度はるつぼで再加熱して脱炭するの。るつぼを使うことで、硫黄が含まれてる木炭と直接触れ合わなくなるから、不純物が混ざりにくくなるの。そしてるつぼの熱反射で内部はとても熱くなって、優に1200度を超えるの!』



 鉄、バナジウム、ニッケル、クロムなどにミスリルを少し。詳しい配合はスタールには教えられなかったが、他の職人たちに認識されないククリがじっくりと観察していた。

 俗に言われるダマスカス鋼の製鉄である。



 ククリ曰く、溶解させた鋳造物をゆっくりるつぼで冷やす際に、内部結晶作用によってそれぞれの成分がまばらに凝固することによって、ダマスク模様という斑模様を作り出すとされてきた。



「結果的に、冶金工房の秘伝中の秘伝、ダマスカス鋼の製法を体験することができたね! 良かったね、スタール!」



 明るい声が聞こえてくる。

 他人事ならば何とでもいえるな、とスタールは思わず苦笑いした。

 額に滲んだ汗は、既に煤けて黒くなっていた。











 次の手伝いは、鉄製品の鍛造である。



 簡潔に書くならば、赤熱した鉄をハンマーで叩くだけ。

 鉄を打ち鍛えては折り返し、火を入れて、再び打ち鍛えることを繰り返す。この折り返し作業を繰り返すことで、成分が均一化し、金属に粘りが増すのである。



「下手な焼入れ作業と折り返し作業をしすぎると、ダマスク模様は死んじゃうけどね。合金は融点が低いからね。温度管理の下手な鍛冶職人じゃダマスカス鋼は取り扱えないよ。

 焼入れと折り返しを行うのは、そういった合金じゃなくて、鉄と炭素でできた鋼が必要になるときが殆ど。つまり、実用的な値段で硬い刃物をつくったり、頑強さが求められる農具を作る時だね」



 ククリの言うとおり、今回はダマスカス鋼の鍛冶ではなく、単純に鋼の鍛冶である。今スタールが鍛造を手伝っているのは、木を切り倒すための斧であった。



 鋤・鍬・鎌といった個人で使う農具、鉈・斧・ナイフなどの刃物類、鍋・コップ・ハサミ・釘など生活に必要な金属類――この工房では、それら全般が幅広く取り扱われている。

 そのため、仕事の殆どは、特殊鋼ではなく鋼を取り扱う。

 今日ダマスカス鋼の製法に携われたのは、偶然のことであった。



 鍛造の際に使う金床は、平らな広い面と、角のようになった鳥口で構成されている。

 通常の打ち付け作業は平らな面で行い、鳥口部分で曲面加工を行ったりする。

 動かないように一人が鉄ばさみで押さえながら、もう一人が鎚で叩いて加工する。

 このとき、表面に酸化被膜ができるので、叩いた衝撃で表面に浮き出るスラッグもろともハケでさっと落とす。

 打ち鍛えを繰り返すたび、鋼はどんどんと斧の刃の形になっていった。



 鉄ばさみの右手の握りが甘いスタールは、右手だけじゃなく脇を締めて身体と腕で挟み込むようにして、鉄ばさみを固定した。

 足がふらつくので、特別に座りながらの作業を許してもらえたが、基本的には鍛冶は立ち作業である。

 スタールは改めて、鍛冶職人たちに敬意を抱いた。



「さて、ここからは冷やして焼き戻す作業だよ!」



 打ち鍛える作業が終わったら、後は冷やして、細かい加工を加えて完成となる。

 だが、冷やし方にも作法があった。



「熱した鋼はオーステナイトという安定した組織形状になる。けど、オーステナイトを冷やすとき、ゆっくり冷やすと結晶構造の拡散が起きてパーライトという層状組織になってしまうの。

