スタール、煉瓦を作る(1)
本来、ドブさらいは一日で終わる作業量ではない。
すくい上げた汚泥をどこかに運搬して捨てる手間がかかるためである。
しかし、羽に何でも収納できるククリがいるおかげで、その手間がなくなり、ひたすらすくって袋に詰めていくだけでよくなった。
腕と腰を酷使して疲れ果てたスタールは、ふらふらの足取りのまま、公衆浴場のマッサージの施術を受けていた。全身を揉みほぐすと、疲れが溜まって骨髄まで疲労尽くしなのが実感できた。
(……本当に疲れた。朝から晩までずっと汚泥のすくい上げ作業をするのって、半端じゃないな)
思い返すと、拷問のような仕事であった。
まずぬかるんだ汚泥はひどい匂いがした。水中に漬かったまま空気にも触れず、日光で消毒もされないので、腐敗の度合いが尋常でない。
さらに汚泥は、よく分からない草に絡まっていてすくい上げにくかった。おかげでスタールは何度もすっ転ぶ羽目になった。
それでも黙々と汚泥を掘り返すと、今度はよく分からない気持ち悪い虫や生き物がうじゃうじゃ出てくる。ククリはきゃあきゃあうるさかった。
人骨は出てくる、謎の布は出てくる、よく分からない鉄の棒は出てくる、木材の破片は出てくる、とにかく色々と出てくる始末。
いつの時代のものなのか分からない金貨やきれいな宝石も出てきた。
こういう金目のものだけ出てくればいいのに、とスタールは心の底から思った。
(もうだめだ、もう絶対やらない、あんな作業は人間がする作業じゃない)
明日『煉瓦造り』に取り組める自信がない、明日こそ本当に一日休もうか。
ふとそんなことを考えたスタールだが、多分、明日目覚めたら疲れは取れてすっかり元気になっているのであろう。
あのククリが、寝ている間にやってくれるおまじないのおかげである。
(……いや、まさかな。こんなに疲れてるんだぜ。まさか明日すっかり元気になってるはずがないじゃないか……)
立ち上がる事さえも、やっとのことである。
今は何も考えず、泥のように眠りたい。スタールはもうくたびれ果てていた。
「すっかり元気だよ、ちくしょうめ」
「? よく分からないけど、今日は『煉瓦造り』頑張ろうね!」
信じられないぐらい快適な目覚め。昨日までの疲れが嘘のように吹き飛んでいる。
今のスタールは生気に満ち溢れており、身体の隅々まで心地よい。
全てはこの愛すべきスパルタ妖精の仕業である。見れば全身にまた呪文の落書きがされていた。
「ああ、頑張ってやるさ、この
「いひゃあああっ!?」
最近気づいたことだが、ククリはどうやら背中の羽の付け根をぐりっとされるのに弱いらしい。手で握ってぐりっとしてやると面白いように反応する。
「え? え? え? なんで? ボク悪いことしてないよね?」
「悪いことはしてないさ」
ただ、人をこき使ってるだけである。
こちらも働きたいと言っているので、別にこの妖精だけが悪いわけではないが、ただ何となくスタールの気分として、ちょっといたずらしてやりたくなっただけであった。
粘土や泥を型に入れて乾燥させただけの日干し煉瓦はもちろん、窯で焼き固める焼成煉瓦にも千年以上の歴史がある。
当然、このシャンドール領でも煉瓦は建築材料として広く使われている。
特徴として、断熱性、保湿性、耐摩耗性に優れており、コストもかからないことから優秀な材料とされている。
特にシャンドールでは、建物の内側を日干し煉瓦で、建物の外側を焼成煉瓦と漆喰で作るシャンドール造りが有名であった。
「今日は煉瓦用に汚泥を整形して、一日かけて乾燥させて日干し煉瓦を作ろうね。で、明日にそれを焼いて焼成煉瓦にしよう」
日干し煉瓦の作り方は簡単である。
腐敗汚泥を四角い型に合わせて流し込み、それをしばらく放置するだけ。このとき強度を上げるため、枯れ草などを混ぜ込むのが良いとされる。
