スタール、ドブさらいで錬金術の触媒を作る

 毒団子を仕掛けた翌日の朝、スタールが目を覚ますと、全身が熱を持ったように怠く、筋肉に鈍い痛みを感じた。



(……もしかして熱でも出したか? でもその割には別に、喉も痛くないし頭もふらふらしない……)



 もしや変な病気にでもなったのではないか、と一瞬心配になったが、その原因はすぐに分かった。





















 スタール

 Lv:9.43

 STR:3.66 VIT:4.91 SPD:3.31 DEX:116.37 INT:7.01

[-]英雄の加護【器用】

 竜殺し

 王殺し new

 精霊の契約者

 殺戮者 new

[+]武術

[-]生産

 清掃++

 研磨+++

 装飾(文字+++ / 記号+ / 図形++)

 模倣+++

 道具作成+

 罠作成+ new

 革細工

 彫刻

 冶金

[+]特殊





















 成長痛。

 魂の器レベルが極端に向上することにより、身体が変化についていけず痛みを覚える現象である。

 一般には、魔素により急に強化された筋肉と骨が不調をきたすため生じる現象と考えられており、例えば筋肉の引張力が強くなって均衡が崩れただとか、骨の密度が上がって軟骨との噛み合わせに違和感が強くなるためだとか、そういった成長に伴う身体機能のずれ・・が原因とされた。



 あまりに強い成長は肉体を傷める、という事例もある。

 昔、ある貴族がとても強い冒険家を雇い、とても強い魔物を一緒に倒したことがあるのだが、それに伴う魂の器レベルの大幅な成長により全身が痛みに痺れて上手く動かなくなり、かえって不自由な生活になったという逸話もあるほどである。



(……なるほど、もしかしてネズミを毒団子でたくさん駆除したことが原因かもしれないな)



 今回のスタールの場合は、後遺症が残るような極端なものではなさそうである。

 ベッドから身体を起こしたスタールは、いつもと違う感覚に戸惑いながらも、手すりを使ってゆっくりと階段を降りて、外にでかけた。





















 ネズミの死骸を適当に拾いながら尻尾の部分を切り取っていく――そんな単純作業の繰り返しでいつの間にかその日の午前は終わっていた。

 作業自体は難しいものではなかったが、数が膨大であった。



 例の如くネズミを袋に詰めて、尻尾だけを別の袋に入れるわけだが、途中でスタールは奇妙なネズミに遭遇した。



 尻尾が団子のように絡まった七頭のネズミの死骸がひとつ。身体には謎の紋様が浮かび上がっている。



「ああ、それはネズミの王だよ。たくさんのネズミの目を通して外の世界を見ることができる、高度な知性をもつ危険な個体。でもまあ所詮はネズミさ。上手い具合に鉱毒が回ってのたうち回ったみたいだね」



「……王殺し、か」



「そう、そうなんだよ! スタールはもう王殺しの称号を手にした数少ない冒険者なんだよ! ほらもっと誇ってもいいよ、凄いよスタール」



「……」



 特別な感慨も沸かないまま、スタールはネズミの王の死体を袋の中に入れた。

 証明部位の尻尾を解いていいのかどうか一瞬迷ったが、よく見ると神経のような綿っぽい線が絡まり合っている。素手で触るのは辞めておいたほうがよさそうであった。

 よく見れば冠のように見えなくもない――趣味の悪い見た目ではあるが。



「……ちなみにネズミの死体は、何に使う予定なんだ?」



「それはね、コウモリの餌になるんだ。コウモリは害虫を食べてくれる益獣でもあるんだけど、洞窟に住み着いて近隣の人や家畜を襲う害獣にもなるから、そういうときはこの毒ネズミが有効なのさ」