 急速に冷やすと硬度を保ったマルテンサイト組織になるから、まずは急速に冷やす必要があるんだ。

 単純に水で冷やすだけだったら、水が膜沸騰を起こして急速に冷やせなくなる。だから、塩分が溶けていて膜沸騰が短い家畜の尿で一旦冷やすんだ。

 そして、急速に冷やしっぱなしだと今度は歪んだり割れたりするんだ。だからある程度経ってマルテンサイト組織が形成されたところで、油でゆっくりと冷やすんだ」



 タイミングは、目で見て耳で聞いて覚えるしかない。

 斧の刃を冷やす際、家畜の尿に何かを混ぜているのが見えたが、その配合もスタールには知らされなかった。



 後は、硬くなって脆くなった斧を、マルテンサイト組織が損なわれない温度で焼き戻しをして、粘り強く加工する。



 最後に刃を磨いて、木の柄を取り付けて完成である。



「研磨の腕前は褒めてもらえたね! 初めてやったとは思えないって!」



(まあ、少し前に八頭分もの羊皮紙を研磨して来たからな……)



 はしゃぐククリを前に、スタールは小さく肩をすくめた。

 研ぎ順は、荒い天然砥石から順に細かい天然砥石へ。

 最後は、鍛造で出た鋼粉を乳鉢で擦り潰したものを油に溶かし、紙で濾したもので丁寧に拭う。



 鍛造ではあまり活躍できなかったが、研磨では面目躍如できるというものである。それこそスタールは、工房の職人たちが感心するぐらいの腕前を披露したのだった。











「やったね、煉瓦がしっかり焼けたね! 釉薬代わりに鉄バクテリアで塗った呪印もしっかり浮き出ているし!

 期待以上の出来栄えだよ、スタール!」



 炉から取り出した焼成煉瓦は、表面を叩くと硬質な音がした。乾かしただけの日干し煉瓦よりも軽く、そして返ってくる感触が硬い。

 炉の温度の管理はややそぞろではあったものの、しっかりと内部まで焼けたようであった。



「あとはこれに、油で溶かした煤で虫除けと邪気よけの呪文を書き込んで、完成!」



「油? 水じゃなくて?」



「ウィッチクラフトの一つに、精油による浄化っていうものがあるの。この煉瓦は高級品として売り出す予定だよ」



 ちなみに、焼いて割れた煉瓦も回収するらしい。

 どうやら、細かく砕けば骨材として煉瓦造りに再利用できるらしい。他にもテラコッタ土として庭に敷き詰める用途もあるらしい。



「なあ」



 スタールはかねてより思っていた疑問をぶつけることにした。



「もしかして、今日ここでダマスカス鋼の鍛造を行うって知っていて煉瓦造りを提案したんじゃないだろうな……?

 何というか、煉瓦造りだけが目的だったとは思えないんだが」



「半分正解。星占いで運命を指し示しているのがここだったの。

 後は、獅子王がやってきてるから、中央ギルド工業部門も何かしらを貢物するだろうなって予想してたからかな。

 金属細工、儀礼用の武器作り、とかをやるのかなって思ってたけど、ダマスカス鋼を作るのはちょっとした望外の幸運だったね。

 ネズミ退治の毒団子作りも、鍛冶工房内を見学する名目が半分あったからね、色々とうまく行ってよかったよ」



「……」



 思わず工房の道具を掃除する手が少し滑り、スタールは「痛っ」と小さな声を上げた。

 やはり計算の上。この妖精、可愛い見た目や明るい振る舞いと反して、かなり色々と考えているようであった。





















 スタール

 Lv:9.76

 STR:3.81 VIT:5.13 SPD:3.45 DEX:118.07 INT:8.66

[-]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 王殺し

 精霊の契約者

 殺戮者

[-]武術

 舞踊

 棍棒術

 槌術 new

[-]生産

 清掃+++

 研磨++++ new

 装飾(文字++++ / 記号++ / 図形+++)

 模倣+++

 道具作成+++

 罠作成+

 革細工

 彫刻

 冶金++ new

[-]特殊

 魔術言語+++

 色彩感覚+

 錬金術

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