相変わらず腐敗汚泥の匂いはひどいが、乾燥すれば幾分ましになる――ということで、スタールは借りている宿の屋根の上と屋根裏の空間を借りて、煉瓦をせっせと整形した。
「……これ本当に大丈夫か? 苦情はでないよな? 結構匂いきついけど」
「ペパーミントの混ざったキャンドルを焚いて真鍮のベルを鳴らしているから、しっかり浄化は出来てるよ。大丈夫。ウィッチクラフト的な措置は取ってるから心配しないで」
「……」
確かに、匂いはあまり外に漏れ出していない。
それでも少々気になる程度には匂うが、それはそもそもこの南シャンドール全区域同じようなものなので、特筆すべきほどではなかった。
「午前中に終わっちゃったね」
「後は乾燥させるだけだもんな。どうする? 街に出かけて適当に
スタールは手を洗いながら提案してみた。
日干し煉瓦を作ると言っても、汚泥を乾燥させて煉瓦の形に整えるだけで、それ以降はしばらく放置するだけである。
今までの作業のことを思うと、断然楽な仕事であった。
おかげで午後がまるっきり暇である。
バザールに足を伸ばすのは悪くない話だった。
「バザール? いいの? だってスタール、人混みが……」
「いい、大丈夫。バザールの中央に行かなければ、多分大丈夫さ。それに、南シャンドールの区域といえばガラクタ市があるはずだから、きっと鑑別眼の効くククリにとっては楽しいに違いない」
「本当!? やった! 嬉しい! 行こう!」
予想通り嬉しさで飛び回るククリを見て、スタールも少しだけ元気が出てきた。
実を言うと、スタールもバザールに興味がないわけではない。
ただ踏ん張りの効かないこの足で、人混みのある場所に行くのを躊躇っていただけである。
付け加えるなら、最近は足の調子がとてもいい。ドブさらいのときに鍛えられたのか、身体が踏ん張り方を少し覚えたみたいである。
体重のかけ方やバランス感覚も、修道院でのリハビリ生活だったときと比べると遥かに良くなった。
恐らくまだ走ることは出来ないが、それでも人並みに歩けるようになりつつあった。
「それに、あの修道院にお土産でも買って、久しぶりに顔を出そうかなって思ってたところだしね。バザールの様子を見に行くのは丁度いい」
「あ、それだったらお菓子作りする? 美味しいお菓子を作ったら、きっとみんな喜ぶと思うよ。ボクが教えてあげようか?」
「それは頼もしいな。近々お願いしようかな」
修道院の修道士たちは、基本的にあまり外に出かけず修行生活に打ち込んでいる。
お菓子を口にする機会はあまりないだろうから、きっと喜ばれるであろう。
幸い、甘いものを口にすることは戒律で禁じられたりはしていない。修道院へのお土産にはうってつけであった。
「早くバザールに行こうよ! ボク待ちきれないよ!」
「分かった分かった」
手を入念に洗い終わったスタールは、部屋の金貨袋をひょいと掴んでククリに預けた。
腰元に結ぼうかと思ったが、ククリの羽の中にしまうほうが何倍も安全である。万が一スリにでも遭ったら、この足では追いつきようもない。それならスリに遭わないように別の空間に隠すほうが賢かった。
スタール
Lv:9.69
STR:3.69 VIT:4.98 SPD:3.34 DEX:117.24 INT:8.51
[-]英雄の加護【器用】
竜殺し
王殺し
精霊の契約者
殺戮者
[-]武術
舞踊
棍棒術
[-]生産
清掃+++
研磨+++
装飾(文字++++ / 記号++ / 図形+++)
模倣+++
道具作成+++
罠作成+
革細工
彫刻
冶金
[-]特殊
魔術言語+++
色彩感覚+
錬金術
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