スタール、洗濯をした後に毒団子作りをする

「本当は午前中に『宿泊施設の洗濯』だけして今日の仕事は終わろうと思ってたけど……昨日やり切れなかった『下水道のネズミ退治』の下準備もやらないといけないな」



「……本当に獅子王の演説には興味がないって感じなんだね」



「まあ、お金にならないからね」



 平然とそんなことをのたまうスタールは、机の上の銀貨を丁寧に数え直していた。銀貨四七枚。宿代を支払った残りの資金である。

 贅沢しなければ五ヶ月なら暮らせる十分な金額。それでもなおスタールは働くことを求めた。



「……いつこの身体が満足に動かなくなるかも分からない。生きてるうちに、せめて借りたお金は返さないといけない」



「……本当に、君ってやつは……」



 影でククリが小さくため息をついた。





















 主な宿泊施設のシーツは全て、領主命令で新品に交換されたという。これも獅子王アンリを迎える前の準備――正確には獅子王アンリの来訪で賑わう貿易商人たちへの配慮である。

 では古いシーツは捨てるのかというとそうではなく、洗濯して貧民区域の宿舎に寄付するのだという。



 当然、シーツの洗濯量は膨大なものになる。



 国王の来訪パレードで多くの市民たちが東シャンドール地区に出払っている間、他の区域の公衆浴場ではたくさんのシーツが洗濯されていた。



(灰汁と粘土でじゃぶじゃぶに浸けたシーツを踏み洗いするのって……何というか楽しいな)



 楽しさに夢中になって、何度か身体がよろけるスタールだったが、その度にククリに支えてもらって事なきを得ている。

 これがまた、スタールにとって杖なしで歩くいい練習にもなっていた。



 シーツの洗濯は、三つの工程からなる。



 まずは大きなたらいに浸けて、洗濯板でごしごしと擦って洗う。サイカチの実などで出来た石鹸液で洗うと、どこからこんなに出てくるのかと言わんばかりに汚れが出てきた。



 次に、シーツを木の棍棒で叩いたり上から踏んだりして更に洗う。これを水が綺麗になるまで繰り返す。

 一般にこの時代のシーツは、繊維が強い麻布などで作られているので、足で踏み洗いするのに適していた。

 これは専ら、洗濯板で擦るのに手が疲れた人が交代して作業した。



 最後にシーツを天日で干す。

 伸ばして竿に干す。ただそれだけなのだが、水を吸って重くなったシーツを何度も干す作業を続けていると、腕にも肩にも腰にも負担がかかる。



「あはは、上手上手! 坊や、あんた踊りが上手いね!」



「ありがとう! お姉さんの踊りを見てたら覚えちゃったよ!」



 洗濯女をやっているのは、スタールから見れば一回り以上歳が離れた女性たちが殆どである。

 見ていて危なかっしいのに、勤勉で文句も言わないスタールは、そんな洗濯女たちにすぐに可愛がられた。



 洗濯板で擦るにもすぐ腕が疲れる。

 踏み洗いするにも体重がやや足りない。

 シーツを干すにも身長がやや足りない。



 それでもスタールはちゃんと文句を言わずに頑張るものだから、洗濯女たちとスタールはいつの間にか仲良しになっていた。





















 スタール

 Lv:7.76

 STR:3.02 VIT:4.25 SPD:2.96 DEX:99.96 INT:6.04

[+]英雄の加護【器用】

[-]武術

 舞踊

 棍棒術

[-]生産

 清掃++

 研磨+++

 装飾(文字+++ / 記号+ / 図形++)

 模倣+++

 道具作成+

 革細工

 彫刻

[-]特殊

 魔術言語++

 色彩感覚+





















「楽しかったよ坊や、またね!」



「ありがとう、またいつか一緒にご飯でも食べよう!」



「あはは、誘ってんのかい! 何を一丁前に! ……人混みには気をつけるんだよ坊や!」



 楽しかった洗濯作業も昼暮れには終わり、スタールはちょっと休んでから下水道のネズミ退治の準備をすることにした。



 この依頼は以前、ククリにおすすめされた依頼の一つである。

 ネズミ退治と聞いた当初、スタールは一匹ずつ捕まえていくのかと思っていたが、どうやら違うらしい。罠を仕掛けるのだという。

 ただ、そのためには鍛冶屋の炉を借りる大掛かりな作業になるという。



 炉を使うということは、恐らく大変な作業であるのは想像に難くない。

 今のうちにゆっくり休んで英気を養っておくのは賢明な判断であろう。



(それに、バザールでごった返している人混みの中を歩きたくないんだよね。この足だと踏ん張りがあんまり効かないし)





















