閑話:宣託を下す者と四人の英雄

 それは、獅子王陛下がシャンドール領に到着した日の夜の出来事であった。



「――宣託ホクムが降りた」



 と、宮廷司祭ヨクハが目を開けた。

 若き天文博士であり、ナクシャトラやホロスコープを用いた星占術に長ける彼女は、「聖大天使祭を前倒しせよ」と突飛なことを言い出して周囲を困らせた張本人でもある。

 おかげさまで、宰相、大臣、尚書官、儀典官たちには大変恨まれていた。



 三度占って一度当たる。

 その的中率の高さは脅威であったが、さりとて半分以上は外れるので宮廷からはあまり宛てにはされていない。

 その癖「祝祭を開くならば吉相が出ているのはこの日である」などと大きな顔をして催事に口出ししてくるものだから、宮廷司祭――とくに空気の読めないヨクハは側近の嫌われものであった。



 宣託が降りた、と聞きつけた尚書官の一人が苦言を呈した。



「また宣託か、ヨクハ殿。当代の英雄が洗礼を受ける資格を得た、と申すのだな?

 前もそんなことを言って無駄に四英雄たちを王宮まで呼びつけたが、その時は結局何もなかったではないか」



「……あのときは、洗礼を受ける資格のある英雄がいなかった。よもや、竜殺しの少年がいないとは思わなかった」



「竜殺し! 竜と一緒に空から落ちて、竜の血を浴びた少年のことかね? その少年は利き腕と片脚が思うように動かないのだぞ! 宣託が降りるはずがなかろう!

 それでなくても、あの子の紋様は【器用】なのだ! いたずらにその少年を辱めるのはよせ!」



「尚書官。私は本気で言ってるのだ」



「先に言っておく。その件は王宮において禁忌の一つだ。口を慎まれよ!」



 生真面目な尚書官は、周囲に人がいないことを確認してから宮廷司祭に告げた。



「……お前も仮面姫のことは知っておろう。姫様があんな仮面を被っておるのは、あの忌まわしき翼竜のせいなのだぞ。姫様に辛いことを思い出させるような真似はよせ。

 そうでなくても、【器用の英雄】は英雄の中でも格が劣る存在ではないか。他の英雄ならまだしも、かの者が『選定の剣』を抜いたとなればどうなる。王国民や貴族たちが納得するかね? 不用意に国乱を招くのはよせ」



「選定の剣が選んだのなら、それは運命だ」



「根拠のない占いごっこで国政を語るな。

 きっと我欲を満たしたい貴族たちが選定の英雄派、反英雄派に分かれて国は疲弊するぞ。

 圧倒的な獅子王陛下の御威光と、民の納得する英雄を選んでこそ、国難を乗り切れるのだ」



「膿を出してこそ王国は一枚岩になる。動乱に乗じるねずみを抱える必要はない。獅子身中の虫を殺すいい機会だ」



「そんなことを言っては貴族すべてを誅せねばなるまい。清濁併せ呑み、分け隔てなく従える度量なくして国王は成り立たぬ。我欲の強い貴族らであっても手懐けて御する度量がな」



「で、あるなら選定の剣に委ねても問題はなかろう」



「話が別だ! 陛下の度量の話と、理由もなく国乱を招きうる真似をすることは、話の次元が異なる」



 侃々諤々、互いにはばかることなく正論でぶつかり合う。

 どちらの意見にも一理はあるように思われた。それ故に真面目な二人は譲り合わなかった。



「理由がない、根拠がないというが、理由はあるのだ。

 宣託が降りた。それだけで十分だ。あとはそれぞれに切り株の選定の剣を抜いてもらえばよい」



「宣託だなど怪しいものだ。あまり言いたくもないが、お前の気分次第で国政に口出ししているのではないか、と疑わしくなろうものよ」



「下品な勘ぐりだ。いずれにせよ、私は獅子王陛下に上奏する。全ては陛下の御心のまま」



「忠告はしたぞ。私よりも遥かにお前を嫌っている奴はいる。この預言もまた外したなら、今度こそ国家反逆の咎を問われるぞ。

 それも官僚からだけではない。白の教会からも梯子を外され、全ての濡れ衣を着せられて使い捨てられることもあり得よう」



「……ならばそれに殉じるまで。それが天命なのだ」



 宮廷司祭のヨクハの決意は固い。選定の剣の儀式は成されるべき、と考えているのだ。

 それは尚書官の変えられようものでもない。



「……下手なのだよ、お前は。お前より努力してないやつが取り立てられるのを、何とも思ってないのか」



「獅子王陛下は聡明であられる。心配ない」



 宣託が降りたならそれを伝えるのが職務である、とヨクハは続けた。

 その在り方に疑問を抱かない愚直さが、尚書官にとって、いかにも危うく見えた。





















 かつてこの大陸には、五人の英雄がいた。







 巨人族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、巨人の片腕を圧し折った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、巨人の猛撃を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、巨人を斬撃の嵐に叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、巨人を地獄の業火に包み込んだ。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。







 古龍族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、古龍の翼を圧し折った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、古龍の息吹を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、古龍に斬撃の嵐を叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、古龍に神代の雷撃を見舞った。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。







 屍人族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、屍人の軍勢を薙ぎ払った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、屍人の進軍を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、屍人へ斬撃の嵐を叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、屍人へ浄化の光を浴びせかけた。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。







 妖精族の王と戦ったとき。

 膂力の英雄は、その大地も砕く一撃で、妖精王の魔術を薙ぎ払った。

 頑強の英雄は、その城塞の如き守りで、妖精王の魔術を何度も防いだ。

 俊敏の英雄は、その疾風怒濤の速さで、妖精王へ斬撃の嵐を叩き込んだ。

 魔術の英雄は、その圧倒的なる魔力で、妖精王へ終焉の氷柱を打ち込んだ。

 そして、器用の英雄は――とても器用だった。







 彼ら英雄たちに優劣はない。

 互いが互いに敬意を払い、尊重しあっていた。

 しかし、彼らは一つの取り決めとして、意見が割れたときはとある一人の英雄が全ての責任をもって決断していた。

 運命に愛されしもの、選ばれし者にして選びし者、選定の剣の所有者。







 英雄たちによって救われたこの小さな滅びかけの国に、とある一つの法律が生まれた。

 やがて時が来て選定の剣に選ばれしもの、かの者を英雄たちの統率者とせよ。

 そして――選定の剣は、今もなお台座に静かに鎮座していた。





















「――は、もう一辺あのイカれた剣に挑むってか。悪かねぇな」



 飢えた犬のように眼をギラつかせた娘がほくそ笑んだ。

 強さを際限なく求めるその者は――単眼の巨人の契約者、膂力の英雄。



「……今度こそは剣に選ばれてみせよう。我が頑強の二つ名にかけて」



 鉄のような決意を瞳の奥に秘めた娘が誓った。

 不撓不屈の精神をもつその者は――古代の大龍の契約者、頑強の英雄。



「次こそ、私が」



 吸い込まれるような暗い瞳の娘が短く言った。

 心の隙を一切見せないその者は――吸血鬼の姫の契約者、俊敏の英雄。



「ごめんあそばせ。今はもうアタシがあの剣に選ばれる光景しか思い付きませんわ。……そう、あの時のアタシとは違ってよ」



 自信に溢れた輝きを瞳に灯した娘が呟いた。

 願った事を実現させるその者は――森の妖精王の契約者、魔術の英雄。



 四人の英雄は来たる聖大天使祭に向けて、シャンドール領に集結していた。

 今年のシャンドール領の聖大天使祭は、何かただならぬ予感があった。





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