スタール、バザールに出かけて懐中時計とオルゴールを買う

 バザールが開かれる場所は、東シャンドール、西シャンドール、南シャンドール、北シャンドールそれぞれの門の近くと、四区域から中央区への門の近くである。

 門の近くにあるのは、出入りする人間が自然とそこに集まるので集客がしやすく、物資の搬入搬出が楽だという理由からである。

 特に今回は、獅子王アンリ陛下が直々にやってこられるということから、普段の聖大天使祭とは比べ物にならないほどの規模の盛り上がりを見せていた。



 バザールに出店する店舗は区画が決められており、食品なら食品区画、日用品なら日用品区画、織物なら織物区画、と種類ごとにまとめられていた。

 これは中央ギルド商人部門がバザールの出店可能区画のほとんどを押さえているからであり、不正な取引の抑止や、公正な価格競争の促進という狙いがある。

 商品の種類がある程度揃うことで、倉庫管理もしやすく、行政の管理も行いやすいという利点もあって、非常によく考えられていた。



 しかしながら、バザールで一番面白いのが自由区画である。



 自由区画は、中央ギルド商人部門からの免状を持っていない人が露店を開く場所であり、一般市民が家宝を売っていたり、浮浪者がどこかから手に入れた貴金属の装飾品を売っていたり、とにかく雑多な商品が流れ着く。



 針や糸やひもや麻縄、羅紗に更紗に絹の布、陶器に玻璃器に銀の器、天井まで所狭しと釣り下げられた靴、皿、服。

 絶え間なく聞こえてくる価格交渉の声が、このバザールがいかに賑わっているかを物語っている。



「凄い! スタール、見て! これ、くじらの髭をぜんまい代わりに使ってる! これも凄い、リューズを巻いたら絵がくるくる回る! ねえ、見て!」



「そうだな、確かに凄いな」



 楽しそうにはしゃぐ妖精をなだめるように、スタールは同意した。

 実際のところ、スタールにはそれがどう凄いのかどうかピンと来ていない。

 その技術がいかに凄いのかを丁寧に語ってもらって、ようやくスタールは、確かになんとなく凄そうではあるな、と曖昧な感覚をぼんやりと抱くだけに留まっている。



 曰く、虫歯車、というへんてこな歯車があるらしい。

 クランクが反復動作を行う原理が何となく理解できるかもしれない、というところでスタールはぐいっと耳を引っ張られた。



「……いい? この世界で最も器用なのは君なんだよ? ぜんまい機構も何もかも、君より細かく精緻に再現できる人はいないんだ。どんなからくりだって理解しさえすれば、君が作れるんだ。それはもう、君に再現できない機構はこの世に存在しないといっても過言じゃないんだよ」



「はあ」



「かつて人は神の創造物だと考えられてきた。

 かつての賢人ガレノスは、人間は体液によって制御される存在だとした。

 知恵の館の図書館長アル=フワーリズミーや、『巧妙な機械装置に関する知識の書』の著者アル=ジャザリーは、自動人形オートマタの原型となるものを作り上げている。

 精緻な仕組みには命が宿るんだ。そして君はそれを実現できる才能を持っている。……君は、途方もなく、器用なんだから」



「ごめん、話が大きすぎてよくわからん」



「……もう!」



 ちょっと怒られた。真剣だったらしい。





















 結局ククリがバザールで購入した品物は、『壊れた懐中時計』と、『錆びたオルゴール』の二つであった。

 ただし、それがどんな機能を持った物体なのかはスタールにも分からない。

 懐中時計という代物も、オルゴールという代物も、スタールには初耳であった。



「懐中時計は時間を正確に測る道具。オルゴールは音楽を鳴らす道具。どっちもかなり技術的に高度な魔道具なんだ」



「……聞いたことがないな」



「交易で栄えたロドス島では、機械工学の技術が盛んであり、そこでは高度なアストロラーベや歯車機械が作られた。残念ながらそれらを乗せた船は、エーギラ島のそばで沈没しちゃったんだけど、こうやってたまに発見されるんだ」



「で、これを直して欲しいのか?」



「うん。ボクのお願い」



 お願いされた物は、機構を見るからに高度な仕組みであった。

 どうやって直せばいいのか見当もつかない。

 困ってククリの方を見やると、「一つずつ教えていくから、大丈夫だよ」と安心させるような口ぶりで笑っていた。



「いつかスタールにはこれぐらいは触れるようになってほしいんた。ボクの身体は機械仕掛けだからね、いつかスタールにお手入れして欲しいんだ」



「……まあ、いいけど」



「えへへ、約束だよ?」



 お安い御用である、とスタールは思った。

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