 今度はコウモリ駆除か、とスタールは思った。

 最近、ククリのパターンが少しだけ読めてきた。

 きっと次はコウモリ駆除の依頼を受注して、さらに次はコウモリの素材を使った何かの依頼を受注するのだろう。



「……保存が効くのか? すぐに腐る印象しかなかったが」



「ボクの羽にしまえるからね。言ってなかったけど、ボクの羽は実は特殊な空間になっていて、色んな素材をしまうことができるんだ」



「え?」



 初耳のことでスタールはびっくりしてしまった。

 そういえば確かに、思い返せば羊皮紙やら瓶やらをどこかから取り出していた。隠し持っていたか魔法で取り寄せたものだと思っていたが、別空間に格納している、という斜め上の答えでスタールは呆気にとられていた。



「んふふふ。王殺しの英雄くん、ボクのこと凄いって思った? 褒めてくれる?」



「凄い」



「えへへへ、照れるな……」



 確かに凄い。だが、そんなに凄いことなら早く教えてくれてほしかった。

 早く教えてくれなかったのが何となく悔しかったので、これからは重たい荷物を全部預けてやろう、とスタールは決意した。





















 ネズミの死体を回収し終わり、新しい毒団子を設置し直して、昼食を軽く取ってから、ついにスタールは沈殿池のドブさらい作業に挑戦することになった。

 昨日の下見の段階で、沈殿池の流入部の栓を締めて防水扉を降ろしたので、沈殿池の水かさは半分以下に減っている。一部はドブが露頭しているぐらいであった。こうやって見てみると、たくさんの汚泥が堆積しているのが見て取れた。



 そこでまずスタールが手掛けた作業は――羊皮紙への呪文の書き込みであった。



「魔術触媒の作り方は、魔道具作成の根本となる技術なんだよ? 器用の英雄さまには是非とも習熟してもらわないとね?」



「魔道具作成の基礎をドブ池のそばで習熟って」



「まずは手描きによるタリスマン護符の作成から。写本作業で基本は学んだと思うけど、典礼言語と惑星象形と印形にはそれぞれ対応する意味があるんだよね」



「その基本殆ど初耳なんだけど」



 機械仕掛けの妖精曰く、タリスマンはテレズマ(=霊的存在の具現化技法)である。

 テレズマの基本は、ヘブル言語などを含む典礼言語による意味解釈であり、たとえば大天使サンダルフォンのヘブル表記は、

 サメク(S:支柱)+ナン(N:魚)+ダレス(D:扉)+ラメド(L:山羊)+ペー(P:口)+ヴァウ(V:鉤)+ナン(N:魚)=SNDLPVN

 となるので、それぞれのヘブル文字の象形意味と対象となる象形文字・印形・呪文を使えば、ヘブル語のサンダルフォンを表現することが可能となる。

 雑に言えば、護符に『支柱と魚と扉と山羊と口と鉤爪と魚の絵』を書いてもサンダルフォンを意味するタリスマンとなるわけである。



「他にも、色の意味は色階表で読み解かないといけないし、他の神話で同一視されている存在は類似性を考慮しないといけないの。ただ単に『支柱と魚と扉と山羊と口と鉤爪と魚の絵』を書くだけではなく、なるべく大天使に近いミームを書き込まないといけないんだ」



「さっぱり分からん」



「典礼言語と文字象徴には対応表がいっぱいあるから、それぞれ教えてあげるね。

 印形シギルに関してはかなり解釈がまばらなんだけど、カバラ数秘術的な解釈で統一するなら、典礼言語はヘブル語ベースで、印形もセフィラの樹とクリフォトの樹の対応を考えたほうがいいね。

 逆に星占術的な解釈で統一するなら、印形はアストロロジカル・シンボルとホロスコープとの対応を考えて、典礼言語は、サンスクリット語、ヒエログリフ、ヘブル語、とかがベースになるかなあ」