 ネズミは繁殖力が旺盛であり、世界のあらゆる場所に点在する。

 わずか一月で幼体から成体へと成長し、一度の出産で七匹ほどを産む。

 彼らのし尿や、彼らに寄生するダニ・ノミ・病原菌により、貧民たちを中心におびただしい健康被害をもたらす。

 衣類、家具、穀物などを齧り荒らし、経済的にも被害を与える。



 ――下水道に蔓延るネズミたちを撲滅せよ。

 そんな過激な依頼が領主から出されるのも無理のない話である。



「……小麦団子に、精肉屋で分けてもらった血と、鉱山副産物を混ぜ込んで、と」



「まあ、肉の匂いがついた血で鉱毒臭さはある程度誤魔化せるからね。……それに血肉の匂いで引き寄せられるネズミは、肉の味を覚えているから、駆除しておいたほうがいいよ」



 近いうちに人を襲うようになるからね。

 と、ククリはいつもと違う調子で呟いた。



 ネズミの駆除には毒団子を作るのが一番効率がいい。

 特に鉱山副産物は、定期的に安く手に入るのに毒性も強く、薬剤耐性を手に入れたネズミにも有効である。



 魔石、鉄、銅、錫、亜鉛などの資源鉱石を鉱床から採掘する際、それらの多くは硫化物などの化合物として採取されることが多い。

 硫化物の取れる場所からは有毒な副産物が多く出る。

 スタールはそれを安い値段で買い集め、鍛冶屋の炉を一つ借りて熱していた。



 鉱石に塩のように吹いている小さな粒が、熱することで単離する。

 それを鉱石表面からこそぎ取って集める。

 単純な作業ではあるが、数にすると膨大であった。



「下手な炉で木炭と一緒に熱すると、煤煙に一緒に鉱毒が出ていっちゃうから、こういう熱の籠もりやすい炉で熱するのがいいんだ。一応、私が停滞イサのルーンで集塵しているから間違いはないと思うけど、あとで綺麗にしようね」



「……多分、ククリは熱から遠ざかったほうがいい。何というか、お前は熱には弱そうな気がする」



「? ボクは完璧なクロックワークフェアリーだよ?」



 鉱山副産物を炉で熱する作業は、当然高熱を伴う。

 規則的な音が絶え間なく聞こえるククリの身体は、恐らく熱に近づけると都合が良くない。精密な歯車や何やらが歪んでしまう恐れがありそうである。



「……まあ、そんなに言うなら小麦粉団子をこねる作業の方をやるけどさ」



「よろしく頼む。僕が浮き上がってきた結晶をこそいで落とす作業をやるからさ」



 熱した鉱石から単離した結晶をこそぎ取る作業は危険が伴う。

 炉から取り出して、一旦鉄皿の上に置いて冷やすにしても、その後、トングで掴んで水を少し貯めた陶器の瓶にゆっくり浸すにしても、取り扱いを間違えば大火傷を負う。

 熱くなった水の中で結晶をこそぎ落とす作業も、指先の感覚が覚束ないスタールには難しい。



 本来ならばそういった作業はククリにやってもらいたいのだが……スタールの気持ちがそれを良しとしなかった。



(……生きていない、ように見えるけど、それが理由で任せていい作業のような気はしない)



 長時間作業をすれば疲れるし、睡眠もとる機械仕掛けクロックワーク妖精フェアリー

 生きていないから危険な作業も躊躇なく任せられる、という感情はあまり湧いてこない。

 躊躇なく割り切れる性格ならばいいのだが。



 楽しそうに団子を捏ね上げるククリの姿を見ながら、スタールは新しい鉱石を炉に放り入れた。



 ――そういうところだよ、器用になれない英雄君?



 声がした気がして、はっと振り返るも、そこにいるのは無邪気に団子を捏ねている妖精が一匹だけ。





















 スタール

 Lv:7.76

 STR:3.02 VIT:4.25 SPD:2.96 DEX:100.13 INT:6.04

[+]英雄の加護【器用】

[-]武術

 舞踊

 棍棒術

[-]生産

 清掃++

 研磨+++

 装飾(文字+++ / 記号+ / 図形++)

 模倣+++

 道具作成+

 罠作成

 革細工

 彫刻

 冶金

[-]特殊

 魔術言語++

 色彩感覚+







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