スタール、公衆浴場と石窯を清掃する
何とか写本作業を片付けたスタールは、別段ゆっくりするわけにも行かず、次の仕事を探していた。
今は懐に余裕があるのでそうせかせかと働かなくても問題はない。だがしかし、資金を稼ぐのであれば今が絶好の機会であった。
獅子王アンリ陛下による魔物被災地の視察。
並びに、陛下来訪の歓迎を兼ねた聖大天使祭。
大きな催事が重なる今、人手不足で中央ギルドに案件がたくさん舞い込んでいる。
この催事が終われば、もしかしたら仕事の数がめっきり減るかもしれない。今のうちにある程度稼いでおかなくては食い扶持に困る可能性もある。
そんなことを思ったスタールが受けた依頼は、『街の清掃業務』であった。
「……うへえ、思ったより汚いな……。シャンドール領の公衆浴場ってあんまり綺麗じゃないんだな……」
「まあ、昨日まで無料解放されてたからね。色んな人が利用して一気に汚れたんだと思うよ?」
掃除道具を片手に、スタールは顔を引きつらせた。
まず手始めに、公衆浴場の清掃。
ここシャンドール領の治水は比較的良いため、公衆浴場は広い造りになっている。温浴場、蒸し風呂場、垢すり場はもちろん、マッサージや軽食のサービスも受けられる、いわば大きな複合施設である。
月に一度の喜捨の日は、領主と商人の寄付金によって貧民も無料で風呂に入れたという。
ただ、その日は当然風呂が賑わうため、次の日の汚れもひとしおであった。
(シャンドール領主としては、獅子王陛下がくる前に、公衆浴場を無料開放して市民を清潔にしたかったんだろうな。で、明日獅子王陛下がくるから、今日一日かけて公衆浴場を綺麗にしたいんだろう)
領内の公衆浴場は十五個。東シャンドール区、西シャンドール区、南シャンドール区、北シャンドール区、中央区にそれぞれ三つずつある。
スタールが受け持っているのは南区の最も小さな公衆浴場。
だが最も小さいとは言え、十人近くは入れそうな立派な浴槽をもっていた。
最初に手掛けるのは、垢すり場の座椅子の清掃。
木灰と泥塩をぬるま湯に溶かし、それを座椅子にかけて、海綿たわしでガシガシと擦る。垢汚れだけでなく正体不明のぬめりもここで落としておく。
あとは座椅子をまとめて熱湯をかけて殺菌する。
次に壁掃除と床掃除。
これまた明快で、灰汁をかけてタイルの溝を中心に擦るだけである。単純に面積が広く、なかなか体力を使う作業であった。
排水溝の清掃も同じである。
ただし、得体のしれない汚れがこびり付いていたりするので、ヘラでこそぎ取る必要がある。流れきらなかった人の毛がたくさんあるので、スタールはうんざりした。
「あとは、脱衣所を綺麗にして終了……か」
全面的に布巾がけをして、乾燥した土汚れ、毛くず、その他の細かなごみを取り去る。
落ちている剃刀を拾ったり、歯磨き用の粉を補充したりするなどして、最終点検を行った後、使った清掃用具をまとめて洗浄桶に突っ込んで終了である。
本当は清掃に使った布巾・海綿たわし・ヘラなども綺麗にしないといけないのだが、スタールには次の仕事が待っている。
公衆浴場の管理人に事情を説明し、今回の報酬を手にしたスタールは、次なる仕事『パン窯の清掃』に出かけた。
裕福なパン職人やピザ職人は石窯を個人所有しているが、一般市民が石窯を所持していることは稀である。
特に、他所から来た難民を受け入れる実験区画、南シャンドール地区では、市民たちは中央ギルドの所持する共同石窯を利用していた。
石窯の清掃はさほど難しくない。
そんな触れ込みだったので受注したスタールだったが、かと言って楽という訳でもなかった。
まずは薪の燃えかすをごっそりと掃き出す。
燃えかすはごみではない。特に木灰はカルシウムやカリウムが多く含まれており、畑の肥料にも使えるので、きちんと袋に集めておく。
続いて、煙突部分の煤取り作業である。
煙突の下口に袋をかぶせ、下口から掃除用のはたき棒を入れてかきまわす。この時、袋を被せていても煤はたくさん漏れるので、口元を布で覆っておく必要がある。
煙突に3ミリ以上の煤が付着していると、煙突から煙が逆流しやすくなり、さらには煙突火災のリスクが増える。
特に共同石窯については、雨の日でも頻繁に使用されること、あまり質の良くない薪も使われることもあり、クレオソートが堆積しやすくなる。こうやって煤取りを行うことが街の火災対策になるのである。
「ギルドの職員は煤は引き取ってもいいって言ってたけど……これ、使い出はあるのか?」
「あるよ? 木材の防腐と防虫に使えるんだよ」
袋にたまった煤を覗き込みながら、ククリは嬉しそうに頷いていた。
恐らくだが、ククリは工作が好きな性分なのであろう。人の手で両手で掬えるぐらいの煤に目を輝かせている。
(嬉しそうなものだな。やっぱり、色んな工芸知識を持っていると、煤一つでも色んなことを思い付いて楽しいんだろうか)
最後に炉床に灰を少し戻して終わりである。
戻す灰は厚さ一センチほど。炉床への熱負荷を減らすためである。しばらくは熾火が残るので再点火の手間も省けるので一石二鳥である。
共同石窯は合計で五つある。
全てを綺麗にするころにはすっかり夕方になっていた。
(……下水道のドブさらいの作業とネズミの駆除は明日以降かな)
今日も一日、スタールはかなり疲れた。
明日の式典で、獅子王がありがたい言葉をしゃべるらしいが、スタールは別に興味もないので拝聴しに向かおうとは考えていない。
きっと明日は中央区城壁に登った獅子王陛下が、音魔法で何やらをしゃべっているのが聞こえてくるだろう。
依頼主であるギルド職員から報酬金を受け取ったスタールは、そのままふらつく足取りで宿へと向かった。
スタール
Lv:7.76
STR:3.01 VIT:4.24 SPD:2.96 DEX:99.71 INT:6.04
[+]英雄の加護【器用】
[−]生産
清掃+
研磨+++
装飾(文字+++ / 記号+ / 図形++)
模倣+++
道具作成+
革細工
彫刻
[−]特殊
魔術言語++
色彩感覚+
「――んふふふ。ちゃんと強くなってるよ、スタール。器用さなんて大したことがないって思い込んでる皆を見返してやろうよ。ほらもうすぐ器用さが100を超えるんだ。
宣託が降りるよ、誰よりも早く」
獅子王が来訪する前夜。
寝静まった街を窓から眺める影が一つ、機械仕掛けの羽を星空に透かしていた。
映る影は運命の車輪。悪戯好きな妖精の瞳は、好奇の輝きを灯している。
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