「難しそう」



「じゃあ、ボクの言う通りに描いてくれる? 主要なパターンを描いて覚えたら、きっと応用が効くよ」



 こうして、羊皮紙の切れ端へと文字と図形をたくさん書き連ねる作業が始まった。





















 面白いことに、様々な典礼言語や印形を駆使して『触媒』という意味を豪華に飾り立てて表現すると、とても見た目が複雑になる。

 表現したかったのは『触媒』なのだが、それを錬金術と関係のあるカバラ数秘術の思想や、ヴェーダ思想などで表現し直すとかなり盛る・・ことができる。



 盛れば盛るほど複雑になる、というのがククリの弁である。

 それならばやれるだけやってやろう――ということで、やり過ぎではないかと思うぐらい色んな意味を詰め込んだものが、目の絵の羊皮紙の破片たちであった。



 それらを沈殿池のぬかるみに投げ入れる。

 すぐさま泡が面白いほど立ち上って、しばらく経たず異様な臭気が周囲を包んだ。

 触媒としてはこの上ない成功である。



「やったー! すごいよスタール! これだけ反応する触媒を作り出せるなんて、錬金術の才能もあるよ! ボクが保証する、君は錬金術師アルケミストとしても魔道具職人マギクラフトとしても大成する!」



「……才能っていうか、これ以上ないんじゃないかってぐらい細かく模様と文字をびっしり書き込んだだけなんだけど」



「限られた余白に、果てしなく細かく魔術的意味を濃縮できるのは才能だよ? 指先が器用っていうのはそれだけで素晴らしいことなんだから」



「……そうなんだろうか」



 スタールはぼんやりと呟いた。



 器用さ、というのは実感したことがあまりない。

 痺れて動きづらい右手でも、腕ごと払うように動かせば模様は書ける。利き手ではない左手も慣れればそれなりに書ける。

 要はやり方と慣れの問題である。

 自分は人一倍器用である、といった実感は特になかった。



(今だってククリに魔術の基礎を教わってるからこんなことが出来ているだけで、自分の力って気がしないんだよな)



「さあほら、気体を採集するよ! ボクが安定イング収穫ヤラのルーンで集めるから、瓶詰めをお願いね!」



「はいよ」



 正直、便利な助手になった気分である。収穫ヤラのルーンを翡翠の顔料で描いた瓶を使って、スタールは言われるがままに気体の採集に励んだ。





















 二時間もすると泡はあんまり出なくなり、異様な臭気も落ち着いてきた。

 瓶も百個は詰め終わった。ククリはまだ名残惜しそうであったが、そろそろ腐敗汚泥をさらいあげる作業に取り掛かる頃合いである。



「長いさらえ棒を使って、棒が届く範囲のドブはすくいあげる……と」



 あとは汚泥をひたすらすくい上げて袋に回収するだけである。



「日が暮れるまで、ひたすらすくって袋に入れる……か」



「ファイト、スタール! ふらつかないようにね!」



「……こけたくないな……でも絶対こけるよな……こんな重いものすくったらバランス崩すしな……嫌だな……」



 意を決して、先程までぽこぽこと泡立っていたぬかるみに足を踏み入れる。

 沈殿池の外縁部は、半分ほど水を抜いたら踊り場のような壁沿い通路が現れる。本来沈殿池がきれいであれば、この普段は池に隠れている通路もきれいなのだが、ドブはこの通路にも容赦なく堆積している。

 踏み入れた足がくるぶしまで沈み込んだあたりで、スタールはおぞけがした。



「……さっきの触媒投入みたいに、ここに足を踏み入れなくても作業ができたらな……」



「さっきは上から羊皮紙を散らばらせるだけだったからね。でも大丈夫、これが終わったらゆっくりお風呂に入ろうね!」



 頑張ろう、と明るく言うククリに対して、本当にこの妖精は元気なものだなとスタールは思った。





















 スタール

 Lv:9.52

 STR:3.68 VIT:4.96 SPD:3.32 DEX:117.03 INT:8.47

[-]英雄の加護【器用】

[+]武術

[-]生産

 清掃+++ new

 研磨+++

 装飾(文字++++ / 記号++ / 図形+++) new

 模倣+++

 道具作成+++ new

 罠作成+

 革細工

 彫刻

 冶金

[-]特殊

 魔術言語+++ new

 色彩感覚+

 錬金術 